第13話 半分こ
「え、わ、おぉっと〜⁉ こ、こら、キエナ先生っ! 純情な少年をたぶらかすんじゃない、しかも保健室でぇっ!」
声がした方に全員で視線を向ける。そこには手にビニール袋を提げたリク先生が慌てた顔をして立っていた。ドッチボール後で暑いのか、ワイシャツの襟を開け、腕まくりした姿はまるで爽やか少年のようだ。
キエナ先生は何食わぬ顔で「うるさいのが来た」と言い、タカヤから離れる。
タカヤは、ちょっと名残惜しそうだ。
「ふぅ、急いで来てみたらエライもん見てしまった……あぁ、違う違う、俺はユウジの様子を見に来たんだよ」
「俺の?」
「さっき思いっきり顔にボールが当たっただろ。うずくまって保健室に行くお前を見て心配したんだ。そろそろ昼休み終わるけど次の授業は出られそうか?」
リク先生はそう言いながら、ユウジのいるベッドの端に腰を下ろした。
そして手を伸ばしてくると、ユウジの頬に手を当てた。
「え、わ、先生っ」
不意に訪れた人の手の感触、しかもリク先生の手だから飛び上がりそうになった。
リク先生の手の平は、今は体温がとても高いのだろう、ものすごく熱い。けれど親指が動き、頬をなぞる感触がくすぐったい。
目の前には自分の顔をまじまじと見つめる、童顔の瞳がある。あまりに熱心な瞳に息が止まり、自分はさっきのタカヤのように全身を硬直させた。
「わぁ、こりゃ痛そうだなー、鼻が赤くなってんじゃん。誰だ、こんなに思いっきりボールを当てたのは」
すかさず近くにいたタカヤが答える。それを聞いたリク先生は「清宮か……」と、何かが引っかかるようにつぶやいた。
(清宮だと、何かあるのか……?)
そこが気になり、ボーッしていると。様子を見ていたキエナ先生が「リク先生こそ、生徒をたぶらかしているじゃない」と言った。
ハッとしたリク先生はキエナ先生に視線を向ける。
「な、なんてこと言ってるんだっ! そんなことはないぞ。俺はただユウジが心配だから――」
慌てたリク先生が、今度はパッとこちらに視線を戻した。自分と視線がぶつかるとリク先生は照れたように頬が赤くなり、困ったように眉を曲げている……が、その口元はゆるやかに笑っていた。
さすがに、なんか……恥ずかしい。それでも視線が離せない。数秒して状況に気づいたリク先生は意識が戻ったかのように目を見開いた。
「お、おぉっ、違う違うっ! そんなことじゃないんだってば。俺はユウジに、これを持ってきたんだよ!」
話を変えたリク先生は持っていたビニール袋の中から白い箱を取り出し、蓋を開けた。その途端、揚げ物とソースの混じり合ったいい香りが室内に漂う。
「お前が怪我をしてダウンしたと聞いたから。最後の試合には絶対に勝たなきゃと思って、買って手に入れたんだ、プレミアム購買。よかったら食べてくれ!」
「えっ、ウソ……マジで?」
ユウジは驚きながら美味しそうなロースカツサンドを見て、そこからゆっくりリク先生へと視線を動かした。
リク先生はまた照れくさそうにほほえんでいて、その視線は真っ直ぐに自分を見てカツサンドを食べるのを待っているようで。
それを見た時だ。心臓がグッと止まったような苦しさと、それがすぐに動き出して全身に熱い血流となって流れ出したのがわかった。顔やら体が一気に熱くなり、自分の吐く息が震え出した。
リク先生は自分のためにこれを手に入れてくれたのか。それとも怪我をした光明か。多分、後者の方だけど。それでも自分のために、ここに来てくれたことが、とても嬉しい。
「あ……リク先生、ありがとう」
「どういたしまして!」
箱の中には、ビーフカツサンドが三つ入っている。一つは自分に、もう一つはリク先生が。
『先生もお昼まだ食べてないから一個もらうな』と言って食べた。
そして残りの一つは――。
「ユウジ、最後は半分こしようか」
「あ、あぁ、いいよ」
ビーフカツサンドはとても美味しかった。滅多にないプレミアム購買という高級品だからというのもあるが、違うのだ。
リク先生が目の前にいるからだ。そして一緒に食べているからだ。幸せそうな笑顔がすぐそこにあるからだ。
気づいてみれば、タカヤとキエナ先生は保健室から消えていた。二人でどこに消えたのだろう。あの二人も、ちょっと怪しいぞ。
でも、それよりも今は――。
リク先生との時間がとても嬉しい。最後の一個は半分こにして「うまいな!」と笑い合った。
『へぇ、なるほどね。それで仲良くビーフカツサンドを半分こしたのか。すごくラブラブじゃないの、すごいすごい』
夜に今日の出来事をいつものようにマリアに報告すると。マリアはニコニコ笑う絵文字をつけて、そんなメッセージを送ってきた。
(……ラ、ラブラブって)
予想外の言葉に呆気に取られていたら、次のメッセージがパソコン画面に現れていた。
『昨日は仲良くゲームで遊んで、今日は仲良くおいしいものを食べて。それって傍から見ると恋人同士のデートだよ?』
『バカなこと言うなよ、相手は先生だぞ』
そう、自分にとっては何も変わらない先生なんだよ。自分を教え導いてくれる、いつも明るい笑顔の先生なんだよ。
『でも週末は、また一緒にゲーセン行こうって誘われたんだよね。しかもお昼ごはんまで。完全にデートじゃないの、楽しそうでいいね〜』
パソコン上の文字を見て、改めて考えてみると「そうでもあるよな」と納得はできて、とてつもなく恥ずかしい。
『違うって、それは賭けに負けたからだ』
昨日の賭けで。またゲームをしようと言われたから……それだけ、だから。
『じゃあ賭けをしていなかったら、先生に誘われても行かなかったということ?』
なんだか今日のマリアは手厳しい。自分の恥ずかしいという気持ちをずっと突ついてくる。
「そういうことじゃねぇよ……」
マリアのメッセージを見ながら、ユウジはムッとして独りごちる。
でもどうなんだろう。これが一週間前だったなら。リク先生は自分にとってただの三年間、世話になった先生だった。
リク先生の見方が変わったのはキエナ先生のあの出来事が起きたからだ。リク先生の寝顔を間近で見て、変なゲームを挑まれて。どうしたらリク先生が泣くかな、と先生のことをひときわ気にするようになって。
その計画を遂行するために近づいて、そうしたら一緒にゲームをして。気づけば一緒にサンドを半分こして、頬を触られて、ドキドキして。ここ数日の急接近は偶然なんだろうが……それが嬉しい気がして。
パソコンの画面にはマリアの次のメッセージが表示された。
『もしかしたらさ、その先生、ユーちゃんのことが好きなのかもね? 卒業前だから会えなくなってしまう前に何かを伝えたいんだよ』
……何かって、何?
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