【第6話】
『リーヴェ帝国の外ではアルヴェル王国の侵攻が続いており――』
『レガリア第三研究所にて新型レガリアの開発に着手しました』
『戦場に投入された最新型レガリア「イー・フェンフ」の説明ですが』
様々な情報が飛び交う。
見上げるほど背の高い建物に埋め込まれた看板みたいなものから、平坦な女性の音声が淡々と流れているのだ。抑揚を感じさせないその声を奏でているのは、全身が鋼色に染まったかろうじて『女性』と判断できる人形である。
あれも自立型魔導兵器『レガリア』なのだろうか。ユーバ・アインスと比べると本当の意味で人形らしく見えてしまう。髪もなければ瞳に色もなく、ただパクパクと口を動かして平坦な女性の声を垂れ流し続けるだけだ。
その映像が、建物に埋め込まれたそこかしこの看板から流れてくるものだから鬱陶しくて仕方がない。頭が痛くなってくる。
「凄えな」
「【疑問】何がだ?」
「街の中をレガリアが歩いてやがる。人間の姿がねえ」
エルドは何とはなしに周辺を見渡す。
道路を通行するのは、看板に映し出される女性のふりをしたお人形と同じような人形たちだった。衣服の類は当然ながら身につけておらず、鋼色の身体に看板の群れが発する極彩色の光を受けて鈍く輝いている。のっぺりとした顔面に表情はなく、光の差さないガラス玉のような眼球で目の前の道を認識して歩いていた。
誰も彼も同じような反応である。背筋を僅かに丸めて疲れたように歩く様は人間らしいのだが、エルドからすれば不気味極まる街の光景だ。男女の区別など女性型レガリアに胸のような盛り上がりがあるだけで、それ以外は有り合わせで作られたと言ってもいいぐらいだ。
ユーバ・アインスはすぐ近くを通り過ぎた自立型魔導兵器『レガリア』を見やり、
「【回答】これらは偽装型だ」
「偽装型?」
「【説明】上層部の人間たちに街はきちんと機能しているということを偽装する為に開発された労働専門のレガリアだ。あれらが労働することでリーヴェ帝国は現在も賄えている」
つまり、この労働階級にもう人間の姿はないのだ。全員揃ってリーヴェ帝国から逃げ出し、帝国を内部から崩壊させる訳にはいかないので「国は問題なく運営していますよ」ということを偽装する為に、これらのレガリアは生み出されたのか。
笑いが出るほど可哀想である。一般人はみんな揃って上層部の連中を見捨てたのに、仮初の住人たちが今もなおリーヴェ帝国を支える土台となっているから敗戦一歩手前の状況に気づけない。
ユーバ・アインスは覚束ない足取りで通りを歩くレガリアたちを眺め、
「【回答】生きた人間がいるのはレガリアの研究所で勤務する研究員か、戦争には勝てると踏んで悠々自適に暮らす上層部の人間ぐらいのものだ」
「アインス、何か苛立ってねえか?」
「【否定】当機の精神状態は通常のままだ。【回答】今のは事実を述べただけだ」
淡々と事実を並べるユーバ・アインスはどこか苛立っているようにも思えたが、これ以上の言及はやめておく。火に油を注いでリーヴェ帝国の中心に置き去りとなりたくない。
エルドは周囲に聳え立つ背の高い建物を観察する。
極彩色の光をあちこちから落とす看板が建物の側面から突き出て、時折、チカチカと明滅している。随分と古いのもあるのか、看板全体が色褪せて光の色味もぼんやりとしたものも存在しました。
カレー屋、マッサージ屋、本屋、洋服屋などエルドの見覚えのある店が建物の1階部分に並んでいる。ただ残っているのは看板だけで、店自体はすでに閉店となっていた。
「もう何もやってねえんだな」
「【肯定】あれらのレガリアは当機や他の自立型魔導兵器『レガリア』のように、優れた人工知能を搭載している訳ではない。労働が出来ればそれでいいと設計・開発されたものだからな」
「人間がいたら賑やかだったのか?」
「【回答】それほどでもないかもしれない。少なくともエルドと共に訪れた人里より静かだったような気がする」
ユーバ・アインスの回答に、エルドも「そうか」としか応じることが出来なかった。
リーヴェ帝国は自立型魔導兵器『レガリア』を生み出してから、資源が枯渇していき食うに困る貧困者が多く出てしまったと聞く。その影響でリーヴェ帝国を逃げ出してアルヴェル王国に保護されるといった話は、エルドも耳にしたことがある。
中にはアルヴェル王国に逃げ出したリーヴェ帝国の住人が、わざわざ改造人間になってまでリーヴェ帝国の敵になるといった現象まで起きていた。自分たちの生活を脅かしたリーヴェ帝国の上層部が許せなかったのだろう。
ユーバ・アインスは急に止まり、
「【警告】エルド、静かに」
「?」
「【回答】警備型が来た。動かずにそのまま待つ」
ユーバ・アインスが示した方向には、警棒を片手に通りをのっしのっしと歩く大型の自立型魔導兵器『レガリア』の姿があった。
鋼色の身体を持つ人間らしくないお人形ではあるものの、頭には軍帽のようなものを被っており、太い警棒を握りしめて通行人たちの顔をジロジロと観察する。死人のように歩く偽装型のレガリアがちゃんと機能しているのかと確認しているのだろうか。
ユーバ・アインスと同じく動きを止めて、エルドは口を閉ざす。こんな場所でバレてしまっては、せっかくの潜入がパァだ。
「…………」
のっしのっしと歩いてきた警備型のレガリアは、ちょうどエルドのところまでやってきて立ち止まる。
通行人のレガリアと同じくのっぺりとした顔立ちに表情は乗らず、感情の読み取れない光がエルドを真っ直ぐに射抜いていた。光学迷彩で隠れているはずなのだが、警備型レガリアは光学迷彩を看破できるような能力を持っているのだろうか。
そうだとすれば、光学迷彩を看破された時が狙い目である。エルドはひっそりと右腕の戦闘用外装で、音が出ないように拳を握った。見たところそれほど強度があるように見えないので、殴れば壊すことが出来るかもしれない。
「…………」
警備型レガリアは、グッとエルドに顔を近づけた。怪しむようにガラス玉のような瞳でエルドを観察してから、
「…………」
何事もなかったかのように視線を逸らす。
嫌な汗を掻いた。妙な緊張感で心臓がおかしくなりそうだ。
胸中で安堵の息を吐くエルドは、のっしのっしと大股で歩き去っていく警備型レガリアを見送る。何があったのか分からないが、光学迷彩が看破されるのではないかとヒヤヒヤしたものだ。
「危なかった……」
「【回答】警備型レガリアに光学迷彩を看破するような機能はない」
「そうだとしても不安だろうがよ」
「【回答】それに、先程のレガリアはエルドの後ろにある看板を眺めていた。視線が外れていたから、当機の光学迷彩は十分に機能している」
「看板?」
エルドは後ろを振り向く。
閉店された店の軒先に、ボロボロとなった看板が転がっていた。
その看板には無骨な文字で『閉店、ご愛顧ありがとうございました』とある。警備型レガリアでも何の店が閉店したのか気になったのだろうか。
「【報告】この先に目的地がある。もうすぐだ」
「レガリアの制御装置があるのはどこだよ」
「【回答】目の前にある」
ユーバ・アインスが指を伸ばし、遥か遠くを示して「【回答】あそこだ」と教えてくれる。
その先に待ち受けていたのは、暗い夜空を貫かん勢いで伸びる鉄の塔だった。夜空に散りばめられた星の如き明かりがチカチカと鉄塔を飾り、物々しげな雰囲気が漂っている。
周囲を取り囲む建物よりもなお高く、重要施設であることは一目で分かってしまう。「あの場所に制御装置がある」と言われれば納得してしまうぐらいだ。
「【警告】エルド、警戒心を解かないでほしい」
ユーバ・アインスは真剣な表情で言う。
「【説明】あの鉄塔付近では最新設備が整っている。警備型レガリアや戦場で運用されているレガリアも存在する」
「マジかよ……」
「【肯定】本当だ」
「いや信じてねえ訳ではねえけども」
エルドは密かに頭を抱えた。覚悟はしていたけれど、やはり敵陣のど真ん中をたった2人で攻め込むのは無茶がすぎる。
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