第6話 始まる前から作戦失敗?
明くる日、いつものように学校へ登校。上履きを履くために前かがみになり、頭を持ち上げた時だった。
「おはよう、ユウジくん」
「ひぎゃぁ!」
びっくりするぐらいの冷えた声。普通の朝の挨拶であるはずなのに頭上から氷水を浴びせられたような衝撃。
ユウジは咄嗟に後ろに飛び退いていた。
見れば目の前にはスラッと細長いシルエットと鋭く見下ろす青い瞳があった。顔に笑いというものの欠片はなく、今日もサラサラした金の髪の下には無表情が張り付いている。
「お、おはよう、キエナ先生……ってか、怖いっつーの……」
間抜けな姿をさらしてしまい、ユウジはハッとしたが。幸い周囲には誰もいなかった。
「そこまで驚くものでもないだろうに」
「いや……驚くよ、普通の一般的な人なら」
存在がそこにあるのに気配を感じない、なんと言うか人っぽくない。いや、ちゃんとした人なんだけど……この人の場合、人間味がないのかもしれない。
「今日も頑張ってね、なんかあったら僕のところに来てもいいから」
キエナ先生はそれだけ言うと中履きであるという革靴の踵を返し、保健室の方に歩いて行った。
なんとなくおどされた感があるが、わざわざ言いに来るということは期待されているということなのか。今まで会話すら、あまりしたことがなかったのに。
(キエナ先生って、なんで俺を今回のゲームに抜擢したんだろう……俺がゲーム好きだから、か? でもそんなこと言ったことないんだけどな)
疑問に思いながらキエナ先生の白衣の後ろ姿を見送る。すると今度は隣に背が高い人物がヌッと現れて「おはよう」と言った。
それは不敵に笑ったタカヤだった。
「朝からキエナ先生か、なんかご利益ありそうだな」
「ご利益っていうかさぁ、逆に変なものがくっついたような気がする、あの人、マジでビビる」
「そう言うなよ、別にキエナ先生って変わりもんだけど。意外と人気もんなんだぜ。ミステリアスな感じがたまらないって、みんな言ってる」
「でも気をつけないと突然薬で眠らされたりとかするんだぞ」
一昨日のことを思い出し、ユウジの背筋はスーッと冷えた。今思えばあれも立派な犯罪だよなぁ。
変人だけど、でもあの先生がリク先生と……そういう関係にあるんだと思うと。胸の中がザワつくような、妙な感じがする。
友人同士なんだから親しくて当然なんだけど、いつも明るいあのリク先生がキエナ先生を求める姿って、どんな感じなんだろう。あの顔、身体、手で。どんなふうに、どうして……あ、ちょっとヤバい想像だ、これは――。
「キエナ先生って笑わないよな」
唐突にタカヤが口にした言葉に、ユウジは飛び上がった。
「――へっ⁉ あ、そ、そうだな⁉」
ユウジは胸の中に湧き上がっていたモヤモヤと興奮を瞬時にどこかに押し込めた。怪しい雑誌を見ていたら、突然部屋に来た叔母に見られぬよう、布団の下に隠した瞬間みたいになってしまったじゃないか。
「リク先生が泣けないなら、キエナ先生は逆に笑えない、とか? ユウジも笑ったところは見たことないだろ?」
タカヤ、キエナ先生が気になるのか。まさかな……。
「どうなんだろうな。あの人は元の性格的な感じがしないでもないけど。たまに鼻で笑ったりとかはするぞ」
イメージ的に爆笑するような感じじゃないし、爆笑していたらキエナ先生じゃないっていう感じがする。なんにしてもキエナ先生は謎多き存在だ。
「タカヤ、キエナ先生が気になんの?」
「謎だらけだからな」
ずばり聞いてみたが、タカヤは髪をかき上げて笑うだけだった。そして「行くぞ」と先に歩き出し、教室へ向かった。
教室に着いて数分後、リク先生が元気よく現れ、生徒の点呼を取っていった。
「よし、これで全員だな! じゃあ――」
点呼を取り終えた時だった。閉じられていたスライドドアが、ガンガンとノック音を響かせて揺れた。
「失礼します」
太めな声と共に開かれたドア。現れたのは体格がいい生活指導の教師で、白いワイシャツの生地をパツパツに突っ張らせた、通称ゴリマチョラーと呼ばれる男だった。顔の骨格も角張っている感じが、いかにも漢という雰囲気を漂わせている。
その男――恩田はドシドシと重量感のある足音で教室に入るとリク先生の近くに移動した。
「授業中にすみません。ちょっと生活指導の話がありまして、よろしいですか」
「わかりました、どうぞ」
リク先生と恩田が並ぶ。ちなみに二人が並ぶと中学生男子と中年おっさんという言い表しが、とてもしっくりきてしまうのは……生徒の中での内緒話だ。
リク先生が了承したので恩田は咳払いを一つしてから話を始めた。
「えー、ここ最近のことですが栄の高校生がゲームセンターやコンビニ、公園など公共の場で騒いでいると住人の方から苦情が相次いでいます。中には深夜帯に騒ぐこともあるそうで、学校側としては由々しき事態と考え、対策を立てています」
(はっ? なんだと……)
ユウジは唇を噛みしめた。
「もちろん、君達学生に遊ぶなとは言いません。しかし公共の場で騒ぎ、他の方々の迷惑も考えない人間には、やはり然るべき対応はしなくてはなりません。学校の方針としては今日から一週間、放課後に街中への外出は控えてもらいます」
生徒の一部が小さい声で「マジかよ」と声を上げる中、恩田は続ける。
「マジですよ。こんなことが続けば事件にもなりかねないし、学校生活にも影響が出ます。しかも皆さんは卒業も近い、間もなく社会人になる身なのです。そんな常識も身に着けていない者が社会に出たら恥しかありません。このことに心当たりがある者がもしいるなら。みんなに迷惑をかけているんだということを自覚し、しっかり己を見直してほしいと思います」
恩田がしゃべる中、ユウジは視線をチラッとずらし、リク先生を見た。
するとリク先生もちょうどこちらを見ていて目が合ってしまった。リク先生は何かを伝えるようにまぶたを上げるとまばたきをした。ちゃんと話聞けよ、と言っているのかもしれない。
「私からの話は以上になります。皆さんもあと一ヶ月で卒業ですので、しっかり節度ある行動を取るように」
恩田は鋭い視線で教室の生徒を一瞥する。そしてリク先生の方を向くと。
「では先生、授業の続きをお願いいたします。どうも失礼いたしました」
恩田はリク先生に礼をしてから教室を出て行った。恩田が完全にいなくなったことを確認してから、 リク先生も「やれやれ」とため息をついた。
「まったく誰だぁ? そんなことをしているのは。放課後は家に帰ってご飯食べてテレビ見て寝なきゃダメだろー?」
リク先生の言葉に生徒達が笑い出すと「先生、勉強はしなくていいの?」とツッコミが入る。
先生は声高らかに答えた。
「勉強なんて学校でやれば十分だ。家に帰ってからは好きなことをやる! これが一番だぞ! ちなみに先生は、ちゃんと全部終わってからゲームしてるぞ。たまに徹夜しちゃって学校で寝るんだけどな!」
生徒達がどっと笑い、自分もつられて笑ってしまった。
「先生の方が問題じゃん!」
「先生あいかわらず子供みたいっ」
みんなの総ツッコミに「うるさーい!」と楽しげなリク先生を見ながら、先生もいつもゲームを楽しんでいるんだなということに嬉しさがわく。同じ趣味、一緒にプレイとかしてみたいかも。
そんなことでほくそ笑んでいると、リク先生がパッと自分の方を向いた。
「ユウジ、お前もしばらくはゲーセンとか控えろよ〜」
「えぇ、なんで俺なんだよ」
「お前が根っからのゲーム好きだってことは入学当初から有名だからな! だから怪しい動きはするなよー?」
…、入学当初。そういえば入学初日の自己紹介で自分はゲームが好きということを公表したっけな。というか、そんなくだらないことをよく覚えているよな。
けどなぁ……と、ユウジは内心でうなる。
今日に限って生活指導の恩田から、そんなことを言われるとは、どうしたもんだ。もう計画がおじゃんになってしまったじゃないか。
ユウジは授業の準備を始めるリク先生を見ながら頭を悩せた。
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