【第9話】

 展開される索敵機能に、ユーバ・ドライの反応はあった。



「【予想】強制戦闘信号によって、兵装の精度も攻撃に振られているか」



 夜の闇に支配された大地を駆け抜け、ユーバ・アインスは呟く。


 ユーバ・ドライは白兵戦に適した自立型魔導兵器『レガリア』で、彼女の前に立てば首が落ちると噂されるほどの居合の達人だ。その居合は距離さえも飛び越え、たとえ目の前から逃げたとしても視界に入った以上は逃れられることが出来ない。

 彼女について特筆すべき点は、秀でた居合の技術ではない。7号機のユーバ・ズィーベンと同様の隠匿機能を搭載しているのだ。元々はユーバ・ズィーベンに積むはずの隠匿機能の試作機を搭載しているようだが、ユーバ・ドライはこの機能を余すところなく使って相手から認識されない位置から居合を放ってくる。


 卑怯だと指摘したら、ユーバ・ドライは「【回答】勝つ為なら何だってするのが戦争だろう」と笑っていた。それはそうだ、とユーバ・アインスも納得したほどである。



「【予想】試作機とはいえ、ユーバ・ドライは今まで隠匿機能を使いこなしていた。唐突に壊れる訳がない」



 となると、やはり自由意思を奪われる強制戦闘信号が原因だろう。彼女が戦場で手を抜くとは考えられない。


 索敵機能では、もうすぐユーバ・ドライに追いつく。

 わざと隠匿機能を使わずに逃げているだけか、それとも強制戦闘信号によって兵装の機能が失われているのか。予想では強制戦闘信号が原因だと予想しているものの、気まぐれな彼女の思考は読めない。



 ――【発見】前方500メートル先、ユーバ・ドライの反応がありました。



 頭の中に響き渡る淡々とした声。

 搭載された人工知能が、ついにユーバ・ドライの反応を検知したのだ。追いついた証拠である。


 シンシンと青白い月明かりが照らす開けた平原を、銀髪の女性が覚束ない足取りで歩いていた。


 その姿は記憶にあるユーバ・ドライから判断がつかないほど覇気がない。戦場では手を抜かない彼女はどこにもなく、本当の意味で人形のようだった。リーヴェ帝国という主人に操られる可哀想なお人形である。

 強制戦闘信号によって思考力が奪われていても自動で展開されている索敵機能には引っかかったのか、ユーバ・ドライはふと足を止めてユーバ・アインスへと振り返る。彼女の瞳は未だに光が宿らず、虚な青い瞳がユーバ・アインスを突き刺す。



「【疑問】ユーバ・ドライ、本当に聞こえないのか」


「…………」



 ユーバ・ドライは何も言わない。

 彼女が右手を掲げると、弾き飛ばしたはずの大太刀が出現する。黒鞘に納められた身の丈を超える刀を構え、ユーバ・ドライは低く腰を落とした。居合切りでも放ってくるか。


 ユーバ・アインスは即座に純白の盾を構えると、



「【展開】絶対防御イージス


「【展開】断空ノ陣」



 ギィン!! という耳障りな音がした。


 ユーバ・アインスとユーバ・ドライの距離は開いている。いくら長大な刀であっても、その場で振ったところでユーバ・アインスの純白の盾には届かない。

 届かないはずだが、ユーバ・ドライの居合は距離を飛び越えてユーバ・アインスの構える純白の盾を切り付けた。金属が擦れるような音と同時に、黒鞘から薄青の刃が引き抜かれていたことを認識する。


 純白の盾の後ろから顔を覗かせるユーバ・アインスは、



「【疑問】話を聞くつもりはないのか」


「…………」


「【納得】そうか」



 納得したように頷く。


 可能であれば避けたかった道だ。あの時、ユーバ・ドライがリーヴェ帝国から逃げ切ったと言うのであれば、どうにかしてやりたくなるというのが兄心である。秘匿任務に基づいて逃げたのであれば彼女を破壊しなくても済んだかもしれないのに。

 それがどうして、こんな結末になってしまったのだろうか。ユーバ・ドライだって、本当は望んでいないのかもしれない。



「【応……答……】あ、にき……」


「【疑問】ユーバ・ドライ?」



 すると、強制戦闘信号に支配されていたはずのユーバ・ドライが正気に戻った。

 彼女の青い瞳には僅かに光が戻っているものの、今もなお強制戦闘信号に抗っているのか腕が震えている。綺麗に植えられた銀髪をぶちぶちと引き千切りながら、ユーバ・ドライは「ごめんなさい」と謝ってきた。


 強制戦闘信号の苦しさに喘ぐ彼女は、



「【謝罪】ごめん、ごめんなさい兄貴、ごめん」


「【否定】謝るな、ユーバ・ドライ」


「【謝罪】義兄さんも、当機アタシを受け入れてくれたのに。切りたくなかったのに!!」



 青い瞳から透明な液体を流すユーバ・ドライは、



「【要求】兄貴、当機アタシを壊してくれ。もう2度と起きないように、当機を兄貴の手で壊してくれ」



 求めてきたのは自らの破壊だった。


 強制戦闘信号を受信するように改造されてしまった以上、彼女が助かる方法は『破壊』以外にない。自立型魔導兵器『レガリア』の改造はレガリア本人にも分からず、強制戦闘信号をユーバ・アインスが取り外せることは出来なかった。

 意識を失ってしまうのであれば、その方がいい。ユーバ・ドライの為に破壊を選び取ればいい。


 ユーバ・アインスは静かに瞳を閉じると、



「【了解】分かった、貴殿を破壊しよう」



 妹機の要求に従って、ユーバ・アインスは頷いた。



 ――通常兵装、起動準備完了。


 ――非戦闘用兵装を休眠状態に移行。戦闘終了まで、この兵装を使うことは出来ません。


 ――残存魔力90.77%です。適宜、空気中の魔素を取り込み回復いたします。


 ――彼〈リーヴェ帝国所属、自立型魔導兵器レガリア『ユーバシリーズ』3号機〉我〈自立型魔導兵器レガリア『ユーバシリーズ』初号機〉戦闘予測を開始します。


 ――戦闘準備完了。



「【状況開始】戦闘を開始する」



 ユーバ・アインスは兵装『超電磁砲レールガン』を展開し、ユーバ・ドライにその砲口を向ける。


 ユーバ・ドライはそれまで耐えていたつもりだったようだが、やはり強制戦闘信号の支配を振り切ることは出来ずに再び瞳から光が消え失せる。黒鞘から抜き放たれた薄青の刀身が特徴の大太刀を鞘に納め、彼女もまた自然と戦闘準備を整えていた。

 秘匿任務は避けられなかった。どう足掻いても、世界はユーバ・アインスに苦行を強いてくる。茨の道を避けようという判断がそもそもの間違いだった。


 大太刀を握りしめて突っ込んでくるユーバ・ドライめがけて、ユーバ・アインスは『超電磁砲』の引き金を引いた。それが自分の中で、秘匿任務の開始の合図となった。

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