一章 月と海 第三話 克己 Katsumi

「ふぁぁぁぁああああああ……ねみぃや……」

男は大きな月の見える月灯かりの中、毎朝ロードワークで利用している河原の堤防の芝の上で寝そべっている。


この男の名を「克己」と言う。

克己はふと、河原の堤防で寝転がりたくなったのだ。

特に手を伸ばせば届きそうになるほど、まん丸で大きい月が目の前にある。


「俺がその月の向こうに行けたらいいのにな……」


克己は気持ちよく吹く心地よい風の吹く芝の上で、意識を手放すのにそれほど時間を要しなかった。


……

……



「克己!」

(……?)

寝そべっている克己の脳内?に響く声がある。


「克己……」

(……また……?)

今度は意識を傾けてみる。確かに克己の脳内に響く声がある。どうやら幻聴ではないようだ。


「俺を呼ぶのは誰だ??」

「克己!克己……」


「……たすけて……私の声が聞こえるのなら……」

「誰だ……誰なんだ……?」

「私はなぎさ。あたしにもわからないの……。この声が届く人を探していたの……」

「……美和……じゃないのか?」

「ごめん……ね。でも、私の声が届くあなたなら……」

「……」



「逢いたい……逢いたいよ……」


俺に逢いたい!?逢いたいと言っているよね?この声は……

「き……君はいったい……?」

「お願い……名前教えて……」

「俺の名前は……克己」

「克己……ね。ありがとう。どこかで会えるのかな?でもあまり遅くならないで……」

「どういう事なんだ??」


「……私の胸の中には……ううん……なんでもないの……」




急に克己の周りを大量の桜吹雪が、夜の芝の上で吹き荒れる。

急な展開の話に驚きを隠せなかった克己は思考が止まり、これまでの美和との出来事が儚くも桜の花びらのように散っていったのを感じたのだった。


「渚……。 どんな人だろう?でも、なんだか昔から知っている人のような気がする……」

脳内に響く声からは顔は見えない。でも、雰囲気。それから渚の魂が見える気がしている。

美和を愛したい、愛しよう!って言う気持ちが……消えてゆく。

美和……は俺が一生をかけて愛する人ではなかったんだ……

これから俺はどうなるんだ?今はまだ、何もわからない……


渚……?いつの日か出会う事があったら。その時はどんな関係なんだろう?これはどうしても聞きたい。

もしかしたら、知りたいようで知りたくない話かもしれない。そんな複雑な気持ちが克己の心の中を駆け巡る。


「俺は……美和との付き合いで、何かを間違えたんだろう……か?」

「でも、渚に呼ばれているのは理解出来た。それなら、渚を探そうじゃないか?」


渚!キミを探しに行くよ!

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