何年も前に白く塗り直しを行った市役所が今日は一段と白く見えた。そこに純白や明るさから来るような良いイメージはなく、どちらかと言えばその白さで押しつぶしてきそうな恐ろしさを小河原は感じていた。

「先生、どこに行っていたんですか?」入り口には佐藤が待っており、今にも小言が始まりそうな雰囲気を感じ取って、逃げるように早足になる。

「準備は?」

「もうとっくに出来てます。早くしてください」

 佐藤に連れられて会議室に向けて歩き出す。堅い革靴の音が廊下に響いて、心臓を震わせた。

 視線を前に戻すと佐藤の背中が見える。灰色のスーツを着た細身の男にはいつものような怯えが少ないように感じた。どちらかと言えば怯えとは別の緊張が彼を覆っているように小河原は感じた。

 やがて会議室の前にたどり着く。

 ドア越しにもわかる。部屋のはがやがやと騒がしく、カメラやマイクの調整をする記者たちの声であふれている。

「先生、いいですか? 余計なことは言わないこと。先生が話すべきことはここにすべて書いてあります」佐藤が一枚の用紙を渡した。

「なんだこれは? こんなものなくても俺は話せる」小河原は佐藤から渡された用紙にある文章が気に食わなかった。

「先生。いい加減わかって下さい。私たちがこの世界で生き残っていくにはこれしかないんです」佐藤は小河原の前に立ちはだかる。両手を広げて少しでも自分を大きく見せようとしている。

「私たち? 私の間違いではないのか?」小河原は佐藤を押しのける。「もう覚悟を決めたんだ」

「どうして?」佐藤の声が怒りに震えている。

「市民から勇気を貰っちまったからなぁ」小河原は会議室のドアを開く。

 室内のカメラのレンズが一斉にこちらを向き、無遠慮なフラッシュが繰り返される。

 ゆっくり、一歩一歩確実に中央に設置された縁台へ近づく。ちらりと視界の端にいつも運転席に座っていたあの男がいるのが見える。良かった。来てくれたのかと胸をなでおろす。

 縁台に立つ。それを皮切りに再びフラッシュが激しくたかれる。

「みなさん。今日はお忙しい中お集まりいただき誠にありがとうございます」

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