【第8話】

 何が起きたのか分からない。

 ただ右腕の部分が、焼けるように熱い。痛みを通り越して、ただただ熱い。


 ぼたぼたと赤い血が流れ落ちる切断面を押さえて、エルドは堪らず膝をついた。



「ユーバ、ドライ……!!」


「…………」



 大太刀を構えるユーバ・ドライは何も言わない。ただ光の消えた青い瞳でエルドを見下ろしてくるだけだ。


 これはエルドの落ち度である。最初からこうなることを予想して、右腕の戦闘用外装を装着していれば右腕も切り落とされることはなかった。

 絶え間なく続く激痛に耐えるエルドは、ユーバ・ドライを睨みつける。エルドの腕を切った際に付着した血糊を払った銀髪の女性型レガリアは、静かに黒鞘へ大太刀を納めていた。その間に謝罪の言葉も、敵として罵倒もない。



「【展開】超電磁砲レールガン



 仲間への攻撃を認識したユーバ・アインスが、即座に兵装を展開する。

 夜の闇に浮かび上がる白い砲塔。迷いなくその砲口を妹機であるユーバ・ドライに突きつけ、その引き金を引いた。


 網膜を焼く眩い閃光がユーバ・ドライに襲いかかるが、彼女は踊るような余裕のある回避行動を取る。ふわりと銀髪が舞い、その先端をユーバ・アインスが放った『超電磁砲』に焼かれただけだった。



「【展開】【並列】重機関砲ガトリング



 ユーバ・アインスは『超電磁砲』と並列して、純白の重機関砲まで展開する。いくつもの銃口が束ねられた重機関砲をユーバ・ドライに向けるなり、即座に攻撃行為へ移った。

 夜空に響き渡る重たい銃声。幾重にもなる銃声と共に放たれた弾丸がユーバ・ドライに襲いかかるも、彼女はやはり踊るように弾丸の全てを回避した。回避できない軌道の弾丸は手にした大太刀で弾き、ユーバ・アインスの攻撃さえなかったことにしてしまう。


 なおもユーバ・ドライを睨みつけるユーバ・アインスはさらに兵装を展開しようとするのだが、



「アインス、待て……!!」


「【疑問】何故だ」



 重機関砲で的確にユーバ・ドライを狙うユーバ・アインスは、エルドの制止に淡々と応じる。



「【疑問】エルドを傷つけた愚かな妹機を害してはいけないと?」


「様子がおかしいってのに気づかねえのか……!!」



 エルドが指摘したのは、ユーバ・ドライの異変である。


 彼女はエルドを襲う前、確かに「もう抑えられない」と訴えていた。外部から今まで攻撃されていたのだ。

 そうすることが出来るのは、同じ自立型魔導兵器『レガリア』を操ることで自分の軍隊に加える4号機のユーバ・フィーアを除けば、本国のリーヴェ帝国ぐらいしか考えられない。リーヴェ帝国の魔法使いやレガリアを制御する為の機構が、ユーバ・ドライの精神を徐々に蝕んでいっていたと考えられる。


 右腕を支配する激痛に歯を食いしばって耐えるエルドは、



「なあ、そうだろ……テメェ、今までリーヴェ帝国から何かやられてたんだろ……?」



 ユーバ・ドライは何も答えない。感情の読めない無機質な青い瞳でエルドを見下ろすなり、大太刀の柄を再び握る。



「【展開】断空ノ陣」


「【展開】一方通行アクセラレーション



 神速の居合がエルドを捉えるが、間に飛び込んだユーバ・アインスが攻撃を弾く兵装を展開したことで事なきを得る。

 攻撃が弾き返されたことでユーバ・ドライの手から大太刀がぶっ飛んでいく。弾かれた大太刀を感情の読めない青色の瞳で追いかけたユーバ・ドライは、地面に落ちた大太刀の存在を追いかけることはなかった。代わりに右手を掲げて新たな大太刀を出現させる。


 ユーバ・アインスには数々の兵装が用意されているが、ユーバ・ドライには刀剣による兵装が中心となって搭載されているのか。白兵戦に秀でた機体だと言っていたが、確かにその通りである。



「【展開】超電磁砲レールガン



 白い砲塔を召喚したユーバ・アインスは、即座に狙いを定めて発射する。夜の闇を引き裂くような眩い閃光が駆け抜け、ユーバ・ドライの大太刀を握っていた右腕を消し飛ばした。


 虚な瞳で消失した自分の右腕を見つめるユーバ・ドライ。消失した右腕は自動回復機構によって銀色の粒子と共に何事もなかったかのように修復されるが、消し飛ばされた大太刀まで元通りになることはなかった。

 ユーバ・ドライはユーバ・アインスを真っ直ぐに見据えてから、分が悪いとでも考えたのか踵を返す。彼女の姿は虚空に解けて消えると、足音もなくその場から立ち去ってしまった。


 ユーバ・アインスは「【制止】待て、ユーバ・ドライ!!」と叫ぶが、



「ぅ、ぐう……ッ」


「【驚愕】エルド!?」



 膝をついたままの状態も耐えられなくなって、エルドはその場に倒れてしまう。

 血の流しすぎで意識が朦朧としてきた。視界も歪んできているし、ユーバ・アインスが何かを必死に呼びかけてくれているのも言葉が鮮明に聞こえなくなっている。思考回路にも靄がかかったかのように鈍くなっていた。


 ああ、ここが死に場所か。油断で死ぬとは、傭兵として情けない。



 ☆



 意識を手放したエルドを抱えて拠点に戻れば、戦闘要員を含めて大慌ての状態だった。



「おい、エルド!?」


「右腕が切断されているぞ!!」


「誰にやられた!?」


「レガリアの襲撃があったのか?」



 非戦闘員の子供たちや女性たちは心配そうに傷ついたエルドを遠目に見ているが、なくなってしまった右腕を見るなり誰も彼も痛々しそうな表情を見せる。傷ついたのはエルドなのに、その痛みが分かるとでも言ったような態度だ。

 いいや、事態はそれどころではない。「傷つけない」と宣っておきながら、ユーバ・アインスは油断していた。エルドを傷つける要因を作ってしまった。傷つけるどころか、右腕を斬り飛ばされるという大怪我である。


 騒ぎを聞きつけた団長のレジーナ・コレットがテントから飛び出してくると、



「誰か、エルドをドクターのベッドに運んでくれ!!」


「おうよ」


「分かった」



 改造人間がユーバ・アインスの抱えるエルドを攫っていき、両肩を支えてドクター・メルトの控えるテントに向かった。数秒置いてから甲高い悲鳴が聞こえてきたので、ドクター・メルトがエルドの惨状を見て叫んだのだろう。


 引き剥がされて当然である。ユーバ・アインスはエルドを傷つけてしまった。もう彼の隣にいる資格はない。

 胸元で揺れるエルドから送られた陳腐な玩具の指輪を握りしめ、ユーバ・アインスは夜の闇に沈む世界に目を向ける。敵討ちではないが、秘匿任務を遂行する為にユーバ・ドライを撃破しなければならない。



「ユーバ・アインス」


「…………」



 呼ばれ、振り返れば真剣な表情のレジーナが立っていた。



「どこに行く気だ?」


「【回答】秘匿任務を遂行する為に、ユーバ・ドライを撃破する」


「ほう、やはりエルドをやったのはユーバ・ドライだったか」



 レジーナは黒髪をガシガシと掻くと、



「相手が裏切ったのか?」


「【否定】外部からの強制戦闘信号によるものと当機は推測する」


「強制戦闘信号だと?」


「【説明】いわゆる戦いを拒否するレガリアを強制的に戦闘モードへ移行させる信号だ。その信号を管理しているのはリーヴェ帝国だ」



 自立型魔導兵器『レガリア』はこの機構が通常装備として取り扱われているが、ユーバシリーズの生みの親であるユーバ・アインスの父親はこの機構を取り付けなかった。「強制的に戦わせるのは何か好きじゃない」と言っていた。

 ユーバ・ドライが強制戦闘信号を受信して戦闘モードに移行したということは、ユーバシリーズの開発者が死んでからリーヴェ帝国側が独断で装着させたと推測できる。どこまでも倫理的に背いている連中だ。


 レジーナは「そうか」と納得したように頷き、



「じゃあ、秘匿任務でユーバ・ドライを撃破するんだな?」


「【肯定】ああ」


「なら行って、ちゃんと帰ってこい」



 レジーナはユーバ・アインスの胸元を叩くと、



「ちゃんとエルドの言葉を聞いてから、自分で判断しろ。先走って目の前から消えたら、アイツの士気に関わってくる」


「……【了解】その命令を受諾する」



 ユーバ・アインスはしっかり頷くと、索敵機能で検知できたユーバ・ドライの反応を追いかける。

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