第8話 ゲーセンでまさかの
連れてこられたのは箱型の大型ゲーム機が並ぶエリアだった。ここは少々視界暗めである箱型のゲーム機内に入り、専用のヘッドセットをつけて遊ぶものでスポーツをしたり、銃で敵を倒したりというVR で遊ぶことができる。
ユウジは引っ張られた状態で一つのゲーム機の中に入れられた。途端に周囲は暗くなったが画面に表示されている『スタート、コインを入れてね』の文字が光っていて、わずかに視界は確保された。
「さっきからさ、誰なんだよっ」
腕を引っ張り返すとようやく腕が解放されたのでユウジは相手を問い詰めた。
帽子をかぶった人物は下を向いているから顔がよく見えない。自分より、ほんの少ししか背が変わらないだろうか。いや、相手の方がわずかに高い、ホントにほんのちょっとだけ。
「……誰だよ、顔見せろよ」
なんなら力づくか、と考えた時。帽子がグイッと上を向き、その人物と目が合った。
顔がはっきりと見え、ユウジはその顔を見て一瞬呆けた後で「あ〜!」と叫んでしまった。
「バ、バカ、大きな声を出すなっ、バレちゃうだろ」
目の前にいた人物は指を口に当て「しぃー」というポーズを取った。 ユウジは反射的に口を手で押さえたが、まさかの人物の登場に動悸が止まらない。
「バ、バレちゃうって誰によっ、っていうか。アンタ、その格好――」
「こら、先生にアンタとか言うな」
「あ、ごめん……リク先生」
ユウジは初めて見る格好と、いつも見慣れている童顔の顔立ちを、信じられないという心境でマジマジと見つめた。謎の人物の正体は、まさかのリク先生だった。
リク先生は口をへの字に曲げながら声を潜めて「全くお前は」と自分が授業中にふざけた時の叱り口調で話し出す。
「あれほどゲーセンには来るなと言ったじゃないか。なんだか嫌な予感がしたからバレないように着替えてきてよかった。それにタカヤがお前がゲーセンに行ったかもっていう話もしてくれたからな」
「あー……そうなんだ」
自分が疑問に思っていたことの答えをリク先生はスラスラ答えてくれた。タカヤのヤツ、なんだかんだで当初の予定通りに動いてくれたらしい、読みの鋭い親友だ。
でももう一つ気になっていることがある。先生がさっき言っていた「バレちゃう」というのが誰に対して言ってることなんだ。他に誰かいるのか。
「ユウジ、今は外に出るな。恩田先生も来てる」
リク先生は己の顔を指でかきながら答えてくれた。思わず「恩田ぁ?」と、いつもの調子で呼び捨てにしている自分がいる。
「さっきも話があっただろ、栄高校の生徒たちが外で迷惑をかけないように、しばらくは恩田先生や他の先生達があちこちを見回りすることになっている。先生は今日その役目じゃなかったんだがお前のことが気になったから来たんだ。ちなみに言いつけを破った生徒は一週間外出禁止だからな。あと反省文を原稿用紙十枚分だ。卒業前にそんなの嫌だろ」
「えぇー、そんなにあんの、ヤバ……」
罰があるとは知らなかった。けれど自分は、ただゲーセンに遊びに来たわけではないのだ。
「違うって先生。俺さ、今日の五時にゲーセンに来いって呼び出されたんだよ。俺の下駄箱に手紙があってさ――」
そう言うとリク先生は首をかしげた。そういう仕草をするということは、この手紙を書いたのはリク先生ではないということだ、当然といえば当然だろうけど。
「よくわからないが、行くなという通達があったのに、わざわざここにお前を呼び出したんだ。お前に大事な話があったにしてもお前のことを考えていないことになる」
リク先生が声を強めにそう言った途端、自分の心臓の動きが速くなった。
……俺のためになっていない。
じゃあリク先生は俺のために、ここに変装してまで来てくれたのか、俺のために……?
やっぱり、良い先生だな、リク先生って。
「ふぅ〜、そっか……それならリク先生、悪かったな、わざわざ。それにしてもそんな格好してるとさ、本当に子供みたいなんだけど」
「な、失礼だなお前。これは先生の私服だぞ」
「私服ぅ〜?」
疑問の声を上げた自分を見て、リク先生がムッとしている。そんな子供みたいな顔を見たら笑いがこみ上げてしまった。声を上げてはいけないから口を手で押さえたが面白くてたまらない。先生の私服、子供っぽすぎる。見た目は子供だから余計に。
「ん……? ユウジ、静かに」
ユウジが笑いをこらえていると、リク先生は急に目つきを真剣なものに変えた。何かに気づいたように「奥に入れ」と言って、外の様子を気にしながら自分を通路から見えづらい奥に移動させてくれた。
一応機内は垂れ幕のようなもので覆われているので外から見えづらい仕様にはなっているが、見ようとすればわずかに中の様子は見えてしまうから。
「お前、制服だと目立つからこれ着てろ。恩田先生が帰るまではここから動けないならな」
リク先生は緑色のパーカーを脱ぐとユウジに手渡した。
「あ、あぁ、ありがと……」
リク先生のパーカーを受け取り、言われた通りに袖を通す。元々ゆったり系のパーカーであるから、そこまで体格差がない自分が着ても全然きつくはない、むしろちょうどいいくらい。それに先生の匂いがする。家の中でもかいだ、爽やかな海系の落ち着く匂い……急に息が苦しくなる。
「……恩田先生、まだ近くにいるみたいだなぁ。結構ねちっこいからな、あの人」
リク先生はパーカーの下に長袖のシャツを着ていた。先生っていつもはスーツとワイシャツ姿だけど普段着はラフなんだ。なんだか可愛らしい。
そしてこんな自分を、こうまでして守ってくれるその姿がたくましい。小柄だけど、もっと大きな存在に見える。
その存在に、すぐ近くにいるその気配に。自分は夢中になってしまい。知らず知らず、ジッと見つめていた。 体温が上がってきているのも気づかずに。
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