【第8話】

 ユーバ・アインスの言う『オフィスリーヴェスクエア』は深夜にも関わらず煌々と明かりを振り撒いていた。



「アインス、本当にここでいいんだな!?」


「【回答】この建物が『オフィスリーヴェスクエア』だ。座標も確認している」



 エルドはユーバ・アインスの背中を追いかけながら、背後をちらと見やる。


 視線の先には大量の警備型レガリアが存在していた。エルドとユーバ・アインスの侵入に気づいて今もなお追いかけてくるのだ。

 どいつもこいつも両腕に立派な重機関砲をぶら下げているのが恐ろしい。今は『走る』という行動にリソースを割いているおかげで狙われることはないが、足を止めれば蜂の巣にされかねない。


 しかし、エルドとユーバ・アインスを狙うのは追いかけてくる警備型レガリアだけではなかった。



『目標発見』


『目標発見』


『排除します』



 オフィスリーヴェスクエアの敷地内に足を踏み入れた途端、近くにあった植木から軽機関銃の銃口が伸びてくる。ただの植木ではなく兵器が埋め込まれているとは想定外だ。

 銃口がエルドとユーバ・アインスに向けられた途端、軽快に弾丸を放ってくる。タタタタタタタタタタタタッという銃声が深夜のリーヴェ帝国内に響き渡った。


 エルドは右腕の戦闘用外装を広げて飛んでくる弾丸を防ぐ。鋼鉄の右手に弾丸は呆気なく弾かれてキンキンなどという耳障りな音が耳朶に触れた。



「植木が武器になってるとか正気か!?」


「【回答】リーヴェ帝国の随所には侵入者を迎撃する為の機構が備わっている」


「ご丁寧な説明をありがとよクソが!!」



 八つ当たり気味に叫ぶエルドは、広げた右腕の戦闘用外装を盾にしながら軽機関銃の前を通り過ぎる。今はこんな軽機関銃如きに構っていられない。


 軽機関銃が仕込まれた植木という警備網を突破すると、今度は建物の前で門番よろしく待ち構えていた警備型レガリアの頭部に赤い光が灯る。チカチカと赤い2つの光が明滅すると同時に、その手に持っていた刺股のような武器を構える。

 腰を落として待ち構える姿は、刺股でエルドとユーバ・アインスを捕縛しようとしているのだろう。追いかけてくる警備型レガリアとは違って刺股で侵入者や暴徒を捕縛することが出来るのだろうか。


 ユーバ・アインスは純白の盾を構えると、



「【警告】退け!!」



 刺股を構える警備型レガリアめがけて白い盾を突き刺す。

 白い盾が突き刺さった場所は警備型レガリアの部品と部品の隙間であり、突き刺さった衝撃を受けてバチバチと白い火花のようなものが弾け飛ぶ。警備型とはいえど量産型レガリアとは何ら変わらない脆弱性が見られるのか、警備型レガリアは手から刺股を滑り落とすと動かなくなってしまった。


 その動かなくなった警備型レガリアに狙いを定め、エルドは右拳を引き絞る。膝から崩れ落ちそうになったその瞬間を狙って、



「邪魔だ!!」



 右拳でぶん殴る。


 警備型レガリアの重量はかなりのものがあったが、改造されたことで岩をも粉砕できる怪力を発揮できるようになったエルドに重さなど関係ない。見事に右拳は胴体を的確に捉えて、動かなくなった警備型レガリアを吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた先で待ち受けていたのは、建物の入り口である硝子製の扉だ。それなりの強度はあるはずなのだが、吹っ飛ばされた警備型レガリアの衝撃を受け止めきれずに呆気なく粉砕されて大穴を開ける。粉々に割れた硝子の破片と共に胴体が凹んだ警備型レガリアが1階に滑り込んでいき、ガシャンと耳障りな音を立てて止まる。


 破壊された大穴からオフィスリーヴェスクエアの建物内に侵入するエルドとユーバ・アインスだが、



 ――ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ!!



 けたたましい警報音が1階全体に響き渡る。



『侵入者発見』


『侵入者発見』


『ただちに迎撃を開始いたします』



 伽藍とした1階の玄関口に、警備型レガリアが大量に湧き出てくる。エルドとユーバ・アインスを追いかけていた、両腕に立派に重機関砲を装備した機体である。

 それらは玄関口の脇に伸びる階段からゾロゾロと押し寄せてきて、気味が悪いぐらいに揃った足並みでエルドとユーバ・アインスを排除せんと立ち向かってくる。チカチカと明滅する赤い光の群れが恐ろしく思えた。


 どこかに逃げようと周囲を見渡すも、周辺には逃げ道がない。建物は追いかけてきていた警備型レガリアが取り囲んで逃げ道を塞ぎ、建物内は潜んでいた警備型レガリアが進撃して逃げ場をどんどんなくしていく。完全に詰んだ。



「おいどうするんだ、アインス!?」


「【回答】問題ない」



 ユーバ・アインスは純白の盾を構えると、



「【要求】エルド、昇降機エレベーターを利用しよう」


「昇降機なんて利用できるのか!?」


「【回答】機能していることは確認している。【要求】昇降機を呼んでほしい。【補足】その間に、警備型レガリアは当機が引き付ける」



 ユーバ・アインスの淡々とした言葉にエルドは「ああクソがッ」と悪態を吐く。


 彼の言う昇降機は、背の低い門の向こうにあった。何か証明書のようなものを見せれば通ることが出来るようだが、エルドには関係ない。鋼鉄の右拳でぶん殴れば機械仕掛けの門は呆気なく破壊された。

 やたら狭い門を無理やり通り抜け、エルドは昇降機の呼び出しボタンを押す。背後から破壊音と爆発音が聞こえ、反射的に振り返ると惨劇が目の前に広がっていた。


 エルドにとっての惨劇ではなく、警備型レガリアにとっての惨劇だ。この場にいる自立型魔導兵器『レガリア』は、長らく戦場に於いて最強の冠をいただいていた機体なのだ。



「【警告】当機に接近すると戦闘行為と見做し、排除行動に移行する」



 純白の重機関砲を展開したユーバ・アインスは、一向に近づいてこない警備型レガリアに威嚇する。警備型レガリアで埋め尽くされた1階にはユーバ・アインスによって屠られた機体がいくつか床に転がっていた。

 警備型レガリアは頭部に灯った赤い光をチカチカと明滅させ、後退りを開始する。ユーバ・アインスの力を目の当たりにして、頭部に搭載された人工知能が危険であることを知らせたのだろうか。無意味に飛びかかってこないのはいい判断である。


 ユーバ・アインスは重機関砲を解除すると、



「【展開】超電磁砲レールガン



 白い砲塔が出現する。


 その兵装を認識した途端、警備型レガリアが一斉にユーバ・アインスから距離を取った。砲口が突きつけられると「敵意はない」と言わんばかりに両腕を掲げる。命乞いをするように設計されているとは驚きだ。

 ユーバ・アインスは警備型レガリアを睨みつけ、威嚇するように『超電磁砲』の兵装を警備型レガリアに突きつけた状態で佇む。何か変な動きを見せればすぐさま閃光が警備型レガリアを焼き尽くすことだろう。建物の外で待機する警備型レガリアの群れも下手に攻め込むことが出来ず、両腕の重機関砲を構えたまま棒立ちの状態が続いていた。


 そんな緊張した空気が流れる1階に、昇降機の到来を告げる音が落ちる。



 ――ポーン。



 その音が引き金になった。



「アインス!!」



 エルドはゆっくりと開く昇降機の扉を半ばこじ開けるように身体を滑り込ませ、空中回廊行きと銘打たれた最上階のボタンを迷わず押す。

 白い砲塔を構えていたユーバ・アインスは弾かれたように振り返ると、背の低い門を華麗に飛び越えてエルドの待つ昇降機に滑り込む。建物の外で待機していた警備型レガリアやユーバ・アインスに命乞いをしていた警備型レガリアは、エルドとユーバ・アインスを逃がさんとばかりに重機関砲を突きつける。


 昇降機の扉がゆっくりと閉まる寸前、ユーバ・アインスは兵装を展開する。



「【展開】一方通行アクセラレーション



 銃弾が昇降機内に侵入しないようにと純白の盾を突き出し、受けた攻撃をそのまま跳ね返す兵装を展開する。盾に当たった銃弾は巻き戻されるように跳ね返されて、警備型レガリアを機能停止に追い込んでいた。

 そしてようやく昇降機の扉が閉まると、昇降機がゆっくりと上昇し始める。束の間の平和にエルドは息を吐いた。


 ユーバ・アインスは首を傾げ、



「【疑問】怪我をしたか?」


「死ぬかと思った……」


「【回答】当機が守ると言っただろう」


「あの状況は肝が冷えるだろうよ」



 エルドは「やっぱり考えときゃよかった……」と嘆く。このような状況がこれからも続くと考えただけで命がいくつあっても足りない。

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