第12話 保健室でのヤバい雰囲気?
保健室でミステリアス保険医のキエナ先生に鼻の手当てをしてもらい、鼻血が止まるまでは「休んでいるといい」と言われた。
保健室のベッドで目を閉じ、横になっていると。ベッド横のイスに座るタカヤが恨みを込めたようにボソボソと口を開いた。
「お前を狙ったヤツ、清宮だったよ。あいつ、お前の顔めがけてわざと投げてた」
鼻の痛みに唇を噛みしめながら「わかってる」とユウジは返す。今さっき聞こえた「だから忠告してやってんのに」という言葉。あれは清宮でしない。
(清宮……接点がないのに、なんで急に危害を加えてくるんだよ……わからねぇな)
それにしても鼻が痛い。キエナ先生からは「見た感じでは鼻は折れてはいないようだけど、しばらく青くなるかもね」と言われた。
鼻が真っ青なんてカッコ悪すぎるだろ。そういえば結局、自分たちのチームはあの後、恩田によって全員がボールに当てられてしまい、負けてしまったそうだ、残念。
今はまだ恩田チームとリク先生のチームが試合の真っ最中だろう。グラウンドに面したの窓の方から歓声と怒号、にぎやかな応援の声が響いてくる。
「ビーフカツサンド食べたかったなー……」
ユウジが切なくため息を吐く中、タカヤはハハッと笑っていた。
「まぁ、しょうがねえよ。相手が悪かった。次のプレミア購買の時は、なんとかリク先生と同じチームになれるといいなっ……て、もうないか」
そう言われ「そうだな」と答えながら、ユウジはリク先生のことを考える。
(あーそうだ、試合中にリク先生のことを考え出したらジッとしちまって、ボールに当てられたんだよな。まったく何やってんだか……)
そういえばキエナ先生のゲーム、まだなんも進んでねぇな……ちょうど、ここは保健室だ。キエナ先生になんとかする方法が思い当たらないかを聞いてみようか。
そう思い、ユウジは保健室内にいるキエナ先生に声をかけた。横になったまま待っていると白衣と黒スーツ姿のキエナ先生が現れた。
「鼻血、止まったかい」
キエナ先生は顔色変えず、あいかわらずの冷静な声で聞いてくる。すぐそばで座っているタカヤがキエナ先生を見上げて気まずそうにしている様子が、ちょっと気になったが。今はツッコまないでおいた。
「いやあのさ、リク先生って本当に泣かないのかな〜と……絶対に何しても泣いたことはないの?」
「ないよ。 彼が泣いたところは見たことがない。 彼とはもう数年以上の付き合いになるけど一度もね。彼は涙を流さないようにしている、と自分で言っていたからね」
なぜ泣かないようにしているのか、その理由もたずねてみた。
するとほんの少し間を開けた後「今の君にならいいかな」とキエナ先生は言った。
「リク先生が言っていたことがある。過去に大切な人を失って、その人に『泣かないで、いつまでも笑っていて』と言われたって」
その言葉を聞いた瞬間、胸がグッと締めつけられた。先生が大切な人を、亡くした……そんな、そんなの、とても悲しいじゃないか。胸が痛い。急に言葉が出なくなる。自分にも思い当たる節があるから……両親のこと、とか。
でもリク先生の大切な人、それって。どんな人なんだろう。家族、恋人、友人。あの明るさの裏に、そんな悲しい過去があったんだ。意外……でもだからこそ明るく振る舞っているのかもしれない。
「だから君に期待してるんだよ、ユウジくん。君が彼に涙をもたらしてくれるのを。感情は人間にとって自分を表現し、相手にも伝えることのできる大切な人間らしさだからね。君なら、わかる部分もあるんじゃないかな。彼の抱く、心の影にあるものが」
急に肩に、その責任がドスッと乗っかってきた気がした。いやそこまで気負うほどのものではないのかもしれないけど。
でもリク先生にないものを、もたらしてあげられるのなら。それでリク先生にとって何かが良い方向に進めるなら。
キエナ先生は以前「それは自分にはできない」と言っていた。友人であるキエナ先生でさえもできないこと……俺なら、できるのかな。
「僕はね、あの人が好きだよ、もちろん友人としてね。それ以上の以下でもない。僕はただ彼には人としての感情を当たり前のように表現してほしい。その方が幸せじゃないかい? 幸せで笑って泣いて。嬉しくて笑って泣いて、さ」
キエナ先生の言葉が胸の中に浸透していく。そうだ、確かに、そうだよな。
ユウジはベッド上で身体を起こした。
「まぁ、彼と僕とはそんな感じだ。だから心配しないでユウジくんは彼に体当たりするといいよ」
「体当たり? なにそれ」
キエナ先生の言葉の意味がよくわからないが。何が心配しないで、なのだろう。それに体当たりしても力の強いリク先生のこと、反対に突き飛ばされるのがオチだ。突き飛ばしたらすぐに手を伸ばしてくれるだろうけど。
そんな中、今まで黙っていたタカヤが、キエナ先生を見上げたり目を伏せたり。戸惑う様子を見せながら口を開いた。
「……キエナ先生、リク先生が泣かないなら。キエナ先生は逆に笑わないのかなって、俺、思うんだけど」
キエナ先生の伏し目がちな視線が流れるようにタカヤの方へと向く。
タカヤはその視線を受けて蛇に睨まれた蛙のように、すくんでいた。しかし意を決したのか、真っ直ぐに視線を見返していた。やはり、ちょっと恥ずかしそうにしている気がする。
……もしかしてタカヤ……。
「僕を気にしてくれているのかな、タカヤくんは。優しいんだね」
キエナ先生はタカヤを見て目元をやわらげた。
「僕のこれはただの性格だよ。昔から気分がハイになることがない、常に一定という感じかな……それとも」
そう言いながらキエナ先生はタカヤに近づき、身体を屈め、タカヤの顔をのぞき込む。唇が触れてしまいそうな距離で眼を見張るタカヤ。キエナ先生はそんなタカヤを見て、かすかに口角を上げる。
(わっわっ! 何急にこの雰囲気はっ! ちょっと待てよ、俺、邪魔ならいなくなるよっ⁉)
そんな二人を見ていたら自分はここにいるのが、よくないような気まずさがわいてきた。
そんな慌てる自分をよそに二人の会話は続く。
「タカヤくんが、僕の気持ちを高鳴らせてくれるのかな。僕が笑えるようにしてくれる? 僕は……ちょっとだけ手強いよ?」
キエナ先生がさらに顔の距離を詰める。
ヤバい、わっ、タカヤ、ヤバい、硬直してるっ。
そんな時、保健室内に誰かが足を踏み入れたような音がした。
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