第5話 長年のお助けキャラマリア
そんなこんなで待ちに待った、夕食も風呂も終えた平穏なナイトタイムだ。ゲーム画面ではハープ調の静かなBGMが流れる中、戦士と白いローブの魔法使いは連れ立って森の中を歩いていた。
『お宝はユーちゃんの取り分多めでもいいよ、この前助けてもらったからね』
『別に気にしなくていいのに』
『そうはいかないよ、ちゃんと恩は返すものだからね』
マリアの律儀さにはいつも感心させられる。根が真面目なんだろうなぁ……見習わなきゃ。
しばらく歩き続けて森の奥地に入り、巨大な岩の柱が並ぶ遺跡のような場所にたどり着いた。今回のミッションはこの遺跡でお宝探しをする。だから焦ってキャラクターを操作しなくてもいい。マリアとゆっくり話をするにはもってこいのミッションだ。
遺跡の周りを二人のキャラクターが、あっちへ行ったりこっちへ行ったり移動している時に、ユウジは昨日の夜に起きたこと、今日タカヤと話した作戦について。マリアに包み隠さずメッセージした。
すると数秒でマリアから大笑いしている絵文字が先に送られ、その後にメッセージが届いた。
『その先生を本気で泣かせようとしているんだ。なんだかよくわからない面白いことをしているんだね、それも青春って感じ?』
マリアのメッセージを見て、ユウジも「確かに普通じゃねぇよな」と苦笑いをした。
学校で一番の変わり者と言われている先生からの奇妙な依頼。それを真面目にやろうとしている自分は端から見ても自分から見ても変なヤツだと思う。タカヤだって最初は呆れていたしな。
『いや〜ユーちゃんはホント面白いよ。でもいいね、そういうのにも一所懸命なのって。何事も全力でやるのはいいことだよ』
『マリア、ちょっとバカにしてる?』
『やだなぁ、するわけないでしょ』
マリアは今まで一度も自分をバカにしたことはない。不快なことを言うこともなく、あるのは励ましか賛同、両親のいない自分を勇気づけてくれる明るいメッセージの数々だ。マリアは優しい、安心できる、そんな存在。
そんなマリアの裏の人ってどんな人なんだろう、そう考えることは度々あるが直接会ったりとか、連絡を取ったりとか。そういうのは気が引けるからやらないし、提案したこともない。
マリアはマリアだ。自分にとって何でも話せる、頼りがいのある存在だ。
マリアのキャラクターが石柱をガンガン叩いている中、またメッセージが送られてきた。
『でもホント、ユーちゃんが頑張るなら私も応援するよ。協力できることがあるなら協力するけど、でもねー……笑わせるより泣かせるって難しそうだね』
『そうなんだよなぁ、殴るわけにもいかないし』
『……こわっ』
そんなやり取りの間、マリアのキャラクターは石柱をずっと叩き続けている。中に宝があると予測なのだろうが、その様子だけを見ていると、なんだか笑える。ご乱心の白い魔法使いだ。
『涙を流す。自然なことなんだけど。それができない人も世の中にはいるよね』
ご乱心の魔法使いはガンガンと硬い効果音を響かせながら急に真面目なことを言ってきた。
『ユーちゃん、その先生って過去に悲しいことがあったんだね』
そんな文章にユウジはまばたきをする。
『うん。そう聞いてるけど、詳しくは知らねぇ……悲しいことってなんだろう』
『大切な人がいなくなっちゃったりとか』
ユウジはキャラクターを操作する手を止めた。急に胸が苦しくなった。
聞いてはいけないことを聞いちゃったかも、そんな後悔の念に駆られる。
自分には両親がいない。だけどそれは自分だけではない。こうやって楽しく会話をしているマリアも子供の時に両親を亡くしていると前に聞いたことがある。
“小さい頃はさびしかったけど、今はもう大人だから慣れたよ”
マリアがそんな文章を送ってきたことがある。それを見た時は自分だけじゃないんだなという、微かな安心感と、思い出させてごめんという罪悪感があった。
自分がパソコンを始めたのは叔母夫婦が与えてくれたのもあるけど、夜がさびしかったからだ。優しい叔母夫婦がいる、恵まれた環境。それでも夜に一人になったりすると、ふと両親のことを考えたりして、さびしくて夜空に手を伸ばしたりしたいた。
気晴らしでそれがなくなるようにパソコンが欲しいとおねだりをして、勉強を頑張ったご褒美に買ってもらって。
そしてパソコンを通じてマリアと出会った。
ネット上だがマリアと話すようになり、互いに色々なことを打ち明けて。自分の中からさびしいという気持ちは、いつの間にかなくなった。マリアのおかげで今の自分がある。今の自分にとってマリアは必要な存在なのだ。
『おぉーい、ユーちゃん! トイレでも行ったの〜?』
メッセージがない自分のことが気になったのか。マリアが笑った絵文字と共にメッセージを送ってきていた。マリアのキャラクターは探索方法を変え、今度は地面に穴を掘っている。
『涙のさ、出し方なんだけど、私にもわからないけど。でもユーちゃんがその先生のことを思って何かをすれば、いいんじゃないかな。ごめんね、大したアドバイスじゃないけど』
ユウジは「うん」と現実でうなずいた。
『とりあえず先生のことを思ってゲーセンで遊んで、怒られようかなと思ってんだけど』
ユウジの返答に、マリアから苦笑いの絵文字が送られる。
『まぁ、それも先生のことを思っているってことになるのかな、面白いからいいけど。でもユーちゃんって、その先生が好きなんだね?』
好き、という文章にユウジは目を丸くした。
『変なこと言うなよぉ』
好き、なんて文字。打ったことも言ったこともねぇよ。
……でも嫌いじゃないよ。あいつ、授業ちゃんとやれとか、朝ご飯ちゃんと食べろとか、夜はゲームばっかしないで寝ろって、うるさいけど。こっちの言い分もわかってくれるし、腹減ったって言えば、たまにお菓子くれるし。
ふと昨日の光景が思い浮かぶ。目の前のリク先生の寝顔、大人なのに下手したら自分よりも幼い顔立ち。酒を飲んだらもう起きないと言うけれど、あれで起きていたら……あの時、どうなったのか。キエナ先生が言っていたみたいに抱かれたり、とか……?
(だ、抱かれるって、つまりはそういうことだよな。あの先生が、そんなの、ある……? まぁ、あるよな、先生だって人間だし、性欲だって……)
そう考えた時、自分の吐く息が熱くなった。徐々に身体の熱が上がっている、体がムズムズする。
(何考えてんだよ、変だな、俺)
自分の中で何かが高まりそうだ。阻止しようと深呼吸をしていたら、パソコン画面からメッセージが上がった時の、ほわんっ、という音が数回響いた。
見ればマリアが『どうした〜、ユーちゃ〜ん』と自分を何度も呼んでいたのだ。
『悪い悪い、ボーッとしてた!』
ユウジはマウスを動かし、 再び捜索を開始した。戦士のキャラクターがスコップで地面を掘る姿を見ながら、頭の中はリク先生の寝顔がなかなか離れなくなっていた。
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