文
夏彦は驚いていた。
担任の先生が遅刻してきたことをそれほど怒らなかったこともその要因の一つではあったが、何よりその先生に昼過ぎにテレビに出るシチョウなる人物を観たいと言ったところ、最初は当然渋っていたものの、時間が過ぎて給食の時間が来ると、あっさりとそれが認められ、給食の時間にテレビ鑑賞などという状況になってしまったからだ。
当然クラスメイト達はテレビ画面に夢中になっている。しかし、それもほんの数分に過ぎず、小さな機械の箱から流れてくる映像に移るのは老人と言うには少し早い大柄な男と、その男に向けられた大量のマイクだけであったからか、すぐに興味を失ってしまった。
「先生、なんでこんなつまらない番組見るんですか?」クラスの中でも地味ではありながらはっきりとした物言いをする女子生徒が手を挙げて教師に聞く。
夏彦は余計なことをするな。と思いながらも口には出来ない。それこそ余計なことだからだ。
「みんな、あそこに映っている人が誰だか知ってる?」教師は給食のコッペパンをちぎりながらクラスに聞く。誰も答えない。今は授業中ではないから答える義務はないのだが、たとえ授業中でも夏彦を初めクラスメイトにこたえられる気はしなかった。教師は自慢げでもなく、かといってただの説明ではないように話を始める。
「あの人は市長さんと言って、みんながこの住む町で一番偉い人です。今日は木島くんと悠馬くん、それに夏彦くんが勉強のために市長さんのお話を聞きたいって言ったから。本当は駄目なんだけど、先生も勉強のためならテレビつけちゃうんだからね」
夏彦は木島の方を見る。木島は気まずそうに視線をそらして牛乳瓶に口をつける。
再びテレビに視線を戻すと、ちょうどシチョウが話し始めた頃だった。
「今日、ここに集まっていただいたのは、先日より皆さまの中で噂としてあったことに対して正式なコメントを残すべきだと考えてのことです」
「それは先日市内の建設会社と橋本議員の間にあったとされる汚職疑惑についてのことととらえてもよろしいでしょうか?」後頭部の半分が見えている記者が、少し馬鹿にしたように質問を飛ばす。夏彦はここからだ。と心の中でシチョウさんを励ます。
市長は深くうなずくとまっすぐとこちらを見る。まるで自分を見つめられたような緊張感が夏彦の視線をとらえて離さなかった。
「そうです。私が今から皆さまにお話することが真実であり唯一無二の現実です」
ゴクリ、と夏彦はつばを飲み込んだ。
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