【第3話】
「【展開】
ユーバ・アインスは純白の重機関砲を構えると、ユーバ・フュンフを狙って魔力から精製された弾丸を打ち込む。
しかし、ユーバシリーズきっての速度を誇るユーバ・フュンフに通用はしない。雨霰のように襲いくる銃弾の数々など見切って当然だ。
燃えるような赤い瞳を眇めたユーバ・フュンフは、腰回りを漂う加速装置を展開する。スカートのような状態だった加速装置が砲塔のような形式に変わると、青い光が灯って彼女の身体を押し出す。
一瞬にしてユーバ・アインスの視界から消えるが、高い擬態能力によって姿を消す7号機のユーバ・ズィーベンと違って反応を追いかけることだけはかろうじて可能だ。
――【報告】5時の方角より攻撃が来ます。【推奨】回避行動。
「【拒否】このまま受ける」
ユーバ・アインスは素早く純白の重機関砲から純白の盾を装備すると、
「【展開】
次の瞬間、ゴィン!! という鈍い音と共に真っ赤な少女型レガリアが突っ込んでくる。突き出された拳はユーバ・アインスの構える純白の盾に阻まれ、彼女は忌々しげに舌打ちをした。
傷すらつかない頑丈な盾を力任せにぶん殴り、ユーバ・フュンフは飛び退って距離を取る。石畳を強く踏み込んでくると、今度は回し蹴りを叩き込んだ。
盾を通じて鈍い衝撃が伝わってくる。それでも純白の盾を破れることはなく、全ての行動が力任せで打ち負かそうと画策しているのが手に取るように分かる。まるで駄々を捏ねる子供だ。
拳、蹴り、頭突きなどあらゆる攻撃を純白の盾で受け止めるユーバ・アインスは、
「【疑問】そんな子供の喧嘩のような真似しか出来ないのか?」
「【屈辱】黙れクソ兄貴!!」
高く飛び上がったユーバ・フュンフはユーバ・アインスの頭頂部を狙って踵落としをするが、攻撃の軌道が雑すぎて簡単に防がれてしまう。
純白の盾を突き出して、ユーバ・フュンフの踵落としを阻止するユーバ・アインス。ユーバ・フュンフは力技でユーバ・アインスを押し潰そうとしてくるが、ユーバ・アインスとユーバ・フュンフでは人工筋肉の出力レベルが桁違いすぎる。この程度の重さでユーバ・アインスは潰れない。
純白の盾を蹴飛ばしたユーバ・フュンフは、華麗に宙返りをして距離を取る。ふわりと石畳に降り立った彼女は、ユーバ・アインスに憎悪の眼差しを向けていた。
「【懇願】死ねよ、このまま死ねよ!!」
「【拒否】断る」
「【屈辱】クソがあ!!」
正面から突っ込んできたユーバ・フュンフは拳を握りしめるのだが、
「【展開】
ユーバ・アインスは『受けた攻撃をそのままの威力で跳ね返す』兵装を発動する。
触れるユーバ・フュンフの拳。神速の殴打が確実にユーバ・アインスの純白の盾に叩きつけられるのだが、ユーバ・アインスの攻撃はここからだ。
殴られた衝撃をそのままユーバ・フュンフの華奢な腕に跳ね返す。最優にして最強と名高いユーバシリーズの拳だ、そのままの威力でも十分に強すぎる。
案の定、ユーバ・フュンフの攻撃はそっくりそのまま彼女に返却され、彼女の華奢な右腕が衝撃で肩から吹き飛んだ。
「――――!!」
驚きのあまり瞳を見開くユーバ・フュンフ。
予想外の動きに対応できない癖は、以前から修正されていない様子だ。人工知能がどれほど学ぼうと、強気で子供っぽい性格や不利な状況へ即時対応できない悪癖は直らない。彼女の敗因はやはりその部分だろう。
一瞬だけ硬直した隙を見て、ユーバ・アインスはさらに兵装を展開。純白の巨大な拳を模した兵装『
「ッ!!」
今度こそユーバ・フュンフの顔面を的確に捉え、拳が彼女の綺麗な顔を打ち抜く。
顔面をぶん殴られて飛んでいくユーバ・フュンフは、背中から石畳に叩きつけられて止まる。凹んだ顔面は保有する魔力によって修繕され、また吹き飛んだ右腕も自動回復機構によって何事もなかったかのように生えてくる。
だが、まだだ。機能停止に追い込む為にはまだ攻撃しなければならない。自動回復機構が適用されない『残存魔力最低ライン』に到達しなければ、ユーバシリーズは機能を停止しないのだ。
起き上がった頃を見計らって、ユーバ・アインスはさらに兵装を展開。
「【展開】
「ッ!?」
息を呑むユーバ・フュンフ。
一瞬にして距離を詰めてきたユーバ・アインスから逃げるように加速装置を起動し、その場から離脱をする。ユーバ・アインスが到達した時にはユーバ・フュンフの姿はすでにない。
ユーバ・アインスは相手の動きを予測して純白の盾を展開すると同時に、搭載された人工知能が警告音を飛ばしてくる。
――【警告】6時の方向から、
「【要求】判断が遅い、索敵更新時間を3秒から1秒に変更。高速戦闘の開始を」
――【了解】設定完了です、戦闘予測を開始。
純白の盾を突き出した方向から、ユーバ・フュンフのドロップキックが叩き込まれた。
速度を利用したドロップキックは、ユーバ・アインスさえ簡単に吹き飛ばしてしまう。純白の盾を持っていても衝撃は凄まじいもので、ユーバ・アインスは噴水へ頭から突っ込んだ。
ザバザバと水を噴き出す天使の像にヒビが入り、水が漏れ出てくる。ユーバ・アインスは全身が濡れる感触に顔を密かに顰めた。
「【憤怒】クソ兄貴!!」
加速装置によって突っ込んできたユーバ・フュンフの蹴撃が襲ってくる。
反射的に跳ね上げた右腕でユーバ・フュンフの足蹴を受け止めようとするものの、相手の蹴りの威力が凄まじくてユーバ・アインスの手首から先が吹っ飛んだ。
あらぬ方向に飛んでいくユーバ・アインスの手首。僅かに漏れる魔力は噴水の中に溶け込んでいき、綺麗で冷たい水を汚していく。
「【怨嗟】何で、何で殺したんだ!!」
「【疑問】殺したとは?」
「【回答】ズィーベンのことよ!!」
怒りと恨みが織り交ぜられた赤い瞳で睨みつけてくるユーバ・フュンフは、怒りに身を任せてユーバ・アインスを殴ってくる。
「【疑問】あの子は何も悪くないのに、何故あの子に酷いことをしたの!?」
「【回答】それは当機の敵として立ちはだかったからだ」
ユーバ・アインスはお返しだと言わんばかりに、ユーバ・フュンフの顔面を殴り飛ばす。
噴水から転げ落ちるユーバ・フュンフ。全身を水で濡らした彼女は殴られて傷ついた顔面を自動回復機構で治療するが、ザバザバと水を掻き分けて出てきたユーバ・アインスの足蹴を回避できずに踏みつけられてしまう。
石畳に妹機であるユーバ・フュンフの顔面を擦り付けるのは気分が悪いものだが、相手はユーバ・アインスの敵だ。敵として立ち塞がるのであれば、相応の対応をしなければ失礼に値する。
ユーバ・アインスは「【展開】
「【回答】当機は現在、アルヴェル王国所属の傭兵団『黎明の咆哮』預かりとなっている。自立型魔導兵器『レガリア』は当機の敵機として該当し、またユーバシリーズである貴殿も同じく当機の敵として撃破する」
「【疑問】じゃあ自分はどうなのよ」
「【疑問】何だと?」
兵装『
「【指摘】自分もレガリアでしょ? 一体アンタが何人、改造人間を殺してきたと思ってるの? 何にもなかったように今度はレガリアを敵として撃破しているけれど、それだけであの改造人間のクソ雑魚の隣に並び立てると思ってる訳?」
「…………」
「【回答】不可能よ、クソ兄貴。改造人間を殺しに殺しまくった兄貴が、平気な顔であのクソ雑魚の隣に立てると思った? 全身真っ白どころか、改造人間の血によって真っ赤になってるじゃない。兄貴が改造人間と一緒にいることがそもそもの間違い――」
「【警告】黙れ!!」
ユーバ・アインスは激昂していた。
超電磁砲を構える手が震える。
白い砲塔のその先で薄く笑うユーバ・フュンフは、歪んだ憎しみと哀れみが綯い交ぜとなった赤い瞳でユーバ・アインスを見据えてきた。今の今まで、自分の過去と向き合えていなかった兄であるユーバ・アインスを嘲笑うかのように。
「【憐憫】本当に雑魚ね、クソ雑魚兄貴だわ」
そう言って、彼女はベロリと赤い舌を出してくる。
ユーバ・フュンフの舌に乗せられていたのは、真っ黒な立方体だった。それは自立型魔導兵器『レガリア』の奥底に眠られている、普段は絶対に使うことのない兵装である。
強制自爆装置――敵国へ鹵獲された自立型魔導兵器『レガリア』が自分たちの情報を漏洩させない為に、強制的に自爆するのだ。敵味方を問わずに巻き込んで盛大な爆発をするので、最終手段として扱われる。
ユーバ・フュンフの白い歯が、舌に乗せられた黒い立方体――強制自爆装置に突き立てられる。それを噛み潰せば、ゲートル共和国のど真ん中で彼女は自爆して終わるのだ。
「【回答】そんな真似はさせない」
ユーバ・フュンフが自爆するまでのごく僅かな時間で、ユーバ・アインスは思考回路を切り替えていた。
迷いを断ち切り、今はその為だけに戦場へ立つ。銀灰色の瞳で妹機であるユーバ・フュンフを見下ろして、冷酷に、無慈悲に。
引き金を引く。
「【挨拶】さようなら、ユーバ・フュンフ」
白い光が自爆寸前の5号機を焼き尽くす。
網膜を焼かんばかりの威力を有した兵装『超電磁砲』が5号機の少女型レガリアの顔面を焼き焦がし、吹き飛ばし、そして機能停止させた。焦げた石畳の上には、力なく横たわるユーバ・フュンフの亡骸だけが残された。
ユーバ・アインスは妹機であるユーバ・フュンフを静かに見下ろし、
「【報告】相手の機能停止を確認。【状況終了】」
淡々と戦闘終了を告げるユーバ・アインスの脳内では、ユーバ・フュンフの言葉だけが反響する。
――改造人間を殺してきた兄貴が、改造人間の隣に並び立てると思っている訳?
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