【第5話】

「【説明】当機ぼく、の、出来ること……限られ、るの」



 濃紺のジト目でエルドとレジーナを睨みつけるユーバシリーズ6号機――ユーバ・ゼクスは両手で握りしめた杖を突き出す。



「【補足】当機、の、性能は……『減速』なの。時間の流れを、遅くする」


「なるほどな、だから身体が重くなったりすンのか」



 エルドは判明した6号機の性能に納得する。


 たびたび身体が重くなるのは、彼の能力である『減速』が原因だったか。重力を操って云々という小難しい話ではないらしい。

 そうなると、5号機であるユーバ・フュンフと行動を共にしていた理由も説明がつく。高速移動するユーバ・フュンフは敵の攻撃に対応できずに突っ込むだけだが、周辺の攻撃をユーバ・ゼクスの能力で遅くすることが出来れば簡単に回避することが可能だ。


 膨れ上がった巨大な右拳を握るエルドは、



「でも能力を発動する前に攻撃すれば――!!」


「【展開】範囲遅延ディレイ



 杖の先端で地面を叩かれると、エルドの身体が途端に重くなる。


 突き出された右拳は徐々に速度が落ちていき、動かすことすらままならない。指先さえ動かすことが億劫になるほどの重さだ。つい先程までは味わうことのなかった重さである。

 この遅延の能力はユーバ・ゼクスを中心とした周辺に適用されるものなのか、エルドだけではなくレジーナの動きさえ制限された。重たくなる身体に、彼女の怜悧な印象のある緑色の眼差しが見開かれる。


 ユーバ・ゼクスは両手で杖を握りしめ、



「【疑問】重い、でしょう……?」



 するり、とユーバ・ゼクスの両手がエルドの太い首に絡みつく。


 遅延の能力によって回避行動が取れず、ユーバ・ゼクスの絡みついた指先がゆっくりとエルドの首を絞めあげてくる。真綿で首を絞めていくように、じわじわとエルドへ死の恐怖が迫る瞬間を味わわせるように。

 呼吸を阻害され、エルドは「が、ッ」と喘ぐ。自立型魔導兵器『レガリア』の細い指先のどこにそんな力が込められているのか不明だが、人工筋肉は侮れない。ギチギチとエルドの首にユーバ・ゼクスの指先がめり込んでいく。


 無感情な瞳で苦悶の表情を浮かべるエルドを見据えたユーバ・ゼクスは、



「【懇願】お願いだから……死んで……!!」


「ッ!!」



 エルドは左腕を動かす。


 別に、完全に動けないという訳ではない。遅延の能力はあるものの、ゆっくりとだか動かせるのだ。

 重たい呪いに全身を支配されながらも、エルドの左腕はユーバ・ゼクスの腕を掴む。力を込めれば簡単に折れてしまいそうな彼の腕を無理やり引き剥がすと、



「ゥオラ!!」


「――――!?」



 ユーバ・ゼクスをぶん投げる。


 放物線を描いてぶっ飛ぶユーバ・ゼクス。自立型魔導兵器『レガリア』にしては鈍臭いようで、空中で器用に体勢を変えるようなことはせずに背中から地面へ叩きつけられた。

 同時に、エルドの身体を支配していた遅延の呪いが消え去る。ガクンと身体の軽さが急に戻ってきて変な感覚だったが、これならまともに戦える。


 軽く咳き込むエルドは戦闘用外装をガシャンと鳴らし、



「姉御!!」


「ほう、いい判断だな!!」



 エルドの巨大な右の手のひらに飛び乗り、レジーナは薄く笑う。



「ちょうど鬱憤が溜まっていたところだ。私も巻き込みやがって」


「ぶちかましてこい!!」



 ユーバ・ゼクスが起き上がるより先に、エルドはレジーナを自慢の剛腕でもってぶん投げた。

 高く打ち上げられるレジーナの両足の兵装が展開し、青色の光が高速で駆け巡る。高く打ち上げられた重力も上手く使って落下すりレジーナは、そのままユーバ・ゼクスの胸元を強く踏みつけた。


 めごぐしゃッ、という嫌な音が聞こえる。レジーナの足の形にユーバ・ゼクスの胸元は凹んでいた。



「【報告】損傷を、確認……自動回復機構、の、展開……!!」


「回復しても、私はお前の攻撃を止めんぞ!!」



 ユーバ・ゼクスを思い切り踏みつけて再び飛び上がるレジーナだが、



「【展開】範囲遅延ディレイ



 杖をかろうじて握っていたユーバ・ゼクスが、遅延の能力を発動する。


 飛び上がったレジーナの動きが遅くなる。ふわりと重力に逆らって持ち上がる黒髪や彼女の服の捲れ具合まで動きが緩やかになり、何故か虚空で静止しているかのように見えてしまう。

 自動回復機構によって怪我を治したユーバ・ゼクスは、レジーナに踏みつけられるより先にその場から這いずるようにして逃げ出す。両手で杖を握りしめて、



「【攻撃】えい」


「ぐうッ!?」



 さながらビリヤードのように無防備な腹を突かれ、レジーナはエルドの方へぶっ飛ばされる。


 エルドはレジーナを何とか受け止めた。鍛えていなければ無様にすっ転んでいたかもしれない。

 受け止められたレジーナは忌々しげに舌打ちをしていた。うっかり隙を見せてしまった自分を恥じているのだ。



「クソ、エルドもう1回!!」


「姉御、今は減速の能力で遅くなってんだから無理すんな!!」


「戦場で多少の無理をしなければやれるものもやれんだろうが!!」



 ぎゃあぎゃあと叫ぶレジーナをよそに、ユーバ・ゼクスは両手で杖を抱えるとくるりと踵を返す。そしてその場から逃亡を図るが、



「【展開】超電磁砲レールガン


「ッ!!」



 横合いから飛んできた白い光線が、ユーバ・ゼクスを横から飲み込んだ。



 ☆



 緩慢な足取りでエルドの視界に映り込んだのは、世界中の色という色から嫌われた真っ白な男だった。

 純白の髪に銀灰色の瞳、彫像めいた顔立ちに浮かぶ無表情。巨大な白い砲身を光の粒子を散らしながら消し、全身が溶けて膝から崩れ落ちたユーバ・ゼクスを見つめている。


 真っ白な自立型魔導兵器『レガリア』――ユーバ・アインスは、皮膚や装備が溶け落ちたユーバ・ゼクスを見下ろす。



「【報告】ユーバ・フュンフは当機が撃破した。残りは貴殿だけだ」


「ッ」



 半分ほど皮膚が焼け爛れたユーバ・ゼクスは、全身の回路を剥き出しの状態にしながらもユーバ・アインスを見上げる。



「【疑問】どうして、にーさま……当機ぼく、は、にーさまと、戦いたく、ない」


「【回答】当機は貴殿を撃破しなければならない。リーヴェ帝国の為と戦わんとする貴殿を、この手で」



 純白の重機関砲を展開し、その銃口をユーバ・ゼクスに向けるユーバ・アインス。



「【拒否】やだ……やだぁ、にーさま……!! お願い……!!」


「…………」



 首をゆるゆると振って拒否するユーバ・ゼクスに、ユーバ・アインスはただ静かに返すだけだった。



「【謝罪】すまない、ゼクス。どうか当機を赦すな」



 そうして、ユーバ・アインスはユーバ・ゼクスの頭部を撃ち抜いた。


 自動回復機構はもう展開せず、頭部を撃ち抜かれたユーバ・ゼクスはただのガラクタと化す。建物の壁にもたれかかり、全身の皮膚が焼け落ちて内部構造が見え隠れしていた。撃ち抜かれた頭部は酷いもので、大切そうな部品の数々が風穴からポロポロと落ちている。

 もう何も言わなくなった6号機の弟をじっと見据えたユーバ・アインスは、純白の重機関砲を消して告げる。



「【報告】敵性レガリアの撃破を確認。【状況終了】」



 それからエルドとレジーナへ振り返ったユーバ・アインスは、



「【疑問】エルド、団長。問題はないか?」


「まあ、何とかな」



 エルドは団長のレジーナを解放すると、



「姉御、6号機と5号機はどうする?」


「何度も言うが、我々では面倒を見切れん」



 レジーナは焼け落ちて動かなくなったユーバ・ゼクスを見やると、



「だが、まあ埋葬ぐらいはしてやるさ。うちの団員の家族だった奴だからな」


「【感謝】助かる、団長」



 ユーバ・ゼクスを抱き上げたユーバ・アインスは、やはりどこまでも淡々とした口調で言う。



「【補足】この子は寂しがりやだ、ユーバ・フュンフと一緒に埋葬をしてほしい」

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