第2話 その理由

「へぇ……それで、キエナ先生にわけわかんねぇ薬を嗅がされて意識失って。んでわけわかんねぇゲームを挑まれたと。それをお前は引き受けたわけと。どんだけお人好しなんだよ」


「だってゲーム欲しいじゃん」


「愚かだな」


 あの衝撃的なことがあった翌日の昼休み。校舎の屋上でのんびりと日に当たりながら。ユウジはクラスメイトであり、親友であるタカヤに昨日のことを打ち明けていた。


 立ったままのタカヤは背後にある手すりに両方の肘を乗せながら「マジで呆れたヤツ」と再度自分を罵り、空を仰いだ。

 隣にいる自分はそんなタカヤを見上げながら「うるせぇよ」と鼻で笑う。


 自分よりも頭一つ分は背が高く、スタイルがよくて青い髪のイケメンなくせに。口は悪くて面倒くさがりで、いつも少しスカしている鼻につくヤツ。

 だけどなんだかんだ言いながらも色々協力してくれる気のいいヤツなのだ。


 タカヤの青い髪が風に揺れている様子を観て(相変わらずイケメンだなぁ)なんて思いながら「だってキエナ先生がさ」と話を続けた。


「そのゲームをクリアしたらゲーム機二台分は出してくれるって言うんだぜ。ゲーム機が二台だよ、二台っ」


「このゲーム好きめ。もうちょっとまともなことにチャレンジしろよな」


 タカヤの発言にユウジは口を尖らせる。

 確かに自分はゲームが大好きだ。家に帰って時間があればオンラインゲームをしたり、テレビゲームをしたり。趣味はなんですかって聞かれたら迷わず「ゲームです」ってきっぱり答えられる。


「しかしな、キエナ先生ってやっぱり変わりもんだよな。そんな変なゲームをお前にさせるなんて。それになんでお前なんだ? キエナ先生とリク先生って友達なんだろ」


 あの二人が友達。それは学校にいる者なら誰もが知っている情報だ。

 だが自分はもっと深い情報を知ってしまっている。それを考えると、ちょっと気恥ずかしくて体がムズムズしてしまう。 口にするのは恥ずかしいが親友であるタカヤには言っておこうと思った。


「いやなんか……あの二人、さらに親密な関係みたいなんだよな」






 リク先生を泣かしてほしい……なんすか、それ。


 キエナ先生の言葉がすぐには理解できず、ユウジは眠るリク先生の顔をチラッと見てから、もう一度キエナ先生を見た。変な冗談かなと思ったが。キエナ先生の変わりもしない表情を見ていると、それは冗談とも捉え難い。


「冗談だったら君を拉致ったりしないよ」


「そりゃそうだな……でも意味がわかんねぇよ」


「リク先生はね、涙が流せない人なんだよ」


「涙……」


 なんだか悲しい響きがして、ユウジは言葉を詰まらせた。


「過去に色々あってね、以来、涙を流すことができないでいる。それってさ、人間的にどうかと思わない? 嬉しいこと、悲しいことでも涙を流すことができないんだよ」


 キエナ先生の言葉が胸に刺さり、傷ができたみたいに鈍く痛んだ。

 何があっても泣くことができない。それがもし本当ならとても辛いことのような気がする。悲しい涙を流すのはもちろん嫌だけど。悲しいことがあるから嬉しいこともあると思う。涙を流せば悲しみは流せるし、感動はより一層感じられるもの……なんじゃないかな。


「だからね、君には彼の心を動かせるようになってほしいんだ」


「俺が……?」


「そう、いつも笑顔のこの先生をね」


 リク先生は確かにいつも笑顔だ。学校でしか会っていないし、先生だから生徒の前で泣くことなんてないと思うけど。リク先生と親しいというキエナ先生が言うのだ、泣けないというのは間違いないのだろう。


「でもなんで俺なんだ?  俺は別にリク先生にとっては深い関わりもない、ただの生徒だぞ。泣かせるなんてこと――」


「それがそうでもないんだよね」


 その意味深な発言に「なんで」と問おうとした時だった。寝ているリク先生が身じろぎ、小さくうなりながら「キエナ……」と、今近くにいる友人の名前を呼んだ。


(や、やばっ)


 リク先生が起きてしまうのではないかと、思わず顔が強張る。

 だがキエナ先生は「大丈夫だよ」と言って落ち着き払っていた。その通り、リク先生は寝返りを打っただけで再び寝息を立てている。


「リク先生は酒に弱い。ちょっと飲ませただけでその日はもう起きることはないから。それにしても寝ながら僕の名前をつぶやくの、やめてほしいね」


 呆れた感じで言った後、キエナ先生は「ユウジくんがもう少し寝てあげればいいのに」と、とんでもないことを言った。それでも保険医か、と思う。


「そういえばなんで俺、リク先生の隣で寝かされてたんだよ。マジでびっくりだし。目の前に先生の寝顔があって……その……」


 そうは言ってみるが嫌とは思わなかった。いつも笑って熱心に教鞭をとっているリク先生が静かに目を閉じて寝息を立てているという警戒も何もない姿。


 そんな様子は、じっくりと見ていたくなるような、どんな夢を見てるんだろという先生に対する興味をかき立てる。


(……は? なに、考えてるんだ俺は……バッカだなぁ~、なんか頭おかしくなってんな)


 自分の考えを頭を振って否定していると、キエナ先生はおかしそうに息をついた。


「リク先生はね、誰かの温もりがあると安心して寝れるみたいで。ちょくちょく僕が隣で寝てるんだけどね。まぁ、たまにちょっと怪しい雰囲気になって、そのまま抱かれることもあるけど。別に恋愛感情とかじゃないんだよねぇ」


 はい……抱かれる?

 ショッキングな言葉を聞き、ユウジの思考は停止した。いや引いたわけじゃない、抱くって何、何するんだよ、という胸が膨らむ好奇心みたいなものだ。


 ……マジですか、リク先生が?

 そんな自分を見てキエナ先生は妖しく笑い、楽しそうだ。


「なんだったら試しに抱かれてみる? リク先生優しくしてくれるよ。身体は小さいけど力はめちゃくちゃ強いしね」


「えっ……あははは、い〜です……」


 自分には理解し難い世界の話を淡々と述べてきたので。ユウジは首を横に振ることしかできなかった。

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