【第7話】

 目的地である鉄塔付近に到着した。



「警備兵がいねえのか?」


「【否定】目に見えない赤外線系の警備網が敷かれている」



 建物の陰から様子を窺うエルドとユーバ・アインスは、鉄塔付近の敷地内を見回す。


 夜空を貫かんばかりに高い鉄塔はチカチカと色とりどりの明かりを瞬かせているものの、分厚い壁に取り囲まれているので容易に近づくことが出来ない。なおかつエルドの目では認識できない赤外線系の警備網が敷かれているのだ、近づいた途端に警備兵がすっ飛んでくる。

 敵陣のど真ん中で警備兵に見つかることだけは勘弁願いたいところだ。人数がいればエルドだって多少の無茶はしたのだが、この場にはエルドとユーバ・アインスの2名しかいないのだ。


 銀灰色の双眸を音もなく眇めたユーバ・アインスは、



「【報告】この壁を乗り越えた先に制御装置の存在する鉄塔に侵入できる」


「警備網が敷かれてるんだろ? どうするんだよ」


「【回答】現在は光学迷彩を用いている最中だ。重ねて当機が鉄塔付近の門を制御し、施錠を解除する」



 ユーバ・アインスは自信満々にそう言い放ち、右手を静かに伸ばす。



「【展開】潜行操作ジャック



 その時だ。



 ――バチンッ!!



 何かが弾け飛ぶ音がエルドの耳朶に触れる。

 狙撃か、とエルドは周囲を見渡す。だが狙撃手らしき存在は見当たらないし、エルドやユーバ・アインスに向けられた銃口も確認できない。


 では音の発生源は?



「【警告】まずい、光学迷彩が強制解除された」


「何だって?」


「【回答】光学迷彩を強制的に解除されてしまった。これでは警備網に引っかかる」



 ユーバ・アインスが最悪の回答を述べると同時に、エルドの鼓膜へ突き刺さる。



 ――ジリリリリリリリリリリ!!


 ――【警告】制御塔に侵入者を発見。迎撃機構を発動してください。


 ――【警告】1級研究員の皆様はシェルターに避難をしてください。繰り返します。1級研究員の皆様はただちに作業を中断し、シェルターに避難してください。


 ――【警告】侵入者迎撃のため、制御塔に配置されている自立型魔導兵器『レガリア』を最大警戒モードにて起動いたします。


 ――【警告】侵入者防衛のため、制御装置までの各区画の施錠を開始します。



 次々と情報が飛び交うのだが、分かるのは制御装置まで簡単に行かせてくれなくなったということだ。



「おい、アインス。どうするんだ!?」


「【回答】下層部の入り口はもう使えない。ここは別の道を使うことにする」



 無表情で告げたユーバ・アインスは、周囲をぐるりと見渡す。それからある方向で視線が止まった。

 その先にあったのは、鉄塔めがけて伸びる空中回廊だ。周辺を取り囲む同じように高い建物と鉄塔を結ぶように空中回廊は存在しており、よく目を凝らすと人間らしき影がバタバタと慌てたように空中回廊を行き交っていた。


 長い間を過ごした訳ではないのだが、言いたいことは分かる。もうあの場所を経由して行く手段しかないのだ。



「あそこか?」


「【肯定】第3空中回廊だ。あの通路を使用すれば鉄塔の中層に侵入することが可能」



 ユーバ・アインスは鉄塔から外れた方向を指差し、



「【報告】第3空中回廊までの道順は『オフィスリーヴェスクエア』を経由する必要がある。あちらの方角だ」


「よし、じゃあもうそっちの方に行くしかねえ」



 下層部の入り口がすでに警戒体制が敷かれてしまった影響で使えないのであれば、別の道を模索するしかない。リーヴェ帝国内部に精通するユーバ・アインスの案内があれば確実だ。

 他に方法がないなら採用しなければ命が尽きる。敵陣のど真ん中で大量のレガリアに囲まれれば、エルドだってただでは済まない。


 ユーバ・アインスは純白の盾を呼び出すと、



「【了解】エルドの命令を受諾する。【要求】道順の検索を更新。『オフィスリーヴェスクエア』内を経由して制御塔への侵入をする作戦に変更する」


「道案内は頼むぞ」


「【了解】任せてほしい」



 真剣な表情でユーバ・アインスが頷くと、



「【報告】敵性レガリアの存在を確認。【展開】白壁天幕ドーム



 ユーバ・アインスを中心に、白い半球状の防壁が展開される。

 完全にエルドまで覆うように防壁が展開され終えると、遅れてズガガガガガガガガガカガガガ!! という何重もの銃声がエルドの鼓膜を突き刺してくる。展開された白い壁の向こう側から大量の弾丸が撃ち込まれている衝撃が伝わってきた。


 銃声の数から判断して、相当なレガリアに包囲されている。最悪な状況だ。



「アインス、この状況から脱出して『オフィスリーヴェスクエア』ってのに行けるか?」


「【回答】可能だ。当機と貴殿なら問題はない」



 白い盾を構えるユーバ・アインスは、



「【提案】当機が背後を、エルドが進行方向を塞ぐレガリアの撃破を担当するのは?」


「乗った。方向は?」


「【回答】エルドは目の前のレガリアを撃破してくれれば問題ない。方角は当機が適宜修正する」


「方向音痴対策も万全だな」



 エルドは右手に装着した戦闘用外装で拳を作る。ガシャンと機械めいた音が鳴り、鋼鉄の右拳に青い光が駆け巡った。


 銃声が止むと、ユーバ・アインスが兵装『白壁天幕』を解除する。ホロホロと雪のように解けて消える兵装の残滓は美しく幻想的だが、その先で待ち受けていた大量の警備兵と対面してエルドはげんなりする。

 夜の闇に浮かぶ赤い2つの光。つるりとした頭部、のっぺりとした顔面は人間味がまるで感じられず人工物であるという印象が押し出される。両腕に括り付けられた2門の重機関砲が、エルドとユーバ・アインスへ真っ直ぐ向けられていた。


 警備用に改良された量産型レガリアだろうか。戦場で見かけるものよりも装甲の分厚さがないので、リーヴェ帝国内を警備する為に開発されたものか。



「【警告】改造人間及び敵性レガリアを発見」


「【共有】祖国に叛逆をしたユーバシリーズ初号機と断定。信号確認、一致しました」


「【報告】最大限の警戒体制を維持」


「【警告】攻撃を開始、排除いたします」



 エルドとユーバ・アインスは、ちゃんとリーヴェ帝国の敵として認識されていた。それは喜ばしいことだが、歓迎できる状況ではない。


 警備用の量産型レガリアが両腕の重機関砲をエルドとユーバ・アインスに向けてくる。

 エルドもそうだが、警戒されているのは自立型魔導兵器『レガリア』のシリーズでも特に優秀なユーバシリーズ初号機のユーバ・アインスだ。数多くの兵装を有し、そのどれもが強力である。リーヴェ帝国の重要施設に到達し得る存在だと言えよう。


 ユーバ・アインスは銀灰色の双眸を量産型レガリアに巡らせると、



「【展開】地雷爆撃ボマー



 量産型レガリアの立つ地面が唐突に爆破される。

 盛大な爆破に巻き込まれて、大量のレガリアが吹き飛ばされた。警備用に薄くなった装甲は呆気なく破れ、関節から腕の部品や足の部品が吹き飛び、首が千切れて廃棄品と成り果てる。戦闘不能になるのは一瞬だった。


 量産型レガリアは「【警告】味方の損傷を確認。迎撃を」と言いかけたところで、



「ゥオラ!!」



 エルドは右拳を突き出した。


 鋼鉄の右拳が目の前の量産型レガリアの頭部をぶち抜き、胴体から千切れ飛んで仲間の重機関砲とぶつかる。膝から崩れ落ちそうになった頭部なしのお人形を蹴倒して、エルドは量産型レガリアに立ち向かった。

 突きつけられた重機関砲を引っ掴み、改造部分によって発揮される怪力で無理やり引きちぎる。断面から緑色の魔力が垂れ流しにされ、量産型レガリアが警告音を吐いた。



「邪魔だ!!」



 エルドは行手を塞ぐ量産型レガリアを掴んでは投げ、千切って、蹴倒していく。狙いを定められたらすでに倒れた量産型レガリアの亡骸を掴んで盾にし、ユーバ・アインスが示した方角にどんどん進んでいく。


 こんなところで弱音を吐いていられない。

 戦争の終わりまで目前なのだ。目の前の勝利を掴むならなりふり構っていられない。

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