【第5話】

 確かにそこは、墓場と呼ぶに相応しい場所だった。


 水溜りに沈む壊れた人形たち。硝子ガラスのような光のない眼球が一斉にエルドとユーバ・アインスに向けられており、背筋の辺りを冷たい手で撫でられたような不快感がある。

 部品の隙間から入り込んだ水のせいで内部構造は錆び付き、身体の表面にもヒビが見受けられるのでもう二度と起動することはないだろう。彼らも戦場に投入されることを想定して設計・開発されたと考えると、少しばかり悲しくなってくる。


 エルドは壊れたレガリアの群れに嫌そうな表情を見せ、



「嫌なところだな……」


「【肯定】同感だ。薄気味悪い」



 ユーバ・アインスは無表情で壊れたレガリアの大群を眺めて、



「【提案】エルド、早急にこの場から離れた方がいい」


「おう、そうだな」



 エルドはユーバ・アインスの提案を受け入れ、それから右腕を彼に差し出す。差し出した理由はもちろん、四次元空間に格納されたエルドの戦闘用外装を出せと言っているのである。

 ところが、この真っ白い自立型魔導兵器『レガリア』様は、差し出されたエルドの右腕にじっと視線を下ろした。エルドが右手を差し出す理由など「戦闘用外装を寄越せ」と言っている他はないのだが、何故かまだ寄越してこない。


 さすがに気になったエルドは、



「アインス」


「【疑問】何だ?」


「俺の戦闘用外装を寄越せ」


「【拒否】断る」


「はあ!?」



 まさかの返答に、エルドは目を剥いた。本気で返さない気なのか、コイツ。



「【回答】この場所で貴殿に戦闘用外装を返却すると、部品の隙間から水が侵入して動作に不安が残ってしまう。そうなってしまうと、戦闘時に支障が出てしまう」


「確かにそうだけど」


「【提案】別の場所で返却をする。【疑問】それで問題はないか?」


「敵性レガリアとか大丈夫なのかよ」



 エルドはぐるりと周囲を見渡す。


 壊れたレガリアの群れであまり確認できないが、背の高い建物のようなものが天を覆い尽くす勢いで伸びているような気がする。かなり深い位置にいると言ってもいいだろう。

 見慣れない光景に否が応でもここがリーヴェ帝国の内部であると実感してしまう。安全地帯などないのだ。出来る限り丸腰でいたくない、というのがエルドの本音である。


 ユーバ・アインスは銀灰色の瞳をレガリアの墓場に巡らせて、



「【回答】周辺に敵性レガリアの反応はない。問題ない」


「まあ、アインスが言うならいいけどよ……」


「【提案】こちらの方が安全だ、当機が案内しよう」


「おおい、アインス!? 不用意に歩いて行くなよ俺を置いて行くな!!」



 スタスタと何事もなかったかのようにレガリアの墓場の奥地を目指してしまうユーバ・アインスの背中を追いかけて、エルドはレガリアの墓場を突き進んでいく。



 ☆



 墓場の奥地を目指すと、石造りの小さな階段が伸びていた。壊れたレガリアに埋もれるようにして存在する階段を慎重に上り、それからひょっこりと周囲を見渡す。

 やはり墓場の周辺ということもあって薄暗い。大小様々な建物がレガリアの墓場を取り囲んでいるが、廃棄品などに誰も興味を示さないのか敵性レガリアの気配どころか人間の気配すらない。薄汚れた舗装路がどこまでも続いていくだけだ。


 ユーバ・アインスは建物と建物の隙間に飛び込むと、エルドへ手招きをする。



「【要求】戦闘用外装を取り出すので、早期の装着を」


「おう」



 ユーバ・アインスが「【展開】格納倉庫ボックス」と唱えると、彼の両腕にエルドの戦闘用外装が出現する。何もない空間からエルドの戦闘用外装が急に飛び出してきたので、エルド本人も驚きが隠せなかった。

 慣れた手つきでユーバ・アインスがエルドの戦闘用外装を支え、エルドは難なく膨れ上がった巨大な右腕を装着する。指先の動作や手首から肘にかけての関節の動きも軽く確認して、問題なく動くことに安堵した。


 エルドは適当に右手の調子を確かめながら、



「これからどこに向かうんだ?」


「【回答】こちらだ、ついてきてほしい」



 ユーバ・アインスに案内され、エルドは建物と建物の隙間をさらに奥を目指す。


 周辺は薄暗くもあるが、何とか視界を確保できていた。ユーバ・アインスも相手に気づかれる可能性を考慮しているのか、レガリアの墓場に到着してから『白色常灯ランプ』の兵装を解除していた。

 夜の闇が迫ってきているのに、ぼんやりと明るいのはリーヴェ帝国が明かりか何かを開発したのだろうか。それともリーヴェ帝国に侵入したエルドとユーバ・アインスを探しているのか。最悪な状況に転がることだけは免れたい。


 薄暗闇の中に浮かぶユーバ・アインスの背中を追いかけ、エルドは「なあ」と口を開く。



「どうしてリーヴェ帝国ってのはこんなに明るいんだ?」


「【回答】魔力駆動による街灯が原因だろう。夜間になるとそこら中で明かりが点灯するので、夜は星が観測できないぐらいに明るくなる」



 ユーバ・アインスの受け答えは淡々としていた。


 星が観測できないほど明るくなるとは想像が出来ない。エルドにとって夜は焚き火の明かりか、ドクター・メルトが作った魔力駆動の小型角燈ぐらいのものだが、それでも星なら観測できた。

 それ以上に明るくて星が観測できないとはどういう街並みなのだろうか。リーヴェ帝国など生まれてこの方、足を踏み入れたことのない大地なので緊張してしまう。


 そしてついに、その光景を目の当たりにしてしまう。



「うわ」


「【回答】ここがリーヴェ帝国だ」



 建物と建物の隙間から姿を見せたエルドとユーバ・アインスの目の前に広がっていたのは、極彩色の世界だった。


 紺碧の空を覆い尽くすほど背の高い建物には、煌びやかな看板が飾られて色とりどりの光を落とす。網膜を焼く勢いのあるギラギラビカビカとした彩りの看板の群れは建物の側面から突き出していたりするのが主だが、中には建物そのものに埋め込まれてチカチカと鮮烈な赤い光を放っている。

 あまりにも眩しすぎて、エルドは思わず目を覆ってしまった。こんな見慣れない場所にいたら目が馬鹿になってしまう。確実に悪くなってしまう、こんな場所。


 ユーバ・アインスは首を傾げ、



「【疑問】大丈夫か?」


「大丈夫な訳がねえだろ、目が痛え」



 エルドはしぱしぱする目を擦りながら、



「光が溢れすぎだ」


「【回答】全て魔力駆動の明かりだ。攻撃性能は有していない」


「本当かよ」



 疑うエルドに、ユーバ・アインスは無言で首を縦に振った。


 改めて見ると、建物そのものにも明かりが灯っている箇所が見受けられた。まるで歯抜けのような光景だが、宝石箱をひっくり返したかのような摩天楼の群れがどこまでもどこまでも広がっている。やはりどれだけ見ても目が慣れない。

 エルドとユーバ・アインスが佇む道端には背の高い街灯が等間隔に設置され、歩く際の明るさも十分に確保されていた。確保しすぎである。


 過剰なほどの光の海の中に放り込まれたエルドは、



「ここがリーヴェ帝国か……」


「【肯定】ここはリーヴェ帝国の労働階級が住まう区画だ」


「労働階級」


「【回答】主な作業は自立型魔導兵器『レガリア』の組み上げ作業だ。だが、量産型レガリアが開発されてから労働階級の人間は少なくなった」



 その回答で、何となく理解できてしまう。

 おそらくだが、リーヴェ帝国で仕事を奪われた労働階級の人間は軒並みリーヴェ帝国から立ち去ったのだろう。量産型レガリアが出てきてしまえば人間の勝てる隙はなくなってしまう。エルドとユーバ・アインスが使った地下用水路などから亡命したのか。


 ユーバ・アインスはエルドに手を差し出し、



「【要求】手を」


「寂しいのか?」


「【回答】当機の光学迷彩を用いて監視網を撒く」


「ああ、そっちか」



 エルドは差し出されたユーバ・アインスの手を握る。こうすることでエルドも光学迷彩の恩恵が受けられるとは嬉しい。



「【回答】では行こう」


「おい本当に光学迷彩を利用しているんだよな?」


「【回答】利用している。現在も展開中だ」



 ユーバ・アインスは色とりどりの光で満たされたリーヴェ帝国を見据え、



「【警告】会話の際は最小限の声量で。レガリアは聴覚機能が優れている」

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