小河原が初めの質問に答えたとたんに会場が騒がしくなる。奥の方では記者が必死にどこかに電話をかけている。

 早くも水分を失った喉を休ませるために一呼吸置いて、再び震わせる。

 再び運転席の男が視界に入る。彼は退屈そうに壁に背中を預けている割に真剣な目でこちらを見ている。カメラの奥には今朝ベンチで会った少年がいる気がした。

 勇気を伝染させろ! 善意を伝染させろ!

 他でもない自分の声が脳内に響く。

「はっきりと申し上げましょう。先日、橋本議員が金銭的支援を受けていたという件ですが、それは真実であります」

 これまでにない以上会議室が揺れる。激しいフラッシュの波にのまれて小河原は別の世界に飛んでいくような気分になる、まるでライブ会場の中にいるようだと、小河原は行ったこともないライブハウスを想像する。会場にいる全員が同じ方向を見て、ステージの上にいる人間の合図に合わせてどこか別の世界にっ向けての発進をするように意識を飛ばす。今まさに自分がいるのはそれじゃないだろうか。

「それは橋本議員と建設会社の間で成されたこととらえてもよろしいのでしょうか」記者もこんなに国の仕事に属する人間が簡単に自分たち側の非を認めるとは思ってもみなかったのか、慎重に質問を重ねてくる。

 何度も聞くなよ。と今盛り上がっているじゃないかと小河原は思わず眉を寄せる。

「そうです。橋本議員とわが市にある建設会社の間に金銭的やり取りがあったことが確認できています。しかし、これは本人達ではなく、第三者である私の証言に過ぎません」記者たちの残念そうな気持が伝わってくる。「きっとこの真実は多くの人間の思惑によって形を変えてしまうこともあるでしょう。しかしみなさん、勇気を出してください。その眼で正しいものを見て下さい。善意を失わないでください。そうすれば……」

 ふと自分が立ち上がっていることに気が付く。血走った目でこちらを見ていた記者たちは豆鉄砲を食らったような顔でこちらを見ている。つい盛り上がりすぎたと思うが、どうせならと、手前にあったマイクを一つ手に取る。

「私のような正直者のいい市長になれる」一瞬の静寂の後、数名の記者が外に走り出ていった。こうして今日帰る頃には、世間に様々な情報が流れるだろうと小河原は思案する。

多くの記者が立ち上がり、ふざけるな! と怒りの声を上げる者もいれば、まるで子供の発表を聞いた後の親のように拍手をする記者もいる。怒号とフラッシュ、少しの拍手で騒然とした中で静かに礼をする。

小河原が頭を上げた瞬間、視界の端に走り出す運転席の男と、グレーの細い影が静かにゆれているのが見える。ふらりふらりとゆれるその影の腰あたりの高さにはきらりと光る悪意が見えた。

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