【第3話】

 ――侵入者発見、侵入者発見。


 ――警備機構を起動します。



 どこまでも伸びる廊下が、チカチカと真っ赤に明滅する。


 鉄塔の内部に侵入したエルドを迎え撃ったのは、壁や天井から伸びてくる小型の機関銃である。管のようなものに取り付けられた銃火器が火を噴き、無数の弾丸を撃ち込んでくる。

 エルドは右腕の戦闘用外装を広げて盾の代わりにし、飛来してくる銃弾を防いだ。キンキンキンッという金属を擦るような音が耳朶に触れる。


 警備機構とはよく言ったもので、こんなものでは痛くも痒くもない。だがここで足止めを食らうのは面倒だ。



「ッらあ!!」



 弾倉の再装填をする瞬間を見計らって、エルドは裂帛の気合いと共に壁から生えた小型の機関銃を殴りつける。


 めきゃッと音を立てて小型の機関銃はひしゃげ、使い物にならなくなってしまった。丈夫な壁にも凹みが生まれ、壁の一部が捲れる。

 左手の指を捲れた壁の一部に突っ込み、めりめりと引き剥がしていく。改造された右手の指が入り込める程度の隙間が出来ると、今度は右腕の怪力でもって壁から思い切り引き剥がした。


 それと同時に、背後でガチンという音が聞こえてくる。未だ展開されている警備機構の機関銃に、弾丸が再装填されたのか。



「ッとお、危ねえ!!」



 引き剥がした壁の素材を盾の代わりにして、エルドは身を隠す。


 壁の素材に銃弾が何発もぶち当たる感覚が、盾を通じて伝わってくる。右手の戦闘用外装では生身の部分を掠める可能性も考えられたが、この壁の素材は高身長のエルドさえすっぽりと隠してくれるので安心できる。

 いや、安心できるだろうか。いつまでもこんな場所で警備機構に足止めを食らっていたら、鉄塔内にいる自立型魔導兵器『レガリア』に気づかれないだろうか。重要施設なのだから、シリーズ名で管理されるレガリアが出てきてもおかしくない。


 壁の素材を盾にしたまま、エルドは壁から伸びている機関銃へ距離を詰めていく。そして、



「おらあ!!」



 壁の素材を使って、叩き潰した。


 呆気なく押し潰される機関銃。潰れた部品が床に散らばり、完全に壊れたことを確認する。

 足元に転がる部品を蹴飛ばして退かし、エルドはさらに壁の素材を両手で持ち上げて天井から伸びてきた機関銃に叩きつける。機関銃と鉄塔を繋ぐ管の部分に厚みのある壁の素材が突き刺さり、管が凹んでしまった。


 どうやら管から銃弾が送られてきていたようで、変に破壊されてしまった影響からか暴発を引き起こしてしまう。ぼふん、と機関銃の内部から爆発音が響くなり、銃口や銃身の隙間から黒い煙が噴き上がっていた。



「クソッ、これ本当に真っ直ぐでいいんだろうな」



 エルドは壁の素材を放り捨てると、再び警備機構が機関銃を展開しないことを祈りながら先に進んでいく。



 ☆



 長い長い廊下の果てに、ピッタリと閉ざされた扉を発見する。



「おらぁ!!」



 右腕を引き絞り、思い切り扉を殴りつける。助走がついていたことも手助けされ、見るからに頑丈そうな扉は呆気なく破られた。


 ひしゃげた扉を踏みつけて、その向こう側に足を踏み入れる。

 扉の向こうで待ち受けていたのは、薄暗い部屋である。天井は高く、壁一面にはチカチカと星に似た何かが明滅している。よく見れば壁には訳の分からない機械の群れが埋め尽くしており、何かに反応を示すかのように赤や青などの光が瞬く。


 見るからに重要な設備であることは理解できた。あとはレガリアの制御装置とやらをどうにかすれば終わりである。



「制御装置は……」



 エルドはぐるりと室内を見渡すが、それらしいものは見当たらない。


 壁を埋め尽くす機械の群れを壊していけばいいだろうか。

 もしそうだとすれば、かなりの時間がかかる。エルドにはユーバ・アインスのように数々の兵装を有している訳ではなく、右腕の戦闘用外装が『超電磁砲レールガン』みたいに変形する訳ではないのだ。


 何か他には、と部屋を見渡すエルドは、壁に埋め込まれた装置に目をつけた。直方体の箱のようなものが壁に取り付けられているのだ。



「何だこれ?」



 エルドは壁に埋め込まれた装置に近づこうとするのだが、



「ッ!!」



 首筋を逆撫でするような感覚に、ほぼ反射的に右腕の戦闘用外装を広げて身体の前に突き出す。


 その直後、胸の辺りを狙った銃弾が、エルドの右手の薬指を掠める。

 第二関節から薬指が吹き飛ばされ、薄暗い部屋の中に消えていった。痛みはないが僅かな衝撃が伝わり、初めて破壊された自分の戦闘用外装に驚きが隠せない。


 弾かれたように顔を上げると、そこには相棒である真っ白なレガリアと戦っているはずの末弟のレガリアと同じ姿をした少年が立っていた。黒光りする拳銃をエルドに向け、黒曜石の双眸でエルドを睨みつけている。



「テメェ……ッ!!」


「【要求】そこから離れろ、そうすれば命だけは取らないでやる」



 子供の姿をしたユーバシリーズ8号機――ユーバ・アハトが冷たい声で命じてくる。



「アインスをどうした? まさかッ」


「【回答】初号機はこちらに向かっているよ。数ある当機ぼくたちのうち1機を撃破したのさ」


「数ある?」



 ユーバ・アハトの言葉に、エルドは眉根を寄せる。


 自立型魔導兵器『レガリア』だから量産は可能だろうが、シリーズ名で管理されるレガリアも量産が可能なのか?

 もしそれが可能とするなら、ユーバシリーズ全機の戦闘データを積んだユーバ・アハトの天下になる。いや、おそらくリーヴェ帝国の狙いは最初からそれだ。ユーバシリーズ全機の戦闘データを積んだ最凶のレガリアを量産することが出来れば、アルヴェル王国側は手も足も出ない。


 ユーバ・アハトは「【肯定】そうだよ」と頷き、



「【回答】当機ぼくも数あるユーバ・アハトのうちの1機なんだ」


「コピー機みたいだな」


「【肯定】よく分かったね。【回答】そうだよ、当機ぼくは本体のコピーに過ぎないんだ。本体は別のところにいるよ」



 黒光りする拳銃を簡単に手放すユーバ・アハト。

 それから彼が構えたものは、見覚えのある黒々とした砲塔である。ユーバ・アインスが『超電磁砲』の兵装を展開した際によく見かける武器だ。


 エルドの身に緊張感が走る。この場には高い防御力を有する相棒はいない。ユーバシリーズ全機の戦闘データを搭載されたユーバ・アハトに勝てるのか。



「【要求】さあ、悪いけどここから出て行って」


「断ったら?」


「【回答】この兵装をぶっ放す。威力は知ってるよね?」



 ユーバ・アハトは「【要求】選んで、ここから出るかここで死ぬか」と選択肢を突きつけてくる。


 普通ならここから出た方がいいのだろう。その選択肢を取れば命が助かるならば、稼いでナンボな傭兵であればユーバ・アハトの要求を飲んだ方が早い。まだ死にたくないのは誰だって同じだ。

 ただ、リーヴェ帝国に王手をかけたところで尻尾を巻いて逃げ出すのはエルドの行事が許さない。こんな場所で撤退すれば、リーヴェ帝国の外側で今もなお戦い続ける同胞たちの努力はどうなる。


 だからエルドは、



「じゃあお断りだ」



 舌を出して、中指を立てることでユーバ・アハトを挑発した。



「【嘆息】改造人間は頭がいいのかと思ったけど、やっぱり馬鹿なんだね」


「馬鹿で上等だ、俺は相棒よりも頭が良くねえからな」



 傭兵として考えれば最悪の選択肢を取ったと思う。

 それでも、エルドは後悔はしない。相棒であるユーバ・アインスが到着するまでの時間稼ぎが出来ればいい。意地汚く生き延びるのは得意だ。


 エルドは右腕の戦闘用外装をガシャンと鳴らし、



「かかってこい、紛いモンが!!」


「【嘆息】本当に馬鹿で呆れるよ、改造人間」



 勝算はない。

 でも、ここで引く訳にはいかない理由がエルドにはある。


 右腕の戦闘用外装で拳を握り、エルドはユーバ・アハトに殴りかかる。

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