―――直線と曲線は結局のところ目的地は同じということ―――

「智美もついにここまできたか」桧木愛子は蛇原智美の晴れ着姿をみてしみじみと言う。

「愛ちゃん、その言い方爺臭いかも」蛇原智美は首元の毛先を触りながら口角を上げる。

 肩甲骨の下あたりまであった髪をバッサリと切って1年。少しずつ伸びてきてはいるもののまだ毛先には当時脱色していた名残がある。

「それを言うなら婆臭いでしょ?」桧木愛子が照れくさそうに笑う。「それにほら、うちの人のせいで智美にはいっぱい迷惑かけたでしょ? だからなんかこう、安心したっていうか…… ね?」

「うちの人かぁ。愛ちゃんも奥さんなんだね」

「何言ってるのよ。智美だってこれからそうなるじゃないの」桧木愛子が眉間に皺を寄せるのを見て蛇原智美はどこかうれしくなる。こうしている時の彼女が実は喜んでいることを最近知ったからだ。

「私本当に感謝してるんだよ?」蛇原智美が昔を思い出しているか、前を向いていた目が左上にあるシャンデリアに向かっていた。「だってもしあぁなってなければ私は今幸せにはなってなかった。あの日春さんが私を助けるようなこともなかった」

「その話、いまだに信じられないんだけど? 私達が着いた時にはもう全部終わってたし」

「本当だってば、春さんあんな細い体で弱そうなのに、実はめちゃくちゃ強いんだから。私のもとに駆けつけると敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げ」

「智美、それもう人間じゃないよ」桧木愛子は優雅な服を期ながら、まるでドジョウ掬いのように体を動かして過去の話を実況する蛇原智美がおかしかったのか、自分の心にあるとげを何とも思わずに抜くことが出来る彼女へのうれしさか、目尻に水分がたまっていく。

「でも、本当に不思議だよね」衣装の最終チェックのため、自分のしっぽを追いかける子犬のようにくるくると回りながら蛇原智美が言う。

「何が?」

「まるで初めからこうなることが決まってたみたいじゃない? あんなにいろんなことがあったのに、私たちはこうして幸せになってる」

「いいことじゃない?」

「でも本当にいろいろあったじゃん。愛ちゃんが毎日のように彼の車に乗って何もなかった時はどうなるかと思ったもん」

「あの時助手席のシートに隠してた指輪を私が見つけなかったらどうするつもりだったのかな?」昔の夫、いや昔は夫ではなかったのだが、夫になる前の彼を思い出して、付き合っていた自分を思わず賞賛してやりたくなる。

「でも見つけた。やっぱりはじめからこうなるように決まってたんだよ」

「そうかもね」

「そうそう、いまさら地球は逆回転しないし、愛ちゃんが飲んでたお酒は帰ってこない。私がついた嘘はなくならないし、愛ちゃんの単位も戻ってこない」

「智美が襲われたことだってなくならない」桧木愛子が意地悪な笑みを浮かべて言う。

「愛ちゃんが彼の車で過ごした数日間も帰ってこない」お返しばかりに蛇原智美が言う。

 二人は顔を見合わせて小さく笑い声を上げる。

「それでも明日はやってくるし、そうしているうちに私たちは幸せになる。初めからそうなるように決まってたんだよ」


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