第3話 作戦会議をしよう

 以上。というのが、ことの次第わけです。

 タカヤに全て説明したところで、ユウジは「それでさ」と話を展開した。


「人間ってさ、どうやったら泣くんだよ」


 ……口にした後でなんだがすごい問いだよなと思う。タカヤも「はぁ?」と口をあんぐりしているし。


「うーん、そりゃ嬉しい時とか悲しい時だろ? あ、感動した時も涙が出るよな。他には、なんかあったかなぁ」


 タカヤは腕組みしながら真剣に考えてくれている。文句を言いつつも、こうやってなんでも考えてくれるこの親友は「いつもありがとうな」と感謝を羅列したいぐらい、ありがたいと思う。

 数秒悩んだ後、タカヤは何か思いついたのか「あっ」と声を上げた。


「あれだ! あと、あくびした時だなっ!」


 タカヤの素っ頓狂な発言に思わずコケた。


「んだよ、もう〜真面目に考えてたと思ったのによ〜」


「はぁ? 真面目に考えたつもりだけど?」


「それじゃ絶対ダメだろ、全然ダメ」


 ユウジは“真面目”にツッコミを入れておいた。この課題にはゲーム機二台分の価値があるのだ。遊びではなく、本気で取り組まなくてはならない。


 ユウジも腕を組み、空を仰いで「そうだなぁ」と考える。まぁ確かにあくびすれば涙も出るけどな、と。心の中では親友の考えに賛同はしておいた。


(あのリク先生を泣かせるには、か)


 自分にとってリク先生はクラス担任だ。偶然ではあるが一年から三年までの間ずっと担任だったから。他の生徒よりは長い三年分の付き合いがある。けれど結局、それは教師と生徒という枠でしかない。


 時にふざけ合って笑い合い、時にはイタズラが過ぎる自分を叱りはするが最後には笑って許してくれる……それがリク先生。そんな先生は人として教師としても尊敬できる存在だ。こんな自分と三年間付き合ってくれてありがとうと、抱きついて感謝を伝えたいぐらいには思っている。


(ん、それなら……うまくいくか?)


 ユウジはパッとひらめいた。リク先生にもっと自分に注目してもらって。それで自分が素晴らしい行いをして感動させてやれば、泣いたりするんじゃないかな。例えば卒業式の日に三年分の感謝を述べるとかさ。どうよ、これ。


 ユウジは今の思いつきをタカヤに話した。

 タカヤは少し考えた後で「短絡的」とぶっきらぼうに答えた。

 ……なんだその答えはっ。


「ま、お前がそういう作戦でやるなら、それでいいんじゃねぇか。じゃあまずはリク先生に目をつけられるようにしろよ」


「目をつけられるってなんだよ」


 タカヤは意地の悪い笑みを浮かべる。


「目をつけられるって言ったら、目をつけられることをすんだよ。酒とかタバコとか?」


 とってもダークなその言葉に、ユウジは額に手を当てると「そりゃダメだろ〜」とため息をつく。だって酒もタバコもやりたいわけじゃないし。そんなことぐらいで健康を害することをやるなんてシャレにもなんない。家族にだって悲しまれるし、卒業間近で悪事を働くのもどうかと思う。

 否定すると、タカヤはつまらなそうに唇を尖らせた。


「なんだよ、お前って結構真面目くんだったのかよ? ボクちゃん怖いの〜だった?」


「そういうことじゃねぇ!」


 ふざけるタカヤはさておき。他には何かないものか……先生に注目されること。ほんのちょっとのことでいいから何かをしでかして先生を困らせて、そこから挽回をするんだ。

 けれどそれを考えると、思いつくのはやはり学校の規律を乱すことになってしまう、それはなぁ……。


「せめて夜遊びくらいかな〜……ん?」


 それ、結構いいんじゃないか?

 再びの思いつきにユウジがニヤッとすると、タカヤに「キモチワル」と言われたが無視した。


「夕方遅い時間にゲーセンでちょっと遊ぶ! んでタカヤにリク先生に告げ口してもらって、リク先生呼び出して、俺は説教くらって、後日真面目なことをして先生に見直させるんだ! どうよ、タカヤ、これならさ!」


 我ながら良い考えだ、とユウジは自分のひらめきにガッツポーズした。

 するとタカヤは目を細め、軽蔑とまではいかないけれど、それに近い視線を向けてきた。


「お前、考え方のレベル低いよな……小学生よりひでぇ」


「はぁ⁉ なんだよ、ダメかよ⁉」


「ダメとは言ってない。成功率は悪そうだけど、お前がいいならいい、協力してやる」


 そう言って手すりから離れると「そろそろ教室に戻ろうぜ」とタカヤは言った。散々文句と暴言を吐いたくせに最後には結局協力してくれる、さすがタカヤだ。

 そうと決まったら夕方に向けて頑張るしかない、ゲーム機二台分のためだ!


 ユウジが気合いを入れて歩き出した時、先に歩いていたタカヤが不意に振り向き「マリアにも相談しとくんだろ?」と言った。






 キエナ先生との、あんなことがあった後だからか。リク先生の授業中に妙に先生のことを気にしてしまう自分がいた。

 リク先生の担当でもある数学の授業はいつも通り進むのに「はい、次〜」とか勢いのいい声を聞くと、苦手な数学で伏せがちな視線をパッと先生に向けてしまう。

 その行動が露骨だとリク先生の鋭い視線もこちらを向き――


「ユウジー! 今寝てなかったかぁ? 寝てる場合じゃないぞー!」


 リク先生の叱責に、クラスメートも笑いをもらす。タカヤも少し離れた席で肩をすくめている。


(いやいや、寝てたのは先生の方だってば、リク先生……俺、見ちゃったんだからな)


 知らぬがリク先生。キエナ先生と秘密の計画をしているなんて考えもしないだろうな。もし事情を知られたら、先生怒るかな……卒業取り消し!とかなるのかな。

 いや、そんなことする先生じゃないけど。


 それにしてもリク先生の過去には何があったというのだろう。涙を流せなくなった、その原因……キエナ先生も教えてはくれなかったけど。


 卒業まで残り約一ヶ月……あんたに涙を流させてやるよ、リク先生。


「こーら、ユウジ! またボーッとしてるぞっ、ちゃんと教科書見ろー!」


「わかってるよー!」


「こらユウジ! 敬語使え敬語ーっ」


 ……こんな感じでも目をつけられていると言えるんじゃないだろうか。うーん、でももっと印象づけるのは大事だよな。

 そう思いながらユウジは渋々、教科書を開いた。

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