第6章:怨嗟は速く、死は遅く

【第1話】

 随分と強気な発言のあるユーバシリーズ5号機を眺め、エルドはコソコソとユーバ・アインスに問いかけた。



「テメェの妹さんでいいんだよな?」


「【肯定】当機の妹機、ユーバ・フュンフだ。5号機に該当する」



 淡々とした口調で頷くユーバ・アインスに、エルドはさらに言葉を続けた。



「随分と生意気なクソガキだな」


「【肯定】ユーバ・フュンフは勝ち気な性格として設計されており、常に反抗期のようなものだ。その為、当機が何度言ってもあのように生意気な口調を改めることはない」


「【嫌悪】聞こえてるのよ、クソ兄貴」



 真っ赤なボディースーツ姿のレガリア――ユーバ・フュンフは忌々しげに吐き捨てる。本当に年頃の娘のように見える。

 自立型魔導兵器『レガリア』は時折、人間のような仕草を見せるがユーバシリーズはそれが顕著かもしれない。ユーバ・フュンフは絶賛反抗期真っ只中の少女で、父親なら絶対に辟易しそうな雰囲気がある。こんな少女型レガリアをよくもまあ設計しようと考えたものだ。


 ユーバ・アインスは鼻を鳴らすと、



「【回答】聞こえるようにわざと言っている」


「【嫌悪】クソ兄貴」



 心底嫌いだと言わんばかりの態度を見せるユーバ・フュンフ。


 レノア要塞で撃破した7号機、ユーバ・ズィーベンと比べれば随分と性格に差がある。ユーバ・ズィーベンは物静かな子供だったが、こちらは完全にクソガキと言えるような生意気な態度が目立つ。

 ユーバ・アインスはなおも「【忠告】だからその口調を改めろと言っている」と忠告しているが、ユーバ・フュンフはそっぽを向いたまま話を聞いていない。寝返った兄であるユーバ・アインスの命令など聞かないと言っていたので、彼女が今後も口調を改めることはない。



「【疑問】このように一般人が密集した地域で襲撃するなど、一体何を考えている?」


「【回答】合理的でしょ。人間なんてみんな殺せばいいじゃない」



 ユーバ・フュンフは控えめな胸を張ると、



「【補足】まあ今回、当機あたしはクソ兄貴の撃破を最優先任務として言い渡されているの。だからまずはリーヴェ帝国を裏切ったクソ兄貴を撃破して、あとは残った人間の首でもお土産として持って帰るわ」


「【回答】させると思うのか?」


「【嘲笑】真似っこしか出来ないクソ兄貴が、当機あたしに勝てると思っている訳?」



 ユーバ・フュンフはヒラヒラと右手を振る。


 それは何かの合図だったのか、建物の影から丸い物体が投げつけられた。物体から尻尾のように垂れたそれは、三つ編みに結ばれた人間の髪である。

 目を見開いたまま死んでいる、ゲートル共和国の入国管理官だ。エルドたちの入国を審査して、その際にユーバ・アインスへ使い古した日傘を渡したまだ若い入国管理官だったはずだ。


 それが、いとも容易く殺された。首を強制的にもがれ、命は一瞬にして摘み取られたものの嫌な死に様を晒し続けている。



「【疑問】こんな風になりたいの?」



 地面に転がる若い入国管理官の首を踏みつけ、ユーバ・フュンフは嘲笑う。



「【嘲笑】クソ兄貴は勝てないわよ。だって真似っこしか出来ないんだもの」


「テメェ、その足を退けろ!!」



 若い少女の生首を踏み続けるユーバ・フュンフの行動に我慢の限界が訪れたエルドは、怒号を少女型レガリアに叩きつけて改造された右拳を振り抜く。

 的確に相手の頭部を吹っ飛ばす軌道を捉えたものの、殴った手応えはない。見れば、いつのまにかユーバ・フュンフの姿はエルドの目の前から掻き消えていた。


 消えたユーバ・フュンフを探すより先に、エルドの脇腹へ強い衝撃が飛び込んでくる。



「【嘲笑】クソ雑魚が勝てる訳ないでしょ?」



 衝撃の正体は、いつのまにか姿を出現させたユーバ・フュンフによる頭突きである。


 あまりにも強すぎる少女型レガリアの頭突きは、身長が遥かに高いエルドのことを簡単に吹き飛ばす。強烈な頭突きを食らったエルドは噴水広場を飛び出して、近くにあった青果店に頭から突っ込んだ。

 商品として並べられていた林檎やオレンジなどが木箱から転がり落ち、石畳の上に広がる。崩れた商品棚を押し退けて起き上がるエルドだが、



「【宣告】死ねよ、雑魚」



 ユーバ・フュンフの足先が、目の前まで迫っていた。


 ほぼ反射的に首を反らしてユーバ・フュンフの足先を回避するが、皮膚が切れたような小さな痛みが走る。ユーバ・フュンフの足先が顎を掠め、切れてしまったのだ。

 濡れた感触に極小の舌打ちをするエルドは、ユーバ・フュンフの連撃に備えて右腕の戦闘用外装を広げる。頑丈に設計された右腕を盾にしつつ、近くに転がった林檎を投げつけて目眩しをしようとするのだが、



「ッ」



 林檎に伸ばされた指先が重い。

 生身の左腕が、まるで鉛でも括り付けられたかのように重たいのだ。先程まで感じなかった重みである。


 そのゆっくりすぎるエルドの行動は、完全にユーバ・フュンフへ隙を与えていた。



「【警告】何しようとしてんの、雑魚」



 ユーバ・フュンフの足が鞭のようにしなる。


 再び強烈な蹴りがエルドに襲い掛かろうとするが、その寸前でエルドの目の前に純白の盾が展開された。

 ユーバ・フュンフが何かに気づいたように攻撃を中断しようとするものの、勢いよく放たれた右足は止まらない。そのままエルドを守るように展開された純白の盾に、強烈な蹴りをお見舞いした。



「【展開】一方通行アクセラレーション



 ユーバ・フュンフによる強烈な蹴りを難なく受け止めた純白の盾は、受けた衝撃をそのままユーバ・フュンフにお返しする。

 自分の蹴りによる衝撃をそっくり返されたユーバ・フュンフは、空高く打ち上げられて吹き飛ばされた。純白の盾に蹴りをお見舞いした右足は千切れ飛び、林檎やオレンジが転がる道端に落ちる。


 片足をなくしても難なく着地を決めたユーバ・フュンフは、忌々しげに純白のレガリアを睨みつけた。



「【警告】邪魔しないでよ、クソ兄貴」


「【警告】エルドを傷つける相手は、たとえ妹機だろうと許さん」



 ユーバ・アインスは銀灰色の双眸でユーバ・フュンフを見下ろすと、



「【展開】重機関砲ガトリング



 白い砲塔をいくつも束ねた純白の巨大な重機関砲が出現し、ユーバ・フュンフに向かって火を噴いた。


 ズガガガガガガガガガカガガガ!! と連続した銃声が晴れ渡った空に響き渡る。

 銃口から放たれた弾丸はユーバ・フュンフを狙うが、すでに自動回復機構によって右足を修復完了した5号機の少女型レガリアは右腕を振って何かに合図を出す。腰周りに漂う半端なスカートみたいな武装を展開するのかと思えば、それは大いに違っていた。


 それまで順調にユーバ・フュンフを狙っていたはずの弾丸が、急に遅くなったのだ。エルドの感覚が超人的に速くなったという訳ではなく、弾丸そのものの速度がガクンと落ちて視認できるようになる。



「【納得】なるほど」



 ユーバ・アインスは即座に重機関砲を停止すると、



「【要求】エルド、向かって右側の建物めがけて木箱を投げてくれ」


「お、おお!?」



 あまりに唐突な要求だったので、エルドは慌てて起き上がると近くに転がっていた木箱を右腕の戦闘用外装で引っ掴むと、ユーバ・アインスが示しただろう建物めがけて投げつけた。

 何の変哲もない建物である。集合住宅と言ってもいいだろうか。ぶん投げられた木箱は建物の壁に叩きつけられ、粉々に砕け散った。


 何の意味があるのか分からないが、ただ建物の影から顔を覗かせていた小さな子供のような人物が慌てた様子で隠れた。



「ッ、2人いたのか!!」



 エルドが1歩を踏み出せば、ユーバ・フュンフが「【絶叫】何してんの!!」と叫ぶ。



「【憤怒】ユーバ・ズィーベンだけじゃなくて、あの子にまで手を出すの!?」


「【納得】やはり、貴殿の側にいるのだな」


「ッ」



 ユーバ・フュンフが息を呑む。まるで知られたくない何かを知られてしまった、と言わんばかりの態度だ。



「【要求】エルド、6号機を追いかけてほしい」


「さっき顔を覗かせていたアイツか!?」


「【肯定】そうだ」



 ユーバ・アインスはしっかりと頷き、



「【補足】ユーバ・フュンフの力が発揮できるのは、6号機であるユーバ・ゼクスがいなければ成り立たない。【提案】ここは二手に分かれるのが的確だ」


「俺が出来るかよ……」


「【補足】ユーバ・ゼクスは強い兵装を有している訳ではない。【要求】当機がユーバ・フュンフを撃破するまで足止めを」


「分かった分かった、やればいいんだろ!!」



 ユーバ・アインスの提案を飲んだエルドは、建物の影に隠れた6号機とやらを追いかける。最強と名高いレガリアを相手に単独で足止めなど出来るか不安だが、ユーバ・アインスが信頼して任せてくれたのだから請け負うしかない。


 背後から聞こえてくる銃声とユーバ・フュンフの絶叫を聞きながら、エルドはユーバシリーズ6号機を追いかける。

 全く、ただの改造人間がユーバシリーズを相手に単独で足止めを請け負うなど馬鹿げている。

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