第4話 麗しのゲーム仲間

「ただいまー」


 頭の中で“例の作戦”をああしてこうしてと色々考えながら自宅に帰ると。台所にいるだろう人物から「おかえり〜」という声が聞こえた。


「ユウジ、おかえり。今日は居残り勉強じゃなかったのね?」


 リビングに入ると台所に立っていた女性は嬉しそうに笑っていた。

 女性の言葉にユウジはなんのことだろ、と首を傾げたが――そうだ、昨日キエナ先生が家族に嘘の居残りを知らせていたということを思い出し、苦笑いするしかなかった。


「あはは、まぁな。さすがに二日続けては嫌だって」


「ふふ、そうね。もう受験も終わったんだし、あまり根詰めて勉強しなくたっていいんだから、あとは結果を待ってゆっくりやるのよ」


「わかってるよ、じゃあ上行ってるから」


 「冷蔵庫のジュースも持っていきなよ?」


 女性からの優しい気づかいに「ありがと」と笑って答え、ユウジは二階の自分の部屋へ向かった。


(叔母さんも気ぃ使いだよなぁ……でも一緒にいるのはあと一ヶ月か)


 あの女性は母親ではない。母親の妹、つまり叔母。この家の主は彼女の夫である叔父だ。

 自分は小さい頃に両親を事故で失った。その頃から叔母夫婦に引き取られ、こうして何不自由なく彼女達の愛情を受けながら暮らしている。


 叔父も叔母も本当にいい人だ。でも自分は二人のことを父、母と未だに呼ぶことができないでいる。なんでかはわからない。なんとなく、自分の奥底に眠る本当の両親を求める小さな自分がダメと言っているような気がして……根拠はないけど、ダメなのだ。


 幸いと言うべきか、叔父夫婦には実の子供がいない。自分は子供が産めない身体だと、いつか叔母が話していたことがある。

 だからか、姉夫婦の死という悲しい事実に伴ったことだが。自分を養子として迎えることはとても嬉しいと彼女は言っていた。


 そんな二人にはとても感謝している。だからいつかは“父と母”……そう呼んであげたいと思う。あと一ヶ月で高校を卒業し、この家を出る日がきたら。

 泣くだろうなぁ、叔母さん……って、叔母さんを泣かしてどうする。その目的のターゲットは別の人物だ。


 部屋に入ったユウジは整えられたベッド上にカバンを放り投げ、スタンダードな木製勉強机の上に置かれたパソコンのスイッチを入れ、椅子に腰をかけた。


 パソコンの起動を待つ間、見慣れている室内を眺めてみる。今日も叔母はキレイに掃除をしてくれている。朝にめくったままにした布団も脱ぎ散らかしたパジャマも、散らかっていた教科書やプリントも定位置に戻っている。フローリングには埃さえない、自分にはもったいないくらいの環境だ。


 そういえばリク先生の部屋もキレイだったな。先生、自分で部屋を掃除しているのかな。恋人とかいるのかな。そんな話は聞いたことないけど。恋人がいたら、そういう人の方が涙を流させるにはいいと思うけどなぁ。


 そんなことを考えている間にパソコンは立ち上がっていた。デスクトップ上にある剣のマークをダブルクリックする。


 するとどこかに探検にでも行きたくなるような壮大な音楽が鳴り、オープニングの大空のCGが映り始める。そこはいつも見ているのでスキップし、タイトル画面へ。スタートをクリックして、オンラインRPGの世界へと入り込む。


「今日のミッション、なんかあるかな〜」


 その日毎に課せられたミッションがあり、人助けをしたり、巨大なモンスターを倒したり、家や町を作ったり。思い思いに過ごすことができるオンラインゲーム。最近はこのゲームにドハマっている。

 自分の分身である背中に剣を担いだ男戦士のキャラを操作し、ミッションが受けられる酒場に入ると。そこには、このゲームのことを教えてくれた張本人がいた。


「おっす、マリアいたな」


 現実でもつい呼びかけてしまった。ゲーム内ではキーボードを叩いてメッセージを送り、白いローブを着た女性魔法使いのキャラクターに近づいた。


『マリア、もうなんかやった?』


 キャラ同士がにらめっこし合う中、数秒してマリアから吹き出しの返事がある。マリアはオンラインゲーム歴が長いのか返信がとても早い。


『まだだよ。ユーちゃん、よかったらこれから一緒にドラゴン退治に行かない?』


 送られてきた文章を読み、ユウジは「ドラゴンかぁ」と独り言をつぶやいた。ちなみにユーちゃんとは自分のユーザー名だ。

 どうしようかと迷っていると、マリアからさらなる返事があった。


『大丈夫だよ、ドラゴン退治は十分で終わらせる。今、こっちも仕事の残業前の休憩中であんまり時間がないからね、サクッとやっちゃうよ、どう?』


 マリアはそう言うと、照れ笑いを意味する顔文字と『やろーよ』という明るいお誘いメッセージを送ってきた。

 マリアは日中は仕事をしている人物らしい、どんな仕事かはわからない。けれど合間合間でゲームをして休憩しているらしく、主に出会うのは夜だが、こうして夕方に出会うこともたまにある。


 そんなマリアと自分はオンラインで会話をするようになって八年が経つ。出会ったのは自分が十歳の頃。叔母夫婦にパソコンを買ってもらい、最初は課金なしのオンラインゲームに参加した時だった。


『よかったら一緒に旅に出ない?』


 ゲーム上で何もわからない自分をマリアは誘ってくれた。それ以来、色々なゲームでマリアと旅をしたり、探索したり、対戦したり色々な ゲームの世界を楽しんでいる。お互いに身の上話もしているが主に自分の方から悩み相談することが多いかもしれない。


 なぜならマリアは年上で。マリアが言ってくれるアドバイスは、とても的確で励まされるから。だから困ったことがあれば、なんでもマリアに相談している。マリアのことはタカヤにも話したことがあるが「名前がかわいいからって惚れるなよ」とふざけたことを言われただけだ。


 ちなみにマリアが女性か男性かは不明だ。女性キャラでマリアというユーザー名からすると女性っぽいが、そこがわからないのがネットというものだ。


 今の時間はあまり余裕がないということでドラゴン退治のミッションだけをササッと済ませ。肝心の相談ごとは夜の落ち着いた時間にすることにした。

 マリアがどんなアドバイスをくれるのか楽しみだ。

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