第7章:朽ち果てた玉座に座る傀儡の王

【第1話】

「他に情報は?」


「小さい街なのに数えるのが嫌になるほどレガリアがいるんだよ」


「まさかゲートル共和国を襲撃する作戦か?」



 傭兵団『黎明の咆哮』内に様々な憶測が飛び交う。


 ゲートル共和国からほど近い集落、ハルフゥンが自立型魔導兵器『レガリア』に占拠されたと話を受けたのはつい先程のことだ。戦闘要員たちの間に広まった話は、徐々に現実味を帯びてきた。

 このままゲートル共和国に滞在するのも吝かではないのだが、改造人間がいつまでも人里に滞在してしまうと自立型魔導兵器『レガリア』の襲撃を受けた時に非戦闘員の一般人にまで迷惑をかけてしまう。死者を出した場合、責任を取ることが出来ない。


 エルドは日傘を差して『全身から色素が抜けたアルビノ』という役目に徹するレガリア――ユーバ・アインスへ振り返る。



「アインス、外側はどんな状況だ?」


「【回答】ハルフゥン周辺に多数の自立型魔導兵器『レガリア』の反応を確認した。不法占拠されているのは間違いない」



 ユーバ・アインスは淡々とエルドの疑問に応えて、



「【報告】不法占拠を実行しているレガリアは、量産型のみで構成されている。当機であれば奪還も容易い。【要求】現地での戦闘許可」


「姉御、アインスがこう言ってるぞ」



 他の戦闘要員や情報収集を担当とする同志と話をしていたレジーナへ視線をやれば、彼女は「そうだな」と頷いた。



「数名の戦闘要員を派遣しよう。非戦闘員はゲートル共和国で待機だ」


「その派遣する戦闘要員に俺の名前は?」


「当然、入っているに決まっているだろう」


「うええ」



 笑顔でそんなことを言うレジーナに、エルドは顰めっ面で呻いた。傭兵団『黎明の咆哮』の稼ぎ頭なのでそうなるだろうとは思ったのだが、やはり現実のこととなってしまった。誰が進んで自立型魔導兵器『レガリア』が大量に蔓延る戦場に向かいたいのか。

 だが、選ばれてしまった以上は仕方がない。ここで稼げるだけ稼いで、戦争が終わったあとに待ち受ける旅行の資金にしなければならないのだ。戦争終結後、改造人間が生きられる場所など限られてくる。


 エルドは「仕方ねえな」と肩を竦め、



「アインス、行くぞ」


「【了解】その命令を受諾する」



 真剣な表情で頷いたユーバ・アインスを引き連れて、エルドは地下駐車場に向かうのだった。



 ☆



 四輪車をかっ飛ばしせば、大体30分程度でハルフゥンに到着した。


 規模の小さめな家屋がいくつか密集しただけの集落に、数え切れないほどの自立型魔導兵器『レガリア』が歩き回っている。つるりとした真っ黒い頭部にチカチカと赤い2つの光が明滅し、獲物を探して小さな集落の道を行ったり来たりしていた。

 量産型レガリアだったらハルフゥンなどという地図上から消えた街など占拠せず、直接ゲートル共和国を襲撃すればいいだけだ。量産型レガリアはシリーズ名で管理される自立型魔導兵器『レガリア』と違って変えが効くのだから、いくら壊れてもリーヴェ帝国の懐が痛むはずはない。


 四輪車から降りて戦闘用外装を右腕に装着するエルドは、



「何だってこんな大勢で無名の集落に詰めかけてんだよ……」


「…………」


「おい、アインス?」



 ユーバ・アインスはエルドの呼びかけに応じない。

 彼の銀灰色の双眸は、真っ直ぐに量産型レガリアが占拠するハルフゥンの街並みを眺めていた。規則性を持つことなく歩き回る量産型レガリアに、何か思うところがあるのだろうか。


 相棒の異変に首を傾げるエルドに、同行した戦闘要員が「作戦会議しようぜ」と言ってきた。自立型魔導兵器『レガリア』の軍勢に少数精鋭で挑むのだから、作戦会議は必須だ。



「まずどうやってハルフゥンの街に突撃するか……」


「正面から突っ込んだら確実に蜂の巣となるぞ」


「ここは裏から回って挟み撃ちするか……?」



 真剣に作戦を立てる戦闘要員たち。彼らだって死にたくないのだ、普段は真面目ではないがこの時ばかりは本気で意見を出し合っている。



「【提案】当機が囮となろう」


「アインス?」



 すると、今までハルフゥンの街並みを眺めていたユーバ・アインスが口を開いた。



「【報告】ハルフゥンを占拠している量産型レガリアの数は382機となっている。挟み撃ちをする作戦は有効だ。【提案】当機には標的を集中させる兵装があるので、それを使用する。当機が量産型レガリアを引きつけているうちに、素早く挟撃を」



 確かにユーバ・アインスだからこそ可能とする作戦だ。

 彼は自立型魔導兵器『レガリア』の中で、今でも最強と呼び声の高いユーバシリーズ初号機だ。防御力はもはや大砲を受けても揺るがないほど高く、掲げる純白の盾はどんな相手の攻撃だって通さない。それは量産型レガリアのみならず、彼の弟妹機の攻撃であっても。


 ユーバ・アインスであれば自動回復機構で傷も修復できるから、囮役を引き受けても問題はない。味方が死なず、かつ敵兵を多く屠るには最適な作戦だ。



「じゃあ、アインスが残るなら俺も残るわ」


「エルドもかよ」


「大丈夫か?」


「心配すんなよ、悪運だけは強いんだ」



 エルドは規格外の改造を施されて膨れ上がった右腕の兵装をガシャンと鳴らし、



「相棒がここに残るって言ってるからな」


「嫁想いだな」


「だな」


「相思相愛?」


「殴るぞテメェら」



 こんな状況でも茶化してくる仲間たちが恨めしい。これぐらいのやり取りがなければ、精神的にも参ってしまうことだろう。



「【疑問】エルドは本当にいいのか?」


「後悔しねえ」



 首を傾げる純白のレガリアに、エルドは当然とばかりの口調で応じた。



「だってテメェが守るんだろ?」


「【肯定】当機はエルドを守ると決めた。それは揺らがない事実だ」


「ほら、俺の命は保障されたものじゃねえか」



 ユーバ・アインスが守ってくれるのであれば、エルドが死ぬような心配はない。少なくとも量産型レガリアの前ではまだ生きていられる。

 天下最強と名高いユーバシリーズ初号機に守ってもらうとは贅沢なことだが、ここでサボっているとあとで団長のレジーナから減給を言い渡されてもおかしくない。守られていようとエルドだって真面目に働く。


 銀灰色の双眸を瞬かせたユーバ・アインスは、



「【了解】エルドの申し出を引き受けよう」


「おう」



 仲間の戦闘要員どもを見送り、エルドとユーバ・アインスは量産型レガリアが犇めくハルフゥンの街へ向き直る。


 敵の数は382機だ。少ないように見えるが、少数精鋭で挑むレガリアの数にしては多い方である。量産型とはいえ甘く見ていれば死んでしまう。

 大きな右拳を握りしめるエルドは、



「アインス、平気か?」


「【回答】当機の状態は問題ない」


「いや、ハルフゥンの量産型レガリアに思い入れでもあるのかと思って。じっと見つめてただろ」



 エルドが指摘したのは作戦会議前、ユーバ・アインスがハルフゥンの街並みをじっと見つめて微動だにしなかった時のことだ。

 今思えば敵機の数を計測していたのだろうが、どこか様子がおかしかったのは事実である。量産型レガリアを気にしているような気配があったのだ。


 ユーバ・アインスは少し間を開けてから、



「【予測】おそらく、あの量産型レガリアを統括しているのは4号機だ」


「4号機っていうと、テメェの……」


「【肯定】ユーバ・フィーアだ」



 ユーバ・アインスは純白の盾を構え、



「【回答】まだ確証はない。もしかしたらリーヴェ帝国の命令を受けた量産型レガリアが占拠しただけに過ぎないかもしれん」


「そうだな。まだ分からねえことは多い」



 本当に4号機――ユーバ・フィーアが統括しているのだとすれば、相手の意図は何だろうか?

 それを探る意味合いでも、この戦場は重要なものである。しっかり勝たなければ、傭兵団『黎明の咆哮』の拠点はない。


 ユーバ・アインスは「【展開】標的集中ターゲット」と兵装を展開し、



「【警告】エルド、来るぞ」


「おうよ!!」



 兵装が展開されると同時に、ハルフゥンを占拠する量産型レガリアの視線が集中した。

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