【第2話】

 ユーバ・フュンフ。


 自立型魔導兵器『レガリア』のユーバシリーズ5号機であり、ユーバ・アインスには妹機に該当する少女型レガリアだ。

 機体の性質は勝ち気で天邪鬼な性格で、誰に対しても生意気な態度を取る。唯一、同時に開発・起動された弟機の6号機には素直に自分の心の内側を打ち明けることが出来るらしいが、初号機であるユーバ・アインスには非常に態度が悪かった。


 敵として目の前に現れたら、さらに性格が悪くなった。「クソ兄貴」と昔から呼称されるが、別にユーバ・アインスの精神回路が傷つかない訳ではないのだ。



「【警告】即時の投降を」


「【拒否】お断りよ」



 華奢な身体の線が浮き彫りになった赤いボディースーツに身を包む少女型レガリア――ユーバ・フュンフがユーバ・アインスを睨みつけて吐き捨てる。



「【補足】敵になったクソ兄貴の命令なんて聞かないわ。【警告】クソ兄貴こそ、逃げなくていいのかしら」


「【回答】当機に逃走の手段は持ち合わせない」



 この場に立っているのは、ユーバ・アインスがリーヴェ帝国を裏切るきっかけとなった『秘匿任務』が要因だ。

 秘匿任務は必ず遂行しなければならない。それが、最初に殺した開発者である父の望みだ。戦争の道具として扱われる弟妹機を撃破し、弟妹機を戦争の道具として扱ったリーヴェ帝国を壊滅させるのだ。


 その為であれば、妹機たるユーバ・フュンフに睨まれても耐えられる。



「【警告】本当に投降しないつもりか?」


「【回答】当然よ」


「【納得】そうか。貴殿ならそうだろうと思った」



 伽藍がらんとした噴水広場に落ちる重たい空気。緊張感を孕んだ雰囲気を感じ取るのは、ユーバ・アインスとユーバ・フュンフだけだ。


 先に動いたのはユーバ・フュンフだった。

 じゃり、と彼女の足が石畳を踏み込む。それと同時に彼女の腰回りに漂っていた異色めいたスカート部品が広がり、加速装置として展開される。青白い光が灯った瞬間、ユーバ・フュンフの姿がユーバ・アインスの目の前から掻き消えた。


 ユーバ・アインスは慌てない。銀灰色の瞳をぐるりと噴水広場に巡らせると、



 ――【警告】3秒後、5時の方角から攻撃。【推奨】防御行為を。


「【展開】絶対防御イージス



 人工知能が弾き出した攻撃までの時間を読み、ユーバ・アインスは純白の盾を展開。人工知能が示す方角に突きつけると同時に、真っ赤な少女型レガリアが拳を叩き込んできた。

 少女型レガリアの邪悪な拳は純白の盾に突き刺さるものの、盾を突き破るほどの威力は持っていない。高い防御力を誇るユーバ・アインスの盾を突き破るなど、妹機であるユーバ・フュンフには土台無理な話だ。


 盾の向こう側で舌打ちをするユーバ・フュンフは、



「【遺憾】やっぱり硬い……!!」


「【警告】自分の速さを過信する癖は直した方がいい」


「【驚愕】なッ」



 ユーバ・アインスは純白の盾を掻き消す。


 代わりに展開したのは、白い巨大な拳の兵装だ。エルドの改造部分が出力する攻撃速度・攻撃威力を計算し、完璧に模倣コピーをしたユーバ・フュンフの情報にない兵装。

 驚きで赤い瞳を皿のように丸くするユーバ・フュンフに、ユーバ・アインスは純白の拳を引き絞る。逆にユーバ・アインスであればユーバ・フュンフの戦闘方法を熟知しているし、彼女が今は動けないことも理解の上だ。


 容赦なく、その顔面をぶん殴る。



「【展開】剛神鉄拳デストロイ



 ユーバ・アインスの展開する白い拳が、ユーバ・フュンフの勝ち気な印象のある顔面に突き込まれた。


 無抵抗でぶん殴られたユーバ・フュンフは、放物線を描いてぶっ飛ばされる。石畳に背中から叩きつけられ、2回3回と跳ねながらゴロゴロと地面を転がり、やがて生垣に頭を突っ込んで停止した。

 的確に顔面を捉えたのだ。彼女の残存魔力を大幅に削ることが出来れば、早々に機能停止へ追い込める。


 兵装『剛神鉄拳デストロイ』を構えて相手の次の行動を予測するユーバ・アインスだが、



「?」



 そこにユーバ・フュンフの姿がなかった。


 生垣に頭を突っ込んだら再起動するまで時間がかかると思っていたのに、彼女は自分の速さを使って再びユーバ・アインスの視界から消えたのだ。

 逃げた訳ではない。ユーバ・アインスの人工知能が警告音を鳴らす。



 ――【警告】3時の方向から攻撃が来ます。兵装展開が間に合いません。【推奨】耐衝撃。


「ッ」



 弾かれたように振り返れば、ユーバ・フュンフの拳がユーバ・アインスの鼻っ面をぶん殴っていた。


 痛覚機能はもとより遮断しているので殴られた時の痛みはないが、凄まじい衝撃が全身の回路を伝って人工知能に叩き込まれていく。

 衝撃によってユーバ・アインスは吹き飛ばされ、背中から石畳に叩きつけられた。拳の速度が早すぎて兵装展開に間に合わなかった。


 ユーバ・フュンフにぶん殴られて凹んだ顔面部分が、貯蔵されている魔力を使用して回復されていく。自動回復機構がなければすぐにユーバ・フュンフの手によってボコボコにされていた。

 それは、ユーバ・フュンフとて同じだろう。彼女の顔面は酷い具合に抉れており、首も折れ曲がっている。だが自動回復機構が発動され、内蔵魔力を消費して綺麗さっぱり修理された。


 ユーバ・フュンフはペロリと自分の唇を舌で湿らせると、



「【嘲笑】当機あたしに肉弾戦を仕掛けてくるとか馬鹿じゃないの?」


「【納得】確かに」



 ユーバ・アインスは衣類部品に付着した砂埃を払い落として立ち上がる。


 ユーバ・フュンフの得意とする戦闘方法は、超高速の肉弾戦だ。流星の如く戦場を駆け抜け、相手に高速の拳を叩き込む肉弾戦特化型のレガリアである。格闘技を得意としており、絞め技などの戦術も幅広い。

 逆に得物を持たないので、遠距離攻撃などに弱い。また複数を相手とする戦闘も苦手としており、彼女が得意とするのは1対1による素手喧嘩だ。


 特にユーバ・フュンフは、ユーバシリーズの中で最も速い機体である。その速度は弾道ミサイルさえも超えると言われ、戦場を端から端まで移動することが可能だ。まさに流星と呼ぶに相応しい。



「【提案】さっさと壊れちゃいなさいよ、クソ兄貴」


「【拒否】断る」


「【疑問】どうして?」


「【回答】当機が貴殿の前に立ち塞がるのは、秘匿任務を遂行する為だ」



 ユーバ・アインスは純白の盾を展開すると、



「【警告】当機は秘匿任務に基づき、リーヴェ帝国を壊滅させる。故に、敵として立ち塞がる貴殿の存在を許しはしない」


「【回答】なら、当機あたしだってそうはさせないわ」



 ユーバ・フュンフは拳を握ると、



「【回答】リーヴェ帝国はお父さんがいる国だもの。当機あたしはお父さんを裏切ったクソ兄貴を許さないわ」


「【疑問】そのリーヴェ帝国を壊滅するよう命じたのが父だったとしてもか?」


「【回答】ええ、そうよ」



 即座に回答を示すユーバ・フュンフに、ユーバ・アインスは密かに肩を竦めた。


 話し合いは決裂。もとより命令に従わない妹機なのだから、交渉など無意味だと分かっていたことだった。

 だからぶつかり合うのは仕方のないことである。いつだって、秘匿任務へ挑む時は覚悟を決めなければならない。


 7号機であるユーバ・ズィーベンを撃破した時も、そうだったのだ。



 ――通常兵装、起動準備完了。


 ――非戦闘用兵装を休眠状態に移行完了。戦闘終了まで、この兵装を使うことは出来ません。


 ――残存魔力89.52%です。適宜、空気中の魔素を取り込み回復いたします。


 ――彼〈リーヴェ帝国所属、自立型魔導兵器レガリア『ユーバシリーズ』5号機〉我〈自立型魔導兵器レガリア『ユーバシリーズ』初号機〉戦闘予測を開始します。


 ――戦闘準備完了。



 高速で情報が流れていき、ユーバ・アインスは戦闘準備を完了させあ。



「【状況開始】戦闘を開始する」



 そうして、5号機との戦闘が幕を開けた。

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