【第6話】
「姉御、こんぐらいでいいか?」
ゲートル共和国の外側に出たエルドたちは、5号機のユーバ・フュンフと6号機のユーバ・ゼクスを埋葬することにした。
5号機の少女型レガリアは頭部を撃ち抜かれ、6号機の少年型レガリアは全身が溶け落ちている。見るも無惨な死に様である。
眠るような穏やかな表情で機能停止している2機のレガリアを見下ろし、エルドは無言で土をかけてやる。
「これでいいモンかね」
「【回答】問題はない。彼らは機能停止している故に、動くこともないだろう」
弟妹機が土に埋められていく様を黙って観察していたユーバ・アインスは、淡々とした口調で応じる。
「戻るか」
「…………」
「アインス?」
ユーバ・フュンフとユーバ・ゼクスを埋めた箇所を見つめたまま、ユーバ・アインスは動こうとしない。変わらぬ無表情で彼らの墓として突き立てられた手作りの十字架を凝視している。
敵兵だったとはいえ、ユーバ・フュンフとユーバ・ゼクスは共にユーバ・アインスの弟妹機だった。エルドには馴染みないが、過ごした期間の長いユーバ・アインスにとっては何か考えるべきことがあるのだろう。
このまま放置しておいた方がよさそうだ。今は彼にも色々と整理をする時間が必要である。自立型魔導兵器『レガリア』に整理の時間が必要なのか不明だが。
エルドは近場にあった岩に腰を下ろすと、
「姉御、俺はここに残る。アインスが心配だ」
「そうか、ならば私も残るか」
「姉御は先にゲートル共和国へ帰っててもいいぞ」
「馬鹿を言え」
レジーナはエルドの脇腹を軽く小突くと、
「エルドと行動を共にしていたとはいえ、人里の外を単独で動き回る傭兵は命知らずだ。この場所はゲートル共和国から離れていないが、帰還途中で雑魚のレガリアに襲撃されるかもしれん」
「ああ、そうかい」
確かにレジーナの言葉も一理ある。
彼女は傭兵団『黎明の咆哮』を率いる団長様だ。そんな彼女を単独でゲートル共和国に帰らせれば、もし途中で量産型レガリアの襲撃を受けて殺害されても悔やみきれない。そんなことがあれば次に傭兵団を率いるのはエルドの役目になってしまう。
基本的にだらけていたいエルドにとっては、傭兵団『黎明の咆哮』を率いる能力すらない。本当に勘弁してほしい。
「……アインスは大丈夫かな」
「何がだ?」
「いや、さっきから凄え沈んでるっていうか」
じっとユーバ・フュンフとユーバ・ゼクスの墓を見つめる全身真っ白なレガリアの背中を眺め、エルドはポツリと呟く。
いつものような覇気が全くないのだ。背中から漏れ出る雰囲気も、どこか落ち込み気味である。
ユーバ・アインスの表情は変わらないままだが、その分態度に感情が表れるのだ。今の場合、悲壮感がひしひしと背中から伝わってくる。
秘匿任務もすでに折り返しだ。残り3機の弟妹機が残っており、彼はそれを撃破しなければならないのに。
「自立型魔導兵器『レガリア』でも迷い、戸惑い、憂うことがあるのだな」
「アイツら、意外と感情豊かだぞ。5号機のお嬢さんは勝ち気な印象があったな」
「一体どんな設計をすればそんな性格の出るレガリアが作れるんだ」
「さあな。アイツの親父さんはすでに墓の中だしな」
まあ、最期がユーバ・アインスによって屠られたので骨すらも消し炭にされたのだろうが。
☆
空に赤みが差し掛かった頃、ようやくユーバ・アインスが動き始めた。
「【謝罪】すまないエルド、団長。当機の都合に付き合わせてしまった」
「ああ、それは構わんさ。こっちは気分がいい」
「こっちは最悪だ」
レジーナは清々しい笑顔で、エルドは不服そうな顔でそれぞれ応じる。
あれからユーバ・アインスが動かないので何か話をするかと思ったのだが、早々にネタ切れを起こしてしまったのだ。そんな訳であとはしりとりでもしていたのだが、元より明晰な頭脳の持ち主であるレジーナに現場主義者の筋肉馬鹿であるエルドが敵うはずもなかった。
結果的にあまり単語の見つからない『る』などの言葉で攻められて、エルドは何度も白旗を上げる羽目となったのだ。全く狡い団長である。
ユーバ・アインスは不思議そうに首を傾げると、
「【疑問】エルドは何故そんなに不機嫌なんだ?」
「姉御のしりとりが強すぎて」
「【納得】なるほど」
納得したように頷いたユーバ・アインスは、
「【提案】当機が仇を討つか?」
「いや、いい。どうせ暇潰しだ、そんな本気にならなくてもいいだろ」
「【回答】そうか」
ユーバ・アインスは何事もなかったかのように歩き出す。ユーバ・フュンフとユーバ・ゼクスにはもう未練がないとでも言うかのような迷いのない足取りだった。
自立型魔導兵器『レガリア』同士のお別れは非常にあっさりしている。泣く訳でもなければ、後悔するように墓の前で膝をつくこともない。彼らにとって別れとはそんなものなのだろう。
エルドは隣を歩くユーバ・アインスを一瞥すると、
「もういいのか?」
「【回答】ああ、ユーバ・フュンフとユーバ・ゼクスは確かに機能停止した。当機が機能停止に追い込んだ」
銀灰色の双眸をふと茜色の空に投げかけるユーバ・アインスは、
「【補足】当機の秘匿任務も、折り返し地点だ」
「そうだな」
「【要求】エルドは最後まで協力してほしい」
「分かってるよ」
エルドは「ところで」と話を変え、
「アインス、
「【回答】ユーバ・フュンフと戦闘中、どこかに落としたきりだ」
「馬鹿野郎」
エルドはユーバ・アインスの頭部を軽く小突く。
ユーバ・アインスは世間一般の認識だと『紫外線に拒否反応が出てしまうアルビノ』である。全身真っ白な設計なので妥当な設定だ。
でも今は襤褸布を纏っておらず、日傘すらも差していない。これでは誤魔化すことが難しい。出国用の門は何故か人がいなかったのですんなり抜けてこれたが、入国用の門には未だに入国審査官がいるのだ。
レジーナが「仕方ない」と言い、
「ユーバ・アインス、光学迷彩で隠れていろ。エルドにピッタリくっついて入国しろ」
「【了解】任務を開始。【展開】
レジーナの命令を受けて、ユーバ・アインスは光学迷彩を展開。ふとその真っ白な身体が掻き消えて、エルドの目では認識されなくなってしまう。
ただし足取りは認識できるので、よく耳を澄ませば足音が3人分聞こえてくる。ちゃんとついてきているようだ。
そしてようやくゲートル共和国の入国用の門に到着するのだが、
「ん?」
「お?」
エルドとレジーナが認識したのは、大勢の人間だった。
その人間が囲っているのは、首のない少女の死体である。無惨にも殺されてしまった少女を囲って、大勢の人間が涙を流して彼女の死を悼んでいた。
涙を堪えた様子の入国審査官の男に「なあ」と話しかけたエルドは、
「あの子誰だ?」
「入国審査官になったばかりの新兵でして……」
その入国審査官は話しているうちに涙を堪えることが出来なくなったのか、ボロボロと大粒の涙を零し始めた。
「いい子だったんです、誰に対しても人当たりがよくて……どんなに辛い仕事でも笑顔で対応していたんです……それなのに、それなのに……」
「おうおう、男がそんな泣くんじゃねえよ。色男が台無しじゃねえか」
「あのレガリアめ!!」
入国審査官が激昂する。
あのレガリア、というのはゲートル共和国に侵入した5号機のユーバ・フュンフと6号機のユーバ・ゼクスだろう。彼らは手土産として、人間の首を持ってきていた。
その首は、エルドたちの入国審査を受け付けてくれた年若い入国審査官だった。これほど彼女のことを思って泣いてくれる人物がいるということは、少女の人柄はそれほどよかったのだ。エルドも人当たりの良さに記憶がある。
入国審査官は涙を拭いながら「ちくしょう」と呻くと、
「あの人殺しどもめ……!!」
怨嗟が込められた言葉に、光学迷彩で姿を隠しているユーバ・アインスが息を呑んだような気がした。
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