【第2話】

「【激昂】退けえ!!」



 ユーバ・アハトの絶叫が空中回廊に響き渡る。


 彼の展開した重機関砲が火を噴き、ユーバ・アインスに強襲する。

 幾重にもなってばら撒かれる銃弾が純白の盾を叩くが、ユーバ・アインスは吹っ飛ばされないように堪える。純白の盾がボコボコに凹むたびに自動回復機構が適用されて、まっさらな状態に修復されていった。


 ユーバ・アインスはユーバ・アハトの放つ重機関砲の弾丸を受け止めながら、



「【展開】一方通行アクセラレーション


「ッ」



 ユーバ・アハトが重機関砲の銃撃を中断する。


 しかし、それ以前に放たれた重機関砲の銃弾が純白の盾を叩くと、まるで逆再生されるかのようにユーバ・アハトへ戻っていく。戻っていった銃弾はユーバ・アハトの展開されたままになっている重機関砲の銃口に潜り込んでいくと、内側から小さな爆発を引き起こした。

 誤作動が起きればあの重機関砲もまともに機能しない。攻撃手段を徐々に潰していけば、生意気なユーバシリーズ8号機も何も出来なくなる。


 ユーバ・アハトは舌打ちをして重機関砲の兵装を解除する。



「【展開】旋風ノ陣!!」



 ユーバ・アハトが次に展開したのは、黒光りする大太刀である。その小さな身長ではあまりに不釣り合いな兵装だ。

 どこかで見覚えのある兵装だと思えば、ユーバシリーズ3号機であるユーバ・ドライの白兵戦専用装備ではないか。ユーバ・ドライの戦いまでも真似をするとは度し難い。


 真っ黒な大太刀を振り上げて飛び掛かってくるユーバ・アハトを認識し、ユーバ・アインスは純白の盾を突き出す。



「【苦悶】ぐッ」



 兵装『一方通行アクセラレーション』を展開したままの状態である純白の盾に大太刀が叩きつけられると同時に、ユーバ・アハトの身体が大きく後方に吹き飛ばされる。


 放物線を描いて吹き飛ばされたユーバ・アハトは、空中回廊の廊下に背中から叩きつけられてのたうち回っていた。手から離れた大太刀が廊下の床を滑っていき、空中回廊の壁に開けられた穴から落下していく。

 背中から叩きつけられた衝撃で悶え苦しむユーバ・アハトを真っ直ぐに見据え、ユーバ・アインスは純白の盾から純白の重機関砲を展開した。いくつにも束ねられた銃口が、生意気な末弟に突きつけられる。



「【展開】重機関砲ガトリング



 ユーバ・アインスの重機関砲が火を噴いた。


 連続して夜空に響く銃声。

 無数の銃弾が、ようやく起き上がろうとしていたユーバ・アハトを撃ち抜く。額、眼球、右肩、左脇腹など数えきれないほどの損傷箇所を相手の小さな身体に刻み込んだ。



「【要求】そこを、退けよぉ……!!」


「【拒否】断る」



 蜂の巣状態になったユーバ・アハトを見下ろし、ユーバ・アインスは彼の要求を突っぱねる。


 通す訳がなかった。ユーバ・アインスの背後に伸びる廊下には、相棒のエルドが先に進んでいるのだ。

 改造人間であるエルドに、ユーバ・アハトの相手はまずい。天下最強と名高いユーバシリーズ全機の戦闘データが搭載され、兵装もユーバシリーズオリジナルのものから改悪された最低最悪のレガリアだ。エルドに相手をさせれば、確実に死んでしまう可能性がある。


 相棒をこんな場所で死なせる訳にはいかない。だから、ユーバ・アインスはこの場所を通す訳にはいかないのだ。



「【回答】貴殿はここで撃破する。【疑問】それともまだ当機と戦うか?」


「【激昂】うるさいッ!!」



 自動回復機構によって全快したユーバ・アハトは、今度は黒い砲塔を展開する。


 ユーバ・アインスに搭載された兵装『超電磁砲』だ。

 こんな狭い室内で展開するなど、正気の沙汰ではない。なりふり構っていられないというユーバ・アハトの心境を示しているようだ。


 ユーバ・アインスは徐々に光が収束していくユーバ・アハトの超電磁砲を眺め、



「【展開】歪曲領域エリア



 ユーバ・アインスを中心にして半透明な結界が展開される。


 結界が完全に展開されると、ユーバ・アハトが超電磁砲を撃ってきた。夜の闇を引き裂くように虚空を駆け抜ける白い閃光が、ユーバ・アインスの展開する半透明な結界に触れる。

 ユーバ・アハトが放ってきた超電磁砲は半透明の結界を通過するも、ユーバ・アインスに触れることなくあらぬ方角へ飛んでいってしまった。空中回廊の壁へさらに大きな風穴を開け、天井も穴を開け、空中回廊に冷たい風が吹き込んでくる。


 ユーバ・アハトは「【激怒】ふざけんなよ!!」と叫ぶと、



「【疑問】何で1発も当たらないんだ……何で1発も、アンタに当てることが出来ないんだ!?」


「【回答】当機と貴殿では戦場に於ける稼働年数が違う」



 率直な感想を述べたら、ユーバ・アハトが鋭い眼光で睨みつけてきた。事実の受け入れを拒否するとは自立型魔導兵器『レガリア』ではない。まるで本当の子供のようだ。



「【激昂】そこを退けえええええええええ!!」



 ユーバ・アハトは怒声を上げると、黒光りする重機関砲と超電磁砲の兵装を展開した。兵装の並列展開までやってのけるとは恐れ入る。


 子供が駄々を捏ねるように重機関砲の弾丸を撒き散らし、超電磁砲の閃光が夜の空を駆け抜けていく。だがユーバ・アインスが『歪曲領域』の兵装を展開しているので、重機関砲の銃弾も超電磁砲の閃光も当たらずに軌道が捻じ曲がってあらぬ方角に飛んでいった。

 ユーバ・アインスを撃破してエルドを追いかけたい様子だが、焦燥感に駆られるあまり搭載された人工知能が最適解を導き出していない。兵装の無駄打ちをすればいたずらに魔力を消費するだけである。


 純白の盾を構えたユーバ・アインスは、



「【展開】地雷爆撃ボマー


「ッ、【展開】絶対防御イージス!!」



 ユーバ・アハトが即座に重機関砲と超電磁砲の兵装を引っ込め、黒塗りの盾を構えた。


 それと同時にユーバ・アハトの足元が盛大に爆発する。

 超電磁砲と重機関砲による攻撃を受けた影響で、天井も壁も穴だらけだ。加えて『地底爆撃』による爆破攻撃によって空中回廊は大きく揺れ、真ん中から千切れ飛ぶ。



「ッ」



 足場が大きく傾いている気配を感じ取った。


 ユーバ・アインスは急いで引き返す。

 元より支えるものがほとんどない空中回廊で激しい銃撃戦を展開すれば、足場が傾いていくのは理解していた。その未来を利用してユーバ・アハトの足元を爆破して、空中回廊の真ん中部分から吹き飛ばせば根本から空中回廊は崩壊する。


 ユーバ・アインスのよく使う兵装である『絶対防御』を真似したのはいいだろうが、足元を爆破して無事でいる訳がない。――という慢心が悪いのだ。



「!?」



 背後から銃声。

 ユーバ・アインスの膝関節部分が、背後から飛んできた1発の銃弾に撃ち抜かれる。


 爆破攻撃によって吹き飛ばされた空中回廊の損傷箇所にしがみつき、ユーバ・アハトが黒光りする自動拳銃をユーバ・アインスに向けていた。その銃口から白煙が揺らいでおり、銃撃の犯人をありありと突きつけてくる。



「【疑問】逃げられると思うか?」


「【疑問】何だと……?」



 ユーバ・アハトの言葉に、ユーバ・アインスは聞き返していた。


 傾く空中回廊。

 ギィ、という耳障りな音が聴覚機能を刺激する。ユーバ・アハトが空中回廊の損傷箇所にしがみついているせいで、彼自身の重みが加算されて根本からの崩壊が早まっていた。


 口の端を吊り上げて笑うユーバ・アハトは、



「【回答】リーヴェ帝国がアンタたちの戦闘データや兵装データを改悪して生み出されたのが当機だ。開発者のいなくなったアンタたちには代えはないけど、リーヴェ帝国全体が総力を上げて開発した当機ぼくにはまだ代えはある」



 ユーバ・アハトは、損傷箇所から手を離す。



「――1機だけだと思うなよ」



 小さな子供の身体は、夜の闇に投げ出されて消えた。

 自動回復機構を有していても、高高度から投げ出されて無事に戻ってこれるだろうか。大幅に魔力を消費して、早々に残存魔力ラインに到達しそうだ。


 いいや、それよりも。


 ユーバ・アハトは「1機だけだと思うな」と捨て台詞を吐いた。

 リーヴェ帝国が悪あがきとして開発された、ユーバシリーズ全機の戦闘データと兵装データを搭載して、それらに改悪を施した最悪のレガリア。ユーバシリーズの生みの親ではなく、リーヴェ帝国全体にユーバ・アハトの設計図があるなら量産だって可能だ。


 その言葉を信じるならば、エルドはどうなる――?



「ッ」



 ガクン、と足場が大きく傾く。


 すでに鉄塔を繋ぐ空中回廊は今にも千切れそうになっていた。

 ユーバ・アインスは大股で空中回廊の床を駆け上がり、そして鉄塔へと至る入り口に飛びつく。次の刹那には空中回廊がとうとう限界を迎えて、根本から見事に千切れて夜の闇に瓦礫が落ちていった。


 崩壊した空中回廊を一瞥し、ユーバ・アインスは膝関節部分に視線を落とす。



「【要求】自動回復機構の適用」


 ――【回答】すでに適用済み。問題なく稼働できます。



 ユーバ・アハトに撃ち抜かれた膝関節部分はすでに回復しており、問題なく動かすことが出来た。これならまだ戦える。


 鉄塔内に駆け込んだユーバ・アインスは、先に進んだエルドを追いかける。

 相棒である彼の無事を祈りながら、ひたすらに。

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