【第3話】

 部品も回収したところで、早速修理の開始である。



「【要求】戦闘用外装を解除してくれ」


「おう」



 ユーバ・アインスの要求に従い、エルドは右腕の戦闘用外装を解除する。


 ぷしゅー、という蒸気を噴き出してエルドの右腕から皮が剥がれ落ちるように戦闘用外装が外れた。

 戦闘用外装の下から現れた右腕は、鍛えられたエルドの体躯には不釣り合いなほど痩せ細っている。神経が壊死してしまい、指先1つ動かすことが出来ないのだ。


 外れた戦闘用外装を受け取ったユーバ・アインスは、慣れた手つきで指先の部品を取り外す。



「【疑問】油も差しておくか?」


「頼むわ」


「【提案】何箇所か稼働率の低下が見られるので、このまま当機が修繕を担う」


「おう」



 さすがに自分の戦闘用外装の事情は分からないので、ユーバ・アインスに全部任せることにする。そうすれば外れはない。

 本来なら資格を持つドクター・メルトに頼むべきなのだろうが、彼女は徹夜が続いた影響でふらふらの状態だったところをユーバ・アインスが強制的に眠らせた次第だ。傭兵団『黎明の咆哮』には専属の魔導調律師が他にいないので、必然的に何でも出来てしまうユーバ・アインスに頼ってしまうことになる。


 順調に全ての指の部品を外し、ユーバ・アインスは新しい指の部品と交換する。真新しい指先がくっついていく様を、エルドはただぼんやりと眺めていた。



「悪いな、天下のユーバシリーズ様にそんなことまでやらせちまうなんて」


「【回答】エルドが気にすることはない。当機が望んだことだからだ」


「レガリアにも欲ってあるんだな」


「【回答】当機はエルドの相棒だ。相棒が万全の姿勢で戦えるように補佐することは当然だと判断する」



 ユーバ・アインスは指先の部品を付け替えると、エルドに戦闘用外装を差し出してくる。



「【要求】装着し、指の動きの確認をしてほしい。【補足】エルドが動かしながら当機が指の調整を行えば、貴殿の思う通りの調整具合に加減することが可能」


「なるほどな」



 エルドはユーバ・アインスの説明に納得し、右腕に戦闘用外装を嵌め込む。

 真新しい指先の部品はまだエルドの指先として馴染まず、少しばかり動きが鈍いように思える。1人でジャンケンをするように動かしてみるも、滑らかな動きが出来ていない。


 ユーバ・アインスがエルドの指先に手を伸ばし、同じくドクター・メルトのテントから持ってきた機械油のチューブを指先の隙間に流し入れる。馴染ませるようにエルドの右手指を動かして、滑りを良くしてくれた。



「【疑問】どうだ?」


「まあまあ」


「【疑問】あとは何が必要だろうか」


「慣れだな。動かして慣らさなきゃ始まらねえ」



 適当に指先を動かしてやりながら、エルドは「なあ、アインス」と提案する。



「ちょっと指先の動きを慣らしてえから、訓練に付き合ってくれ」


「【肯定】構わない。【疑問】どうすればいい?」


「天下最強のレガリア様に頼むのは申し訳ねえし、あと俺が軽く死にそうになるんだけどな」



 グッと拳を作って、エルドは言う。



「戦闘訓練だよ」



 ☆



 ハルフゥンから距離を置いた平原で、エルドはユーバ・アインスと対峙していた。


 正直な話、相手が味方だったとしても緊張してしまう。世界中の色という色から忘れられたような存在である真っ白な自立型魔導兵器『レガリア』は、天下最強と名高いユーバシリーズの初号機だ。

 受けた攻撃を解析し、自分自身の兵装として『模倣コピー』することを得意とするユーバ・アインス。かつて様々な戦場を多種多様な兵装を用いて渡り歩いたその様は『白い破壊神』と有名だ。


 そんな相手に戦闘訓練を頼むのは、些か気が引ける。下手をすればエルドが2度ほど死にかねない愚行だ。



「アインス、ちゃんと手加減してくれよ。いきなり『超電磁砲レールガン』とかやられたら俺死ぬからな」


「【回答】問題ない、状況はエルドの戦闘訓練であると把握している」



 平原の真ん中に立つユーバ・アインスは、そっと銀灰色ぎんかいしょくの瞳を閉じる。



 ――通常兵装、起動準備完了。


 ――非戦闘用兵装を休眠状態に移行。戦闘終了まで、この兵装を使うことは出来ません。


 ――残存魔力94.56%です。適宜、空気中の魔素を取り込み回復いたします。


 ――彼〈アルヴェル王国所属、傭兵団『黎明の咆哮』エルド・マルティーニ〉我〈自立型魔導兵器レガリア『ユーバシリーズ』初号機〉戦闘予測を開始します。


 ――戦闘準備完了。



 あらゆる情報が高速で駆け巡っていき、それからユーバ・アインスの手に見慣れた純白の盾が出現する。いつもは敵の量産型レガリアを相手にした時に提示される情報群が、エルドの戦闘訓練でも聞けるとは何だか変な感じだ。

 そっと瞼を開いたユーバ・アインスの銀灰色の双眸が、真っ直ぐにエルドを見据える。ゾッと背筋が粟立つ感覚。これが天下最強の称号を今もなお示し続けるユーバシリーズの覇気か。


 そろそろ本気で思考回路を切り替えなければまずい。戦闘訓練で最大限に手加減されていると言っても、相手は超優秀な自立型魔導兵器『ユーバシリーズ』が初号機なのだ。



「行くぞ、アインス」


「【了解】状況を開始。【設定】エルドを主体とした訓練で戦闘予測を開始、戦術更新間隔を3秒から5秒に変更。防御主体の戦術を設定」



 純白の盾を突き出すユーバ・アインスめがけて、エルドは拳を握る。



「――――ォオオッ!!」



 裂帛の気合いと共に、エルドはユーバ・アインスが突き出した盾へ拳を叩きつけた。


 ゴイン!! という鈍い音が耳朶に触れる。殴った感触もあった。

 ユーバ・アインスは衝撃を逃がす為に3歩ほど下がっただけで、純白の盾には傷さえついていない。彼の表情も眉毛すら変わらず平然と盾を構えているだけだった。


 やはり防御力に振られているだけあって、非常に硬い盾だ。まるで壁を殴っているような気分になる。



「ゥラアッ!!」



 さらにエルドはユーバ・アインスの盾を続けて殴る。

 ガンガンゴンッ!! という耳障りな音。右腕の戦闘用外装は膨れ上がった見た目に相応しい頑丈さも誇るのだが、指先からジンと痺れるような不思議な感覚があった。おそらく左手で何度も硬い壁を殴り続けたら同じような感覚を味わうことが出来る。


 ユーバ・アインスは動かない。純白の盾を構えたまま、エルドの右拳を物ともせず攻撃を受け続けている。



「【展開】自動拳銃ハンドガン


「ッ」



 不意にユーバ・アインスが攻撃に転じた。


 エルドの突き出された右拳を純白の盾を使って上手く受け流したと思えば、純白の盾が変形して真っ白い拳銃となる。まるで玩具のような見た目をしていた。

 即座にエルドは右手を広げて盾のように身体の前へ突き出す。それと同時に発砲音が耳を劈き、右の手のひらに強い衝撃が突き抜けていった。



「え、俺の右手って無事か?」


「【回答】威力は量産型レガリアに搭載されている兵装と同程度に抑えた」


「こんな強くなったような気がする……」



 相手がユーバ・アインスだからか、その威力もなかなか強めに設定されているのだろうか。あれで量産型レガリアに搭載された兵装と同程度に抑えたと言うのであれば、本気を出せば右腕の兵装を吹き飛ばされかねない。

 やはり天下最強のレガリアが味方であってくれてよかった。こんなものと戦場で鉢合わせれば、間違いなくエルドの身体には風穴が2つも3つも開くことになる。生きていられる自信がない。


 その時だ。



「【疑問】何だ何だ、兄貴。随分と緩い戦い方だけど、戦闘訓練でもしてンのか?」



 研ぎ澄まされた刃のような気配が首筋を撫でる。


 声の投げかけられた方角へ弾かれたように視線をやれば、そこには見たことのない人物が立っていた。

 透き通るような長い銀髪は膝裏に届き、エルドとユーバ・アインスを見据える瞳は色鮮やかな青色をしている。勝ち気で好戦的な印象を与える顔立ちはちゃんと見れば美人に属し、小柄で華奢な体躯は軍服のような服装に包まれている。


 大胆不敵に笑うその人物は女性型レガリアだろうか。シャツの布地を押し上げる豊かな胸元は立派なもので、胸部を強調するように腕を組んで仁王立ちする姿は自信に満ち溢れている気配があった。



「【驚愕】ユーバ・ドライ……!?」


「【挨拶】久しぶりだな、兄貴。また会えて嬉しいぜ」



 驚くユーバ・アインスをよそに、その銀髪碧眼が特徴的な女性型レガリアは笑ってみせた。

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