【第5話】

「【興味】おおー、ここが義兄さんと兄貴の家か」



 そんな訳でエルドとユーバ・アインスが寝床にしているお家にユーバ・ドライをご招待である。


 戦争の影響で捨てられた一軒家は当時の雰囲気をそのまま残しており、ユーバ・アインスがこまめに掃除している為か床などに埃はない。台所や洗面所なども比較的綺麗な状態を維持されている。

 遠慮なしに室内へ足を踏み入れたユーバ・ドライは「【驚愕】意外と綺麗にしてんのな」などと言いながら、部屋の隅に置かれた長椅子ソファにドッカリと腰掛ける。その部分はあまり掃除をしていなかったのか、ぶわっと大量の埃が舞った。



「【悲鳴】ぶわッ!?」


「【警告】その長椅子ソファは随分と古めかしいので、そのままの状態で置いてあるだけだ。【補足】エルドの体重では壊しかねない」


「それはテメェも同じだろうがよ」



 舞い散る大量の埃と格闘するユーバ・ドライは「【非難】酷えよ、兄貴」などと文句を言い、



「【進言】客が来るかもしれねえんだから、掃除ぐらいしておくべきだろうがよ」


「【回答】客人を招待する予定は戦争が終了するまでない」


「【諦念】相変わらず堅物でクソ真面目な兄貴だな」



 ペッペと何かを吐き出す仕草をするユーバ・ドライは「【不快】口ん中に埃が入った……」と呟いていた。埃は精密機器にとって天敵ではあるが、ユーバ・ドライの仕草はまるで人間のようである。

 ぶつくさと文句を言っていたユーバ・ドライは「【展開】掃除道具クリーナー」と自らが有する兵装を展開する。どこからともなく出現した羽箒で長椅子ソファに積もった埃を払い落とし、叩いても埃が出てこないことを確認してからようやく腰を下ろした。長椅子にだらけて座る姿とか、完全に中年オヤジがやりそうな姿勢である。


 家主よりも先にだらけるとはこれ如何に。いや、エルドもこの家の主ではなく間借りしているだけに過ぎないのだが。



「おい、本当に大丈夫なのかよ」


「【回答】当機がエルド、ひいては傭兵団『黎明の咆哮』を守る。誰も傷つけさせない」



 ユーバ・アインスは胸を張って答え、



「【説明】3号機、ユーバ・ドライは気配を消す兵装を有している。【予想】当機の索敵機能で検知されなかったのは、おそらくその兵装を展開していたからだろう」


「何でそんなモンを展開する必要があったんだよ」


「【回答】リーヴェ帝国から逃げる為に決まってんだろ、義兄さんよ」



 長椅子ソファに寝転がって早速占拠するユーバ・ドライが口を挟んでくる。



「【説明】裏切ったとなりゃなァ、そらもう大変な訳よ。特に当機アタシら自立型魔導兵器『レガリア』は位置情報がリーヴェ帝国に筒抜けだからな」


「え?」



 エルドはユーバ・アインスへ振り返る。


 彼と行動を共にして随分と経過しているが、ユーバ・アインスもまたリーヴェ帝国から逃げ出してきた自立型魔導兵器『レガリア』である。ユーバ・ドライの話が本当なら、ユーバ・アインスの位置情報もリーヴェ帝国に筒抜けの状態ではないか。

 これは非常にまずい。傭兵団『黎明の咆哮』について調べられ、さらにハルフゥンへ大群で攻め込まれれば間違いなくエルドたちは大虐殺の標的にされる。戦闘要員どころか大人も子供も皆殺しである。


 エルドの視線で「テメェはどうなんだ?」という感情を察知したようで、ユーバ・アインスは淡々とした口調で答えてくれた。



「【回答】当機はリーヴェ帝国を離れる際、位置情報を完全消去してから脱出した。現在のリーヴェ帝国には当機の位置情報を把握できていないはずだ」


「それ大丈夫なんか、本当に?」


「【予想】おそらく正体不明のレガリアとして認識されているのではないだろうか? 目視で当機を確認してから初めて『敵機ではない』と認識していたのだろうな」



 ユーバ・アインスは「【補足】最近ではさすがにそのようなことは起こらないが」と付け加えた。

 リーヴェ帝国を脱走した時点ではまだリーヴェ帝国側にも味方であると認識されていただろうが、量産型レガリアも人工知能を機能改善されているはずだ。ユーバ・アインスを敵機として認識するように設計し直されていてもおかしくない。


 その時である。



 ――残存魔力最低ラインに到達しました。外部から魔力を摂取してください。


 ――展開中の自動回復機構を停止いたします。



 聞き覚えのある平坦な声が、残存魔力最低ラインがどうのこうのと情報を伝えてくる。


 どこかで聞き覚えがあると思えば、ユーバ・アインスが戦闘を始める際に高速で飛び交う情報の時に聞く声だ。そういえば今日も先程聞いたばかりである。

 だが不思議なことに、声が聞こえた方向にユーバ・アインスはいない。存在するのは長椅子に寝そべってだらけるユーバ・ドライである。


 彼女はしれっとした様子で、



「【要求】兄貴、飯作って」


「【疑問】何故当機が貴殿の食事まで用意しなければならない?」


「【回答】どうせ義兄さんの飯も作るんだし、いいだろ別に」



 長椅子ソファから起き上がることのないユーバ・ドライは、



「【補足】兵装を展開してるから魔力の減り具合が半端ねえんだよ。【要求】頼むよ兄貴、久々に兄貴が気まぐれで作ったナットとかボルトとか入った飯が食いたい」


「【遺憾】当機の料理技術はリーヴェ帝国に在籍していた時から格段に機能改善している。【要求】当機の料理技術に対する認識の是正」


「【要求】いいから作ってくれよ兄貴ィ」


「【嘆息】わがままっ子め」



 やれやれと肩を竦めたユーバ・アインスは、夕食の支度の為に台所へ向かう。確かに建物の外はすでに夕闇が迫っており、非戦闘員の子供たちが「そろそろ帰るぞ」「ご飯だ」と言っている。ユーバ・ドライがエルドの根城とする家屋にいるとは知らない様子だ。


 恐ろしいほど平和である。量産型レガリアも襲撃せず、怖いぐらいに何も起こらない。いいや、現在進行形でユーバ・ドライという爆弾を抱えているものの、今のところは襲撃するような姿勢を見せていない。

 そもそも自動回復機構に割く為の魔力を、リーヴェ帝国から逃れる為に使っている『気配を消す兵装』とやらに使用している影響もあって枯渇している状態だ。下手に戦えば自分が危ないということを理解できないほど愚かではないだろう。


 未だ警戒心を捨てないエルドに、ユーバ・ドライが何気ない口調で追いかけてくる。



「【疑問】なあ義兄さんよ、本当に兄貴の料理技術ってのは機能改善されてんのか?」


「あ?」


「【補足】だってよォ、兄貴の出す料理ってボルトとかナットとか金属片で構成されてんだもんよ。いやまあ食えなくはないんだけどな、不味いったらありゃしねえんだわ」


「えー……?」



 真剣な表情で言ってくるユーバ・ドライに、エルドは想像できずに首を傾げてしまう。


 エルドの今までの食事は、ほとんどユーバ・アインスが用意していた。そりゃ車中泊の時は朝食や昼食を携帯食料だけで済ませていたが、夕食になると「【警告】栄養価が偏る」と言ってまともな食事を出していてくれた。

 一体どこからこんな食事が出てくるのかと疑問に思えるほど立派な料理だし、食べられないものが混入していたということは今までで1度もない。だからユーバ・ドライの言葉は信じることが出来ないのだ。



「いやそんなことはなかったな……」


「【懐疑】本当かァ?」


「そんなモンを混入されてたら、俺は間違いなく死んでるからな」


「【予想】じゃあ兄貴の料理技術も上がってんのかな……」



 うーむ、と悩むユーバ・ドライ。

 銀髪碧眼という飛び抜けた美人だが、中身はまんまオッサンである。受け答えも態度も自立型魔導兵器『レガリア』っぽくなくて調子が狂う。噂では3号機のユーバ・ドライはユーバシリーズの中でも飛び抜けて戦闘力の高い白兵戦を得意とする機体と聞いていたが、評判が違いすぎる。


 エルドは複雑な顔を見せ、



「テメェは本当に見た目と中身と聞いてた話で全然違うな」


「【回答】当機アタシは最初からこんなだよ、義兄さん」



 そう言って、ユーバ・ドライは楽しそうに笑って見せた。

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