祈り

外はゆっくりと、猫が伸びをするように、夕方から夜へと進みます。

仄暗くなった店内では、ガスランプ頭の紳士が、ガスを吸わなくてもほんのり光っている事がわかります。


「彼はたどり着くでしょうか」


ふいに紳士が呟きました。




****************


昔々、ヒトは道具を発明しました。

それはヒトの生活を豊かにしましたが、同時に傷つけもしたのです。


傷つける道具はとてもたくさんありました。その中でも最も単純で、最も扱いやすく、最も身近にあったのが、


"刃物"でした。



あるマエストロは言います。


「道具に罪はない。

道具が人を傷つけるのならば、

それは持ち主の罪にほかならない。

そして道具は、自らの主人を選べない」


確かにそうです。

けれど、大勢の患者の命を救う手術用メスがある一方で、心臓をえぐるナイフがあることも事実なのです。


多くの血や、肉や、悲鳴や、悲しみ、苦しみ、怒号、死。

それらは金属の身体にじっくりと染込んで、そのまま連れ歩くことになるのです。


そしてそうした刃物から生まれてしまったモノは──全てがそうではありませんが──"探し求めるもの"になるのです。


異型頭の殆どは、はっきりとした死がありません。

彼らは適切な食事手入れをすればいつまでも動くことができ、もしそれが無くなってしまっても、長い眠りにつくだけです。

再び食事手入れを誰かがすれば、目覚める事ができるのです。


だからこそ、"探し求めるもの"の旅は永く永く続きます。


彼らの求めるものは、永遠の安眠だからです。


誰かを傷つける恐怖もなく、また誰かに起こされることもなく、約束された孤独。

永久の静寂。

世界に見放された浄土。


刃物頭の殆どは、頭部を何かで覆っています。


例えば今日来た錆だらけの彼のように。




******************


「彼はたどり着くでしょうか」


ふいに紳士が呟きました。


「さあ、どうでしょう。"探し求めるもの"の行く末は、私たちですらわかりません」


店主がいつものように答えます。


「‥‥そうですね。

ああ、でも、祈らずにはいられないのです。















彼の辿り着く場所が、どうかあたたかであるように」







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悠遠に至る祈りの話 @soundfish

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