8話 夜デート(前編)
やっと六限目の講義が終わった。只今の時刻、夜の八時半。小学生(低学年)なら今頃、お布団の中だ。
大学前のバス停。待っている人はほとんどいない。今晩も楽に乗れそうだ。
「——ドン‼」
「ぬわっ‼」
背中に強い衝撃。誰かに体当たりされた感覚。その誰かは大体予想がつくのだが。
「どうしたの? モネさん」
「テヘへ。バレちゃった。すご~い」
「声でバレバレだし、学内でこういう事してくる人は貴方しかいません」
「友達はいないの?」
「残念ながらノー!」
「へぇ、意外」
「今、ちょっとバカにした?」
「してない、してない‼」
夜が耽り、視界に映るものはほとんど暗闇。しかし、モネさんの天使の笑顔だけは鮮明に映る。それだけ彼女に華があるということだろう。
「モネさんも夜遅くまで講義あったんだね」
「本当なら早く帰りたんだけど急遽、哲学の補講が入っちゃったんだ。こんな遅い時間に補講って鬼畜の極みよ」
「確かに。しかも哲学とかキツいね」
「そうそう。ただでさえ、日中でも眠くなる講義なのに六限目に入れてくるとかマジ有り得ないんですけど。プンプン」
「アハハ……」
モネさんは一日に溜まったストレスを発散する。怒ったり、笑ったりと表情がコロコロ変わって、子どものようだ。ホント、癒されるわ。
「——優クン!」
「何、急に改まって?」
楽しく会話を続けていると突然、俺の方に向き直り真剣な眼差しを向けてくるモネさん。不覚にもその眼差しにドキッとしてしまう。
「このまま家に直行?」
「う~ん。コンビニで飯買って帰るかな」
「晩御飯は用意されてないの?」
「多分、用意されてない」
今朝、妹を怒らせたからな
「「——」」
暫く向き合ったまま沈黙。モネさんは視線を逸らし、一度深呼吸。意を決した表情で視線を戻し、口を開く。
「もし、良かったら、私と、ご飯、食べ、ません、か……?」
たどたどしい誘い方。体をモジモジさせ、瞳を揺らす。頬が少し赤らみ、声が萎む。
「いい、ですよ」
モネさんの緊張感が伝わってきて、他人行儀な返事になってしまった。小っ恥ずかしくて彼女の顔が上手く見れない。俺も体モジモジさせる。男として情けない。
傍から見たら、初々しいカップル。ご飯を一緒に食べるごときに、動揺するなんて中学生の恋愛かな。
「あ、あああ、バス、バスだ。バスが到着したよ(棒読み)」
「そ、そうだね。早く乗ろう(棒読み)」
ナイスタイミングでバスが停車。乗車口が開くと同時に二人は慌てて車内へ駆け込む。先にバスに乗っていたサラリーマンに奇怪な目で見られた。決して怪しい人じゃないので、安心してください!
「「うぅ……」」
いつもの定位置に座った俺たち。二人とも、小さく唸ったまま硬直状態。所在なさげに指先だけが動く。
「「あ、あの!」」
二人の声がちょうど被さる。お互いまた顔を赤らめ、視線を逸らす。
どうした、急に。どこからおかしくなった。ついさっきまで普通に話せていたよな。そもそも空気をおかしくさせたのは俺ではなく、モネさんだ。ご飯を誘うなんてチャラい彼氏がいる彼女にとって朝飯前のはず。顔を赤らめる理由が分からない。調子が狂う。
「——どこで食べる?」
「えっと……」
このあたりに土地勘がない俺に聞かれても分からない。むしろ、こっちから聞きたいぐらい。
「なんか、条件とかある?」
「条件——?」
「この食べ物はNGとか、こういう料理が食べたいなとか」
「安ければなんでもオーケー」
「じゃ、じゃあ、私がイチオシのお店紹介するね」
「う、うん……」
モネさんのオススメか——。きっと、イマドキの女子が足繫く通うスイーツ店なんだろう。ピンクか茶色を基調とした店内。どれもこれもインスタ映えするようなメニューばかり。味は非常に甘くて美味しい。だが、もう一度行きたいかと問われたら、反応に困るヤツ。男一人で行くには勇気がいる。
「ちなみにどんな感じ店?」
俺は気になって、モネさんに質問した。
「中華料理だよ」
「中華——⁉」
ギャルを装うモネさんのイメージとはかけ離れたジャンルに衝撃を受ける。
「しかもその中華料理屋は穴場中の穴場。外装は塗装が剝げてボロボロ。わりと店内も汚いから覚悟した方いいと思う」
「そうなんだ」
ガッツリ男っぽいお店で安心した。そういう汚い店程、味が熟成されていて美味い。かなり期待できそうだ。
「でも、ちゃんと店開いてるかな。あそこの店主、御年八十歳のおじいちゃんだからよく救急車に運ばれてるんだよね」
「え、大丈夫⁉」
「今は仕事しながら闘病中だって」
「もう、辞めなよ」
仕事するより年金生活の幸せじゃないのか。
「おじいちゃんは根っからの仕事人みたいで、店は閉じたくないらしい」
「へぇ~」
永遠に体を動かしておかないとしんどくなるマグロタイプの人間か。常人には理解できない人種。学生で無駄にバイトをたくさん掛け持ちして、仕事の快感を味わっているヤツと同じ匂いがする。
「オススメのメニューは?」
「特製のコショウをまぶした手羽先かな」
「まさかの中華じゃない……」
そこはチャーハンとか小籠包とか餃子でしょ。もしかして、中華料理屋を騙るただの食堂だったりして。店主が八十歳のおじいちゃんなら充分に有り得る。歳がいけばいくほど、一つのものに縛られなくなるのがご老人の特徴だ(偏見)。俺が昔、よく通っていた地元の駄菓子屋はお菓子以外にも揚げ物やミニ四駆、焼酎にワインと異物たちが店頭に並んでいた。店主は九十歳を超えたおばあちゃんだった。
「他にもオススメのメニューはいっぱいあるよ。唐揚げに、ミートスパゲッティに、オムライスに、ハンバーガーに——」
「それ全部中華じゃない……」
たとえ中華じゃなくても味が美味しければ問題はない。
「駅チカだから汗臭いサラリーマンだらけ」
「汗臭いは余計だぞ」
日本を支えている人達をバカにしてはいけない。
『——お次は△△駅前、△△駅前。終点です』
「久しぶりに彼氏以外の人とご飯が食べれて嬉しいな」
「彼氏さん怒らない? 俺、男だし」
「バレなければ問題ナシ。別に気にしなくていいよ」
「そ、そうかな……」
バスは駅前に到着。普段ならモネさんが一目散にバスを降りる場面だが、今日は当然そんなことはしない。俺と一緒にバスを降りる。
「私についてきて——」
毎朝バスで一緒になるギャル、やたらと距離感が近いと思ったら死んでいたはずの俺の元カノだった 石油王 @ryohei0801
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