【第7話】

「あー、疲れた……」



 宿泊先であるホテル・フェリーンに帰ってきたエルドは、綺麗なベッドに倒れ込む。


 疲労で身体が重たく、戦闘用外装を解除することすら億劫だ。柔らかなベッドに全身を預ければすぐに眠気が襲いかかってくる。

 いいや、せめて戦闘用外装を外さなければならない。あとは着替えて、部屋に備え付けられたシャワーを浴びることが出来れば上々だ。正直な話、そこまで出来る気力がないのだが。


 ベッドに倒れ込んだエルドは、何とはなしに隣のベッドへ視線をやる。



「…………?」



 隣のベッドを使うはずだったユーバ・アインスがいない。ベッドがもぬけの殻である。

 おかしい、部屋へ戻ってくるまでは後ろをピッタリとくっついてきていたはずだ。光学迷彩を展開しているので姿形は認識できないが、背後から忍び寄るユーバ・アインスの気配だけは何となく察することが出来ていたはずなのに。


 エルドはベッドから身を起こしてユーバ・アインスを探すが、



「――うおおおッ!?」



 玄関に視線を投げたら、俯き気味に佇む真っ白い幽霊がいた。

 よく見れば、ユーバ・アインスである。部屋に入った途端に光学迷彩を解除したのだろう、彼の姿はきちんと認識できるようになったが薄暗い部屋の中にポツンと立ち尽くしている様は恐ろしいものがある。


 エルドは棒立ち状態のユーバ・アインスに歩み寄り、



「どうしたんだよ、そんなところで。部屋に入れ」


「…………」


「ほら」



 エルドがユーバ・アインスの手を引いてやれば、彼はなすがままに引きずられる。膝から崩れ落ちるようなことななかったが、エルドにされるがままだ。

 腕を引っ張られた状態で部屋の中に導かれ、エルドは自分の使うベッドにユーバ・アインスを座らせる。ユーバ・アインスは黙ってベッドに腰掛けるが、銀灰色の双眸を足元に向けたまま何も言わない。


 試しにエルドは左手をユーバ・アインスの目の前で振ってみるが、



「おーい」


「…………」


「どうしたんだよ、一体。何かあったか?」


「…………」



 ユーバ・アインスは何も答えない。


 このままでは埒が開かない。エルドの言葉が届いていないのであれば、ユーバ・アインスの中で何かがあったのだ。それを解決する手立てをエルドは有していない。

 彼の開発者ならば頭でも胸部でも開いて調子を確かめたのだろうが、そもそもエルドには自立型魔導兵器『レガリア』を修繕するほどの脳味噌を持っていないのだ。出来る可能性がある人物と言えば魔導調律師のメルト・オナーズぐらいのものだが、彼女の場合は絶対にユーバ・アインスが抵抗しないのをいいことに好き勝手いじりそうだ。


 このまま放っておいたら、話してくれるだろうか。今のエルドには、そうするしか出来ない。



「俺は風呂に行ってくるから、考えが纏まったら話してくれ」


「…………」



 戦闘用外装を慣れた手つきで解除して、エルドは部屋に備え付けられた浴室に向かうのだった。



 ☆



 温かなお湯と共に疲労感もサッパリと洗い流し、エルドはくすんだ金色の髪をガシガシとタオルで拭いながら部屋に戻る。


 シャワーを浴びる前と部屋の光景は変わっていなかった。

 ユーバ・アインスは相変わらず俯き気味にベッドへ腰掛け、微動だにしていない。瞬きすらしていないのだ。これはもはや異常である。


 エルドはユーバ・アインスの前にしゃがみ込むと、



「考えは纏まったか?」


「…………」



 ユーバ・アインスは、ようやく顔を僅かに持ち上げる。



「【報告】エルド、当機は貴殿の隣にいるべき存在ではない」


「…………ん?」



 今度はエルドが疑問を持つ番だった。


 何も話が読めなかった。

 ユーバ・アインスの口から、どうしてそんな否定じみた報告を聞かなければならないのだろうか。



「…………5号機のお嬢ちゃんに、何か言われたか?」


「【肯定】ユーバ・フュンフに『改造人間を何人も殺したのに、平然と改造人間の隣を歩くのはおかしい』と指摘を受けた」


「なるほどな」



 ユーバ・アインスは現在、アルヴェル王国所属の傭兵団『黎明の咆哮』預かりのレガリアだ。星の数ほど存在する自立型魔導兵器『レガリア』の中でも特に最強と名高いユーバシリーズの初号機は、その強さも折り紙付きである。

 かつて、その強さはアルヴェル王国の敵であるリーヴェ帝国の為に振るわれてきた。何人もの改造人間がユーバ・アインスの兵装によって殺害され、いくつもの領土を制圧されてきた。


 命じられるがままに、命じられた通りに。



「【報告】当機は当初、秘匿任務を完遂後に自爆するつもりでいた」


「…………」


「【補足】もしくは当機が自爆することで、リーヴェ帝国を滅ぼすつもりでいた。それが出来なくなった」


「…………」


「【回答】戦争終結後、エルドの旅についていくと言った。それは当機が望んだことだ」


「…………」


「【結論】でも、当機はエルドと共にいるべきではない。リーヴェ帝国の兵士として改造人間を殺戮した過去がある以上、エルドの隣には」


「なあ」



 ユーバ・アインスの言葉を遮るように、エルドは口を開く。



「テメェ、さっきから当たり前のことで悩んでたのか?」


「……【疑問】当たり前とは?」


「戦争なんだから改造人間が死んじまうのは当たり前だし、レガリアだって破壊される世の中だろ。俺だってテメェのお仲間を何機も撃破してんだぞ」



 ユーバ・アインスが何人もの改造人間を屠ったように、エルドも過去に何機もの自立型魔導兵器『レガリア』を破壊してきた。量産型に始まり、シリーズ名で管理されるレガリアだって他の戦闘要員と一緒に撃破してきたのだ。

 目の前の真っ白いレガリアが人殺しと罵られるのであれば、エルドもリーヴェ帝国から機械殺しと呼ばれなければおかしい。ユーバ・アインスがエルドの隣にいる資格がないと嘆くなら、何機ものレガリアを撃破してきたエルドだってユーバ・アインスの隣にいるべきではないのだ。


 エルドはユーバ・アインスの頬を撫でると、



「なあ、アインス。たとえアインスが人殺しって言われようと、俺はアインスに生きていてもらいてえよ」


「…………」


「だから、最後は自爆するとか悲しいことを言わないでくれ。アインスは、何も間違ったことをしてねえんだから」


「…………」



 ユーバ・アインスはエルドの左手に頬擦りをすると、



「【感謝】貴殿は、やはり優しいな」


「おう」



 どちらにせよ、アルヴェル王国とリーヴェ帝国の間ではたくさんの屍の山が築き上げられてきた。エルドも、ユーバ・アインスも、互いに互いの敵を勝利の為に殺したのだ。

 ユーバ・アインスは命令されて、エルドは生き残る為に敵兵を殺しただけにすぎない。いずれは互いに地獄へ堕ちることだろう。


 だからせめて、生きている間は求めていたっていいだろう。



「【要求】エルド、今日は休眠状態に移行しないでいいだろうか?」


「あん? 何でだよ、ちゃんと休めるのか?」


「【補足】当機に休息は必要ない。休眠状態に移行せずとも、空気中の魔素を適宜取り込んで回復するので問題はない」



 ユーバ・アインスは両腕を広げると、



「【要求】エルド、今日は一緒に寝たい」


「子供か、テメェは」


「【否定】当機の年齢設定は29歳程度とされている。貴殿とそう年齢は変わらない」


「つってもまだ20代かよ、羨ましいことだな」



 エルドは「仕方がねえ」と肩を竦め、ベッドにユーバ・アインスを押し倒す。

 驚いた様子で銀灰色の瞳を見開くユーバ・アインスの隣に身体を横たえ、眠たげに大きな欠伸を1つ。抱き枕の代わりに純白のレガリアを抱き寄せるが、ちょっと硬くて表面も冷たかった。風呂上がりの温かさが台無しになる勢いである。


 瞳を閉じるエルドは、



「寒……」


「【展開】温度調節ヒーター


「お」



 抱き寄せるユーバ・アインスの温度が徐々に上昇する。まるでカイロのようだ。


 エルドの胸板に額を寄せるユーバ・アインスは「【疑問】どうだ?」と問いかけてくる。彼の手はエルドの背中に回されて、ついでと言わんばかりに足まで絡めてきた。絶対に離さないという強い意思が見て取れる。

 ユーバ・アインスが発する熱が心地よく、また疲労感もあってかエルドに振り払えない強い眠気が襲いかかってくる。ユーバ・アインスの温かな身体をさらに抱き寄せてから、



「おやすみ、アインス……」


「【挨拶】おやすみ、エルド。いい夢を」



 耳に優しい穏やかな声を最後に、エルドの意識は眠りの世界に旅立った。

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