一章 月と海 第七話 届かない手


渚に手を引かれていた克己は、力が抜けた事を感じて手を振りほどいて、麻美の方に向かう。

克己は警察官たちに囲まれている麻美の方へ少し近付いて、話しかける。


「麻美……待ってて!連絡するから」

「うん……わかった……」


克己の言葉を素直に聞き入れたのか麻美は冷静さを取り戻して、抵抗する事なく警察官たちに付き添われて現場をあとにする。


「な……ぜ?何故私じゃなくてあの人なの……?せっかく勇気出して手を引いたのに。意味無かったじゃないの……」

先ほどまで手を引いていた渚がこの一連の流れを思い出し、呆然としたまま動けなくなる。


すぐ近くに克己がいる。手を伸ばせば克己に届く距離なのに、すごく遠い。凄く遠かった。


「何故?何故私じゃダメなの……?」

あの真っ暗な宇宙空間に浮かぶ私自身が思い出される。


「嫌だよ……私、もうあんな所にいたくない」

声が届かない闇の空間。あの時は聞こえてきたんだけど、その克己が目の前に居るのに遠い。なぜこんなにも遠いの⁉どうして?あの時の言葉は嘘だったの?


「ねぇ……何とか言ってよ……私の声聞こえたんでしょう?私に逢いたいんじゃなかったの?」

渚は克己の後ろ姿を見つめて、何度も手を伸ばそうとする。でもその度に「届かないんじゃないか?」という思いが頭をよぎってきて引っ込めてしまう。


「愛なんて嘘でしょう?そんなもの最初から存在しないんでしょう?」

そう言って聞かせる事で強がってみる。そうでもしないと、ほんとに押しつぶされちゃう。

それでもこの気持ちをどうにかしたくて、再三手を伸ばそうとする、

あと20センチ、10センチ5センチと……距離が近付くにつれて、重圧が大きくなってくる。


あともう一押し!もう少し身体を傾ければ、さっきみたいに手を掴めるんだ……

そう言って聞かせた所へ、克己が渚の方に向き直る。


(渚……)

(克己……)

(……)

(……)

(渚……ごめんっ!俺は今、どうする事も出来ない)

(えっ⁉)

互いに無言だったのだが……「考えが繋がる」という感覚がうまれる。でも、克己は渚ではなく麻美の方へ向く事となる。


そのまま克己は目を伏せて渚をあとにするように走り去っていく。


「あ……克己……克己………………」

渚の目から大粒の涙がじわりと滲み出て、そのまま泣き崩れていく……


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