一章 月と海 第二話 渚 Nagisa

「……」


「……」

目覚めた私は目をこすって、あたりをきょろきょろと見回す。


「ここは……どこ……?」

わたしは冷たく、真っ暗な闇の宙空間で浮かんでいる。



真っ暗な空なのだろう……か?



それとも宇宙空間……?



でも変だ。呼吸が出来る。でも、何故浮かんでいられる……?



私自身の身体に視線をやると……何も身に纏っていなかった。


「あれ……? 服……は?」

私の声に反応するものは無く、ただただ孤独である事に気付く。


「そっか……わたし独りなんだ……」

ふいに胸にぽっかり穴が開いた気持ちになって、同時に服を着ていない恥ずかしさは消え去っていく。


急に左目から一筋の涙が流れ始めて、心細さでいっぱいになったなぎさはうずくまる。腕で両膝を抱え込むように……体育座りになって静かに瞼を閉じていく。


「わたし……わたしは一人なの……? 教えて……誰でもいい……私の声が聞こえるのなら……どうか、答えてちょうだい……」

寂しさで埋め尽くされた願いが私自身の胸から瞼の方にこみ上げられて、大量の涙を流し始める。


「寂しい……寂しいよ……」


「誰かいないの‥…? 誰も居ないの……?」


「……」


「……」

目を閉じた渚の瞼の裏から脳内へと、何かが浮かんで見えてくる。

そこには、地面に横たわって灼熱の炎に焼かれる人物の姿があった。


「ああ‥…アツシ……アツシ……わたし、一体何だったのかな……?」


「えっ……これには見覚えが……あ……る?」

この炎に包まれてる人が、私の前世だったのだろうか?

急に見えた映像ビジョンに驚きを隠せず、渚は悲しむ暇もなく興味をおぼえていく。


それにしても「アツシ」って誰だろう??


「アツシ……アツシ……」

何故か懐かしい名前。それから涙が出てくる。

アツシは、私にとってどんな存在だったんだろう?


「ねぇ?アツシって誰なの……?」

胸の前で指を組んだ渚は、自身の魂に呼びかける。


「アツシ!アツシ!どうか、教えてください。アツシは私にとって、どんな存在だったの??


……

……


「渚……渚!」

数分の沈黙から覚めるように、渚を呼ぶ声が脳内に響く。


「あなたはアツシなの!?」

渚は真っ暗な空間で立ち上がって、アツシの名前を叫ぶ。


「渚……俺はアツシであって、アツシではないんだ」

「それは……どういう……?」

「渚も見たであろう、あの炎に焼かれる自分自身を。アツシも同様に焼かれて居なくなってしまったんだ」

「えっ……」

渚はショッキングな答えを聞かされて、たびたび涙腺が崩壊する。


「そんな!!アツシ!会えると思ったのに!アツシ……」

「……」

「そんな……何とか言ってよ……」

「渚……話は終わっていないんだ。大丈夫」

「えっ??」

予想外の答えが返ってきて、渚は顔を見上げて問いかける。


「アツシはね。居なくなってしまったけれど、その魂は今も生きているんだ。渚と同じように、新しい名前と身体をもって生まれ変わっているんだよ」

「えっ……!」


「……」


「……」

色んな思いが一気に噴出して、渚は涙をこらえきれなくなる。

その相手がきっと、何処かに居るんだ!!また会えるかもしれない!!わたし……逢いたい!!


「お願い……その新しい身体になった人の名前を……教えて……!」


「俺の新しい名前は……克己かつみ

「どこに行けば会えるの!?」

「克己!と呼びかけてごらん……」

「克己……」


「克己!克己!克己ーーーーーっ!!!!」


……

……


「克己!」

「……?」

遠く離れた克己の脳内?に響く声がある。


「克己……」

「……また……?」

遠く離れた克己の脳内に響く声がある。どうやら幻聴ではないようだ。


「俺を呼ぶのは誰だ??」

「克己!克己……」


「……たすけて……私の声が聞こえるのなら……」

「誰だ……誰なんだ……?」

「私はなぎさ。あたしにもわからないの……。この声が届く人を探していたの……」

「……美和……じゃないのか?」

「ごめん……ね。でも、私の声が届くあなたなら……」

「……」



「逢いたい……逢いたいよ……」



「き……君はいったい……?」

「お願い……名前教えて……」

「俺の名前は……克己」

「克己……ね。ありがとう。どこかで会えるのかな?でもあまり遅くならないで……」

「どういう事なんだ??」


「……私の胸の中には……ううん……なんでもないの……」




急に渚の周りを大量の桜吹雪が真っ暗な空間の中、吹き荒れる。

急な展開の話に驚きを隠せなかった渚は思考が止まり、力を使い果たしたのか空間の中で横たわる。


これまでの渚として生きてきた出来事が儚くも、桜の花びらのように散っていったのを感じたのだった。


「克己……。 どんな人だろう?なんだか昔から知っている人のような気がする……」


脳内に響く声からは顔は見えない。でも、雰囲気。それから克己の魂が見える気がしている。

それから吹き荒れた桜の甘い芳香が、渚の鼻腔を刺激したまま記憶に残り続ける。

克己……。 どこにいるんだろう??


でも途中で気になる名前を読んでいた。「美和!」と……


克己と美和の関係。知りたいようで知りたくないかもしれない。そんな複雑な気持ちが渚の心の中を駆け巡る。



「わたしは……この先、克己に会えるのだろう……か?」


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