―――弱者は強者を乗せて山を登る―――
夜も遅く、昔の人なら草木も眠ると表すほどの深夜、山と呼ぶには少し低すぎる山の坂道をひぃひぃと苦しさからくるうめき声をあげながら老人のように登る車がいた。そこには3人の人が乗っていた。
細いカーブを曲がるたびに大げさに揺れるおんぼろの軽自動車はまるで持ち主である自分のようだと桧木廉太郎は思った。いくらしっかりとハンドルを握ったとしても、全体重をブレーキに乗せていたとしても外からの力に耐え切れず、右へ左へと自分を傷つけながら大きく揺れる。
「おいおい、大丈夫かよ。このオンボロ車」助手席では口にする言葉とは裏腹に興奮した面持ちで笑っている甲本剛志が乱暴にドアを殴る。
「大丈夫だと思うよ。車検だってちゃんと通してるし」
「そういうことじゃねぇよ! お前はほんとわかってねぇな。」甲本剛志は運転する桧木廉太郎の肩を小突いてしみじみと言った。
しばらく二人の間には会話がなく、再び車の苦しそうなうめき声だけが山に鳴り響いた。
「あ、あのさ」必死にひねり出したような声を桧木廉太郎が出す。
「あ?」
「いや、この後どうするのかなぁと思って、これ以上車を走らせても何もないよ?」
「うるせぇな。いいから頂上まで行けよ」
有無を言わせない甲本剛志の態度にいつものように萎縮した桧木廉太郎は震える声で言う。
「でも、あの人はどうするのさ?」ちらりとバックミラーから後部座席に横たわっている髪の長い女性を見る。いや、正確には髪の長い男性なのかもしれないし、そもそも人間であるかどうかすらわからない。
数時間前、数年ぶりの甲本剛志からの電話を取ってしまった桧木廉太郎は目の前にいた交際中の女性を置いて車を走らせた。自分が間違っているということを知った上だが、小学校のころから長年にわたり甲本剛志から植えつけられた恐怖というものはそう言った常識を押さえつけるには十分すぎるほどの力を持っていた。
甲本剛志の指示道理に車を走らせると、そこには甲本剛志だけでなく、大人の人間ほどの大きさの何かが甲本剛志に担がれていた。なにも言わずに後部座席にそれを乗せた甲本剛志の指示に従いながら再び車を走らせる桧木廉太郎が後部座席に乗せられたのは人間で間違いないと気づくのにはそうそう時間はかからなかった。しかし、それを口にするのに相当な時間を要したのだ。
甲本剛志はいつも通りの鋭い目つきで桧木廉太郎を睨みつける。そして一瞬ふっと顔から力を抜くと急にいつもの顔に戻る。にやつくという表現がぴったりのその顔は昔から甲本剛志が他人を傷つける時に見せる表情だった。そしてその表情を見たとき、少なくとも良い状況になったことなど一度もないことを桧木廉太郎は思い出していた。
「聞きてぇか?」桧木廉太郎はまるでスイッチが入ったかのように首を左右に振った。
ちっと甲本剛志の舌打ちが聞こえる。その後、車を止めさせた甲本剛志は何もない山道で車を降りると携帯電話を取り出して何やら電話をかけ始めた。
桧木廉太郎はこっそりと自分のパンツのポケットから携帯電話を取り出して開く。そこには何十件もの彼女からの電話とメールの着信が知らされていた。一瞬、心臓が跳ね上がるような緊張感に襲われるが、自分の行いを振り返り、こうなるのも当然かもしれないと、半ばあきらめる気持ちでメールを一つ開いた。
「清水の舞台から飛び降りてみろよ!」
おおよそ女性からのメールとは思えなかった。それでも桧木廉太郎の彼女はそんなよくわからない例えをする女性だったから、鈴木廉太郎にはそのセリフを怒鳴り散らすでもなく、淡々とでもなく、ただ丁寧に子供に伝えるように自分に語りかける彼女の姿が容易に想像することが出来た。
俺はいつになったら勇気なんてものを持てるようになるのだろうか? 鈴木廉太郎は複雑な感情が自分の中でグツグツと沸き起こり、すぐに平常に戻るのを感じた。
僕には無理かもしれない。
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