【第4話】

 素直に驚いた。


 索敵技能は傭兵団『黎明の咆哮』随一を誇るユーバ・アインスが、あの銀髪碧眼の女性型レガリアの存在を検知できなかったのだ。隠匿技能は7号機のユーバ・ズィーベンを超えると言ってもいい。

 普段であれば、どんな行動をしていたって敵性レガリアを索敵範囲内に確認すればユーバ・アインスは報告してくれるはずだ。その報告がなかったということは、索敵範囲内で確認できなかったのだ。


 銀髪碧眼の女性型レガリアは快活な笑みを見せ、



「【疑問】お、そこの人間は見たことない顔だな? 【挨拶】初めまして、当機アタシは自立型魔導兵器『レガリア』のユーバシリーズ3号機、ユーバ・ドライだ。よろしくな」


「【展開】超電磁砲レールガン


「【驚愕】うおおあッ!?」



 即座に白い砲塔を展開したユーバ・アインスは、ユーバ・ドライと名乗ったユーバシリーズ3号機めがけて白い光線をぶっ放す。

 かろうじてユーバ・ドライは背筋を仰け反らせて白い光線を回避するが、回避行動に巻き込まれた彼女の銀髪が白い光線に飲み込まれて千切られた。ぶすぶすと切断面から黒い煙が上がる。


 ユーバ・ドライは「【追及】何すんだよ!?」と叫び、



「【疑問】当機は何もしてねえだろうが」


「【報告】秘匿任務の開始、敵性レガリアの排除」


「【要求】待った待った、ストーップ!!」



 ユーバ・ドライは「【要求】話し合おうぜ、兄貴」と要求してくる。


 白い砲塔を構えたまま、ユーバ・アインスは判断できかねているようだった。

 相手はユーバ・アインスの妹機、そしてリーヴェ帝国に所属する自立型魔導兵器『レガリア』である。ここで野放しにしておけばハルフゥンを襲撃されかねない。特にユーバシリーズはたった1機だけでも100万人の命を奪えると噂のある天下最強のレガリアシリーズだ。


 エルドも密かに右拳を握りしめると、



「何だよ、話って。テメェに一体何の話が出来る?」


「【納得】なるほど、当機アタシがリーヴェ帝国に所属してるレガリアだってことから警戒しているな。警戒するのは分かるけど、今は違う」



 ヘラヘラとした笑みを消し去ったユーバ・ドライは、



「【回答】逃げてきたのさ、リーヴェ帝国から」


「逃げてきた?」


「【肯定】あそこはおかしい。内部がどんどんおかしくなっていってる」



 ユーバ・ドライは「【要求】頼むよ、兄貴」と言い、



「【要求】当機アタシを匿ってくれ」



 ☆



「馬鹿か?」


「面目ねえ……」



 結局、ユーバ・ドライをハルフゥンに連れ帰ってしまった。


 団長のレジーナから叱責の眼差しが突き刺さり、エルドは居た堪れなくなって思わず謝罪する。完璧にエルドが悪いので何を言われても仕方がない。

 ユーバ・ドライはリーヴェ帝国の内部事情に疑問を抱いて逃亡を図ったようだが、その情報を裏付ける証拠がない。今はまだユーバ・ドライの言葉を信じるしかないのだ。その言葉が嘘だった場合、傭兵団『黎明の咆哮』は皆殺しになるだけだが。


 レジーナはエルドの耳を引っ張ると、



「ユーバシリーズを2機も抱える余裕はないと言っただろう。何故その言葉が聞けない?」


「面目ねえ……」


「ユーバ・アインスの秘匿任務を忘れたのか。3号機だけ見逃すということが許されると思っているのか?」



 忘れた訳ではない、ちゃんと覚えている。


 ユーバ・アインスはリーヴェ帝国の壊滅と弟妹機である他のユーバシリーズの撃破を開発者である父親から命じられ、秘匿任務と称して今まで所属していたリーヴェ帝国を裏切った。これまで4号機から7号機まで撃破に成功し、残りは2機となっている。

 ここまで到達するのに、ユーバ・アインスはどれほど心を殺しただろうか。本当は共に開発された弟妹機を撃破するのは心苦しかったはずだ。リーヴェ帝国から逃げてきたというのであれば、わざわざ壊さなくてもいい。


 何より、



「これはアインスが望んだんだよ」


「ユーバ・アインスが?」


「匿ってやってくれってさ」



 ハルフゥンの様子が物珍しくて勝手に歩き回ろうとするユーバ・ドライを、ユーバ・アインスは「【叱責】大人しくしていろ」と制止させる。ちゃんとお兄ちゃんをしてやれている様子だった。

 ユーバ・ドライの保護を要求したのは、他でもないユーバ・アインスだ。リーヴェ帝国から逃げ出したのであれば、という判断なのだろう。エルドに「【要求】ユーバ・ドライを匿ってほしい」と頼んできたのだ。


 レジーナは深々とため息を吐き、



「1晩だけ寝床を貸してやる。明朝には我々の拠点から出ていけと伝えろ」


「俺が殺される」


「お前はいっそ、首でも刎ね飛ばしてもらえ。ユーバ・ドライは剣術の達人として設計・開発された白兵戦に適した機体だ、痛みさえ感じずにあの世へ行けるんじゃないか?」



 辛辣な台詞と共に、レジーナは仕事へ戻ってしまった。扱いが酷すぎる。


 エルドは頭を抱え、それからユーバ・アインスとユーバ・ドライへ視線をやる。

 今はユーバ・ドライに興味を示した非戦闘員の子供たちが、遠慮なしに「だれえ?」「あいんすにいちゃんのおよめさん?」「えるどのおよめさんじゃないの?」と問いかけている。子供とは恐ろしいものだ。よくもまあそんな自殺じみた質問が出来るものである。


 ユーバ・アインスが何かを答えるより先に、ユーバ・ドライが非戦闘員の子供たちに合わせて膝を折った。それから彼らの小さい頭を撫でる。



「【回答】当機アタシはユーバ・ドライ、ユーバ・アインスの妹さ」


「いもーと」


「しってる」


「かぞくなんだ」


「【肯定】そうだな、兄貴は当機アタシの大切な家族だよ」



 人懐っこい笑みを見せるユーバ・ドライに、非戦闘員の子供たちは非常に懐いている様子だった。ユーバ・アインスは無愛想で無表情のままなので、快活な笑顔を見せてくれるユーバ・ドライに子供たちが懐くのは必然のように思えた。

 ユーバ・アインスもどう反応していいのか困惑しているようで、ウロウロと銀灰色の双眸を彷徨わせていた。いつもの機械らしさが見る影もない。


 そんな彼らを引き裂くような事実をこれから伝えるのが、1番心苦しい。



「アインス」


「【応答】エルドか。【疑問】団長の反応は?」


「ダメだった」



 エルドは申し訳なさそうな表情で首を横に振り、



「ユーバ・ドライ、今日は寝床を貸してやるが明朝には出ていけと団長のお達しだ。ただでさえ睨まれてるのに、これ以上レガリアを匿う余裕はウチの傭兵団にない」


「【納得】そうかい」



 ユーバ・ドライの答えは非常に簡素だった。まるで最初から結果など分かっていた、と言わんばかりの反応だ。



「【回答】それでも当機アタシに寝床を貸してくれる寛容さはありがたいさ。【感謝】ありがとうな、義兄さん」


「おう…………ん?」



 何か、呼び方がおかしかった気がする。



「今、何て呼んだ?」


「【回答】義兄さんと呼んだけど」



 ユーバ・ドライはニヤリと笑うと、



「【回答】聞いたぞ、ウチの堅物兄貴を落としたらしいな。隅に置けねえな、義兄さんは」


「おい、止めろ。違うから違うから」


「【歓喜】遠慮すんなって、このこの。堅物でクソ真面目な兄貴にこんないい旦那が出来る日が来るなんて感激だなァ!!」


「止めろおい、そこは素肌だ指で撫でるんじゃねえくすぐったいだろうが。反応が親父臭えんだよ!!」



 ユーバ・ドライがぐりぐりと剥き出しになったエルドの脇腹を指先で突いてくるものだから、エルドは堪らず彼女の腕を払い除けた。それでもなおニヤニヤとした意地の悪い笑みは止まらない。

 途端に親父臭い態度を取り始め、見た目との乖離についていけない。いかにも触れてはならないような銀髪碧眼の美人なのに、中身はまるでオヤジだ。


 エルドと戯れる妹機に、何故かお兄ちゃんのユーバ・アインスは感動している様子だった。



「【感激】早速ユーバ・ドライが打ち解けている……」


「感動してる暇があるならコイツをどうにかしろ!!」



 調子に乗って「【感激】うえーい、お義兄ちゃんうえーい」と抱きついてくるユーバ・ドライを引き剥がしながら、エルドはユーバ・アインスに助けを求めるのだった。

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