【第2話】

「ん? エルド、ユーバ・アインス。周辺の索敵をしていたのでは?」


「指先の稼働率が落ちてるんだよ。このままじゃ量産型レガリアと戦った時に改造部分が破壊されましたってオチになりかねねえだろ」



 拠点であるハルフゥンへ帰還を果たしたエルドとユーバ・アインスを出迎えたのは、団長であるレジーナ・コレットだった。どうやら団長らしく経営の仕事の真っ最中な様子で、数枚の書類をペラペラと捲っているところだった。


 エルドが右腕の戦闘用外装を掲げれば、レジーナは「いつも見ておけと言っているだろう」と小言を呟く。怜悧れいりな印象を与える緑色の瞳で睨みつけられると背筋が凍るような感覚が襲いかかった。

 確かにちゃんと見なかったエルドが悪いので、叱られても文句は言えない。言い訳も思いつかないので、とりあえずそっぽを向いておくことにした。


 レジーナは深々とため息を吐き、



「ドクターはテント内にいる。見てもらってこい」


「【報告】その必要はない。エルドの改造部分は当機が修理・調律を担う」


「そうなのか」



 それまで怒り気味な雰囲気だったレジーナが、ユーバ・アインスの報告を受けた途端にニヤニヤとした笑顔を浮かべ始める。肘でエルドの脇腹を軽く小突いてくる様は、まるでオヤジだ。



「へえ? へええ?」


「何が言いたいんだよ、姉御」


「いや、実にいい嫁を貰ったなと思ってな」


「うるせえな」



 ニヤニヤと粘ついた笑顔を見せるレジーナを放置して、エルドはさっさとドクター・メルトがいるテントに向かう。


 傭兵団『黎明の咆哮』の専属魔導調律師であるドクター・メルトは、改造部分の修理・開発も執り行うので改造用に使われる部品がたくさんある。言えば少しだけ分けてもらえそうだが、それと同時にやたら興奮しながら「診察ですよぅ、診察!!」と言いながらあれこれ余計な機能をつけられかねない。

 確かに腕の立つ魔導調律師なのだが、改造部分や機械などの無機物が好きすぎてすぐに「ハアハア」してしまうのが玉にきずだ。特に最初の頃なんかはユーバ・アインスもドクター・メルトの魔の手から必死に逃げ回っていたような気がする。天下最強のユーバシリーズにそこまでさせるのは、後にも先にもメルト・オナーズという女性だけだ。


 せめて何か言われませんように、と願いながらエルドは『ドクター・メルトの診察室』という札が下がったテントの前に立つ。



「ドクター、入るぞ」



 専属の魔導調律師で、いくら機械を前にすると「ハアハア」してしまうとは言っても相手は女性である。もしかしたら着替え中ということもあり得るので、エルドはお伺いを立てる。

 ところが不思議なことに、ドクター・メルトは反応しない。テントの向こうからは何やら話し声は聞こえるのだが、その内容までは不鮮明すぎてよく分からなかった。


 エルドはユーバ・アインスへ振り返ると、



「いるよな?」


「【肯定】確かに存在している」



 ユーバ・アインスもしっかりと頷いた。やはり間違いなく、このテントにいるようだ。



「ドクター?」


「ひゃいッ!?」



 テントの布を捲れば、甲高い悲鳴が聞こえてきた。

 ボサボサの緑色の髪と疲れたような光を宿す琥珀色の双眸、もう何日も寝ていないのか愛らしい顔立ちはやつれているようにも見える。機械油を頬にべっとりと付着させ、同じく機械油に塗れた白衣と茶色の作業着をずるずると引き摺っていた。


 両腕の改造部分――レンチやドライバーなどの工具がいくつも展開された異様な見た目の両腕を振り回して、ドクター・メルトは「どうしたんですか!?」と慌てた口振りで問いかけてくる。



「エルドちゃんがアタシのテントに来るなんて珍しいですねぇ。調律ですかぁ?」


「いンや、俺の指先の部品がほしい」


「あれ? 指先の稼働率が悪いですか? ちょっと診せてください」



 ドクター・メルトが工具の突き出た両腕をエルドの戦闘用外装めがけて伸ばしてくるが、



「【提案】ドクター・メルト、少し寝た方がいい」



 ユーバ・アインスがすかさずドクター・メルトの手を遮り、寝るようにと進言する。



「何でですかぁ? アタシは傭兵団『黎明の咆哮』お抱えの魔導調律師ですよぅ。エルドちゃんの改造部分を診察するのもアタシのお仕事ですぅ」


「【拒否】寝不足でふらふらの状態で、エルドの改造部分に触れてほしくない。【提案】早期の就寝、休息を」


「アタシにはお仕事がまだ残ってるんですよぅ!! いいから診せる!!」


「【拒否】寝不足の状態である貴殿に診察させる訳にはいかない」



 不満げに唇を尖らせるドクター・メルトに、ユーバ・アインスは彼女の頭を鷲掴みにする。

 何をするのかと思えば、真っ白いレガリアは暴れるドクター・メルトに向かって何やら兵装を展開したようだ。ドクター・メルトの頭を鷲掴みにする手が白く輝いたかと思えば、次の瞬間にはドクター・メルトが安らかな表情ですやすやと眠っていた。


 眠るドクター・メルトを横抱きにしたユーバ・アインスは、



「【要求】エルド、ドクター・メルトはどこに寝ている?」


「テントの奥にベッドがあるはずだぞ」


「【了解】分かった」



 コクンと頷いたユーバ・アインスは、抱えていたドクター・メルトをそっとベッドに転がした。ご丁寧なことに布団までかけてやり、しっかりと眠りの姿勢を取らせてやる。

 ドクター・メルトは自分がベッドに運ばれたとも知らずに、すやすやと眠り続けていた。控えめな胸元も僅かに上下しているので、眠っていると判断してもいいだろう。ユーバ・アインスのことだから、急にドクター・メルトを昏睡状態にさせるような真似はしなさそうだ。


 ユーバ・アインスはドクター・メルトが眠ったことを確認してから周囲を見渡す。



「【報告】エルドの指先の部品を発見した」


「見つけるのが早いな」


「【回答】部品の型番、構造などを読み込んだ」



 数多くの部品を詰め込んだ箱がずらりと並ぶ棚から、ユーバ・アインスは迷いもなく1つを選ぶ。箱の蓋を開けると見慣れた指先が大量に詰め込まれていた。

 エルドだけではなく、他の傭兵たちも使う為にこれほど大量の部品を用意する必要があるのだ。エルドの改造部分は自立型魔導兵器『レガリア』のようにたった1機だけしか存在しないということはなく、形式は違えど中身の部品は他人の同じようなものばかりだ。


 いくつか指先の部品を見繕ったエルドは、



「なあ、アインス」


「【疑問】何だ?」


「ドクター・メルトに何の兵装を使ったんだ? まさか昏睡させて永遠に目覚めないってことはねえよな」



 ユーバ・アインスは銀灰色の双眸を瞬かせると、



「【報告】当機が使用した兵装は、睡眠を促す非戦闘用兵装『安眠起床スリーピング』というものだ。【説明】この兵装は快眠に適した周波数を脳に叩き込むことで睡眠を誘発、すっきりと目覚めることが出来る」


「便利だな」


「【提案】エルドも夢見が悪い時にお勧めする。夢も見ずに翌朝を迎えることが可能だ」


「考えておくわ」



 エルドは基本的に寝つきがいいので、ユーバ・アインスの『安眠起床』にお世話となる日は来ないかもしれない。まあどうしても眠れない日なんかは哨戒任務に参加するので、絶対に眠れないということはないが。


 部品を見繕ったら、あとは修理をしてもらうだけである。

 指先の部品交換なので、それほど時間はかからなさそうだ。ユーバ・アインスにはかつて戦闘中に吹き飛ばした指先を修繕してもらったことがある。余計なことをしてくるドクターよりも信頼できるかもしれない。



「ん?」



 エルドは首を傾げた。


 床に受話器が放り捨てられているのだ。

 広域に使われる通信装置である。誰かと連絡を取っていたのだろうか?


 放り捨てられた受話器を拾い上げたエルドは、試しに受話器を耳に当てる。



「もしもし?」



 呼びかけるが、受話器はすでに通信が切れているのか『ツー、ツー』という音しか聞こえなかった。



「誰と通信していたんだろうな」


「【予想】他の傭兵団から情報収集していたのでは?」


「それって姉御の仕事じゃねえの?」



 エルドは受話器を通信装置に戻してやり、それ以上は考えることを止めた。考えても分からないことだってあるのだ。

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