パワー探偵は謎を解かない
カニカマもどき
吹雪の山荘で謎を解かない
「状況を整理しましょう」と、探偵は言った。
「被害者は
探偵は言葉を切る。そしてゆっくりと一同を見渡した後、キメ顔で断言した。
「この5人の中にいます」
吹雪に閉ざされた山荘のリビングルームで、容疑者5人は互いに顔を見合わせた。
一人目は、場を仕切っている若き探偵――
二人目は、山荘の管理人。40代半ばくらいの物腰柔らかな女性。得意料理は肉じゃが。今回の殺人事件におびえきっている様子で、目をふせている。
三人目は、一眼レフのカメラを首からさげた、30代後半くらいの丸顔の男性。オドオドしているが、好きなことを語りだすと饒舌になりそう。
四人目は、20歳くらいの女性。殺人事件について思考を巡らせているようで、ブツブツ呟きながら、手帳へしきりに何か書き込んでいる。
ラスト五人目は、身長190cmはあろうかという20代半ばくらいの大男。無口かつ真顔を保ち、この状況にも全く動じていないようにみえる。山の如し。
「あの…なぜ、この中に犯人がいると?犯人はもう逃げたのでは?」
おずおずと、管理人――
「理由は、この天候です。私たちや警察が動けないほどのこの猛吹雪は、昨日14時前から続いている。それ以降に山荘から脱出することは自殺行為です…また仮に、犯人が死を覚悟で夜中に脱出したなら、吹き込んだ雪や風で室内が荒れていないとおかしい。ゆえに、やはり犯人はこの中にいるのです」
「…そう考えざるを得ないのですね。やっぱり…」
管理人はそう言って体を震わせた。
「さて、外部犯説が消えたところで、次の話に移りましょう。現場には、あからさまな手がかり――『カメラ』という血文字が残されていましたが、これについてどう思われますか?ええと、あなた…」
「
カメラをさげた男――亀田は、いささかムッとした調子で応答した。
「どうって…私を疑っているんですか?そんなもの、被害者が書いたかどうか、私のことを指したメッセージかどうかもわからないじゃないですか。犯人が書いたものかもしれない」
「ええまあ、おっしゃるとおりです。私も、これだけで亀田さんを怪しむつもりはありませんが…」
探偵がそう言いかけたところで、メモをとっていた20歳くらいの女性が顔を上げ、会話に割って入ってくる。
「逆に、亀田さんが犯人で、自分に疑いのかかるようなメッセージをあえて残したというパターンもあるのでは?」
亀田はさらにムッとし、反論する。
「逆にってなんです、あなたも私を疑うんですか?そんなことを言うなら、あなただって昨夜、隣の部屋でガタガタ音を立てて、何かやってましたよね。怪しいです。殺人の準備や後始末でもしてたんじゃないですか?」
亀田から反撃を受けた女性はしかし、すました顔で答えた。
「ああ、うるさかったなら申し訳ないです。あれはですね、私のルーティンのようなもので、空手や酔拳やカポエラっぽい構え(オリジナル)をとったりしつつ、部屋中を練り歩きながら、小説のネタをひねり出していたのです。決して怪しくなどない」
「いや怪しいというか不可解!何やってんですか本当に!」
「あなた、小説を書かれるのですか?」探偵が興味を示す。
「実は私、女子大生でありながら小説家の端くれでもありまして。先日、『地獄に
「うん、もうその辺でいいです…聞けば聞くほどよくわからない情報がでてきましたが、まあ、わかりました」
亀田は勢いに負けた形で、女子大生小説家――大紬への追及をやめ、今度は別方向に狙いを定めた。
「彼女も犯人でないとすると、あと怪しいのはあなたじゃないですか?…ずっと黙っている、そちらの長身の方」
話を振られた大男は、遠い目をして何事か考えていたようであったが、亀田のほうへ視線を向け、大儀そうに口を開いた。
「ああ、はい…私ですか?…すいません、何の話でしたか」
「今、あなたが殺人犯ではないかと疑われ始めたところですよ」
探偵が簡潔に説明する。
「はあ…私は昨夜、部屋でずっと筋トレをしていました。誰かと一緒だったわけではないので、アリバイはありませんが…殺人はしていません」
「筋トレ、お好きなのですか?道理で良い筋肉をされていると思ってたんですよ。もしかして、職業はプロ格闘家だったり?」大紬が妙なところに食いついた。
「いえ、私は…探偵です。名は、
「探偵!?あなたも探偵だったんですか!?なんで今まで黙ってたんです?」
亀田が当然の疑問を口にする。深堀探偵も、もう一人の探偵の出現に少なからず驚いたようであった。
「いや、業界で有名な深堀探偵がこの場を仕切られていたので…わざわざ私が出しゃばることはないと思い、静観していたのですが…」
もう一人の探偵――波和は、存在感のある低温ボイスで続ける。
「しかし、まずいですね…このままだと犯人を特定するのには時間がかかります。緊張状態が続いて疲弊し、隙を見せたところで第二の殺人も起こりかねない…なので」
波和探偵は4人を見わたし、意を決したように宣言した。
「今から皆さんに、ラリアットをくらわせます」
「なんで!?」
亀田が本日何度目かの驚愕の声を発した。この山荘にはヤバい奴しかいないのか、という思いでちょっとくじけそうになっていた。
その言葉に対し、波和探偵が親切に説明する。
「安心してください。私の48の探偵技の一つ『探偵ラリアット零式』は…犯人以外の方がくらってもノーダメージです。しかし犯人がくらうと首の長さが2倍に伸びる…すなわち、容疑者全員にくらわせれば犯人がわかるのです。ではまず管理人さんからいきます」
「ええ、私!?」これには管理人も動揺した。
波和探偵はおもむろに立ち上がると、肩を回して準備運動をしながら、管理人に向かって歩を進めようとする。そこに、一人の人物が立ちはだかった。
「…どいてください」
「どきません…波和探偵のおっしゃることはさっぱり意味がわかりませんし、同じ探偵として、このような狼藉は見過ごせない」
波和探偵をにらみつけ、仁王立ちする深堀探偵。ここに、探偵同士の力比べ(物理)が始まろうとしていた…が、それはすぐに終わった。深堀は波和の腰めがけて果敢にタックルを繰り出したのだが、波和は全く動じず、あろうことか、そのまま深堀をズルズルとひきずりながら前進を続けたのである。
「止まってください!」続いて亀田もタックルを繰り出すが以下同文。
大紬は空手っぽいポーズで威嚇をしたが、波和はそれを見ていない。
もはや止められる者のない暴走探偵・波和は、後ずさる管理人をとうとう部屋の隅へと追い詰めてしまった。容赦のないラリアットが今にも管理人を襲うかと思われた、そのとき。
「私がやりましたああああああ!」
部屋に響きわたる絶叫。自らの犯行を認め、騒動に終止符を打ったその声の主は、ほかならぬ管理人であった。
その後、自供により証拠品が発見され、管理人はたしかに犯人であることが確認された。夕方には天候が回復し、到着した警察により管理人は連行された。
去り際、管理人は一瞬立ち止まり、波和探偵にこう語りかけたという。
「波和さんは、本当は全て――ダイイングメッセージの意味も、死亡時刻誤認トリックも、第二の殺人の計画も――お見通しで、あんなお芝居をしたのでしょう。まさか『探偵ラリアット零式』などと、本気で言い出すわけがありませんものね」
波和は何も答えなかった。口を真一文字に結び、何を考えているのかわからない例の真顔で、去っていく管理人と夕日を見つめていたのであった。
パワー探偵は謎を解かない カニカマもどき @wasabi014
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