第15話 清宮の兄貴とリク先生
「あと、その清宮の兄貴についてなんだけど――」
「おい、お前」
タカヤと話し込んでいたから気づかなかった。自分のすぐ後ろに人の気配があったことに。その気配の主は後ろからユウジの肩を強くつかんできた。
「お、お前はっ――」
振り返り、背後にいた人物に度肝を抜かした。なんて運の悪さなのか、そこにいたのは目つき鋭く自分を見下す、今話題に上がっていた人物だった。
「話がある、お前だけ来い」
「な、なんでだよ」
「黙って来い、また痛い目に遭いたくねぇだろ」
清宮は拒否を許さない姿勢だ。ユウジは心配そうなタカヤを見てうなずき、清宮に従うことにした。
向かった先は廊下を少し歩き、階段を上った先の踊り場。人気はもちろんない。
清宮は踊り場に立つと腕組みし、こちらを睨んだ。明らかに機嫌は悪そうだ。タカヤと清宮の兄貴の会話をしていたからだろうか。
だったらそのことについて、こちらから先に話すまでだ。
「清宮、お前の兄貴って」
「関係ねぇだろ」
ハッキリと否定する言葉。瞬時に放たれた言葉だからこそ、それは関係があることを意味するはずだ。
「なっ、関係なくはないだろ。あ、俺は知らないけど、リク先生は――」
「あいつのことも知らねぇよ」
「なんだよ、今度は俺じゃなくてリク先生を目の敵にしてんのかよ? 一体何が気に食わねぇんだよ?」
「うるせぇなっ!」
清宮はイラ立ち、床を音を立てて踏んだ。
「お前があの先公と、どんだけ仲がいいかわかんねぇけどなっ、兄貴のこと、あいつのことも。お前には関係ねぇことなんだ。話されてんとムカつくんだよ、耳障りなんだよ。だから余計なことを詮索すんじゃねぇ、わかったなっ」
清宮は言い捨てると踵を返そうとした。しかしそこまで言われたら、このままこいつを帰すわけにはいかない。
ユウジは清宮の腕をつかみ、思い切り引っ張った。
「待てよっ! お前が関係ねぇと思っていても、俺はお前に聞いときたいことがあるんだよ!」
腕をつかまれた清宮は眉間のシワを深くし、 舌打ちした。
「ここんとこのお前、俺になんか恨みでもあんのか。変な罠しかけたり、ボールぶつけてきたりよ。文句があんなら、はっきり言えよ!」
「文句なんかねぇよ」
「はぁっ⁉」
清宮の腕をつかんでいた手が力任せに払われると、清宮は気だるげに肩を落とした。
「だからお前になんか文句はねぇっつってんの!」
「じゃあなんなんだよ!」
「あーもう、めんどくせーな!」
清宮は乱暴に自分の頭をガシガシかくと、めんどくさいことを放り投げるように言い放つ。
「お前じゃなくてよ、お前と仲の良いあの先公に文句があるヤツがいんだよ!」
ユウジも頭に血が上ってきた。お前と仲のい良い先公と言われて、思いつくのは一人しかいない。
だけどあの先生が誰かに恨まれるようなことをするだろうか。するわけないだろ。逆に恨んでいるヤツの方が許せない。
「誰だよ、そんなヤツ!」
「そこまで言えるかよ、バーカ!」
「な! バカはお前だろ! コソコソ嫌がらせなんかしやがって! 実は全部お前なんじゃねーの⁉ なんだかんだ言ってリク先生と兄貴が付き合ってんのが気に入らなかったんじゃねーの!」
「はっ? なんで俺が人の関係なんか気にしなきゃいけねぇんだよ。そこまで心狭くねぇし! お前こそ、人の忠告無視して痛い目に遭いやがってバカか! ドМなんじゃねぇの!」
「あんな忠告でわかるかよ! バカじゃねえんならもっとわかりやすく言えよ! それにリク先生が恨まれるわけねぇだろ! そんなことすんのは、お前みたいに頭がねぇヤツだ! お前、一体何を知ってんだよ、リク先生のこととか、恨んでるヤツのこと!」
気づけば低レベルな言い合いになってしまったが。こちらの物言いがシャクに触ったらしく、清宮はさっきよりも大きな舌打ちをした。ちょっとまずいことを聞いたかもしれないと思ったが今さら遅い。
「あんなずっとヘラヘラと笑ってるようなヤツのことなんか知らねぇ! 気にしてなんかいねぇよ! 」
「なんだよ、あからさまにそうですって言ってるような感じじゃんっ!」
「うるせぇっつってんだろ!」
清宮は右の拳を握った。思わず殴られると思って体を後ろに退けようとユウジは身構える。
しかし清宮はその握った拳を震わせると急に力を失くしたように腕をだらんと下に垂らした。
やがて清宮はため息をつき、呆然とする。その様子に彼が何かしらのわだかまりを抱えているということを感じた。
何かあるんだ。清宮が取る変な行動の理由が。どうしてこんなに怒って、悲しそうなのか。
ユウジは少しの間、清宮の顔を見つめ、ふぅっと息を吐いてから「清宮」と名前を呼んだ。
「……よくわかんねえけどさ。なんか気持ち悪いもんをずっと一人で抱えてんじゃねーの? 別に俺とお前は親しいわけじゃないけど、でもなんかあんなら聞いてやってもいいぞ。ここでこうしてんのも変な縁みたいなもんだろ」
普段だったらこんなこと言わないのに。自分の心が昨日のマリアの一件で少し落ち込んでいるせいか、目の前で怯えて威嚇する獣のような清宮を、落ち着かせてやろうとする自分がいる。
不思議な感じだ、清宮と会話なんてしたことなかったのに。あんなに罵り合って。本音をぶつけて、バカバカ言い合って。
そのせいもあってか、清宮の敵意に満ちていた瞳から沸々と燃えていた火のようなものが、スゥッと消えたような気がした。
清宮は目を閉じると頭を下げた。
「清宮、お前の兄貴って――」
うなだれた清宮の肩が息を吸い、スッと上がった。
「兄貴なら死んでるよ。俺が十歳の八年前に」
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