【第9話】

 ミレーユ・トルペはゲートル共和国の入国管理官である。


 色々な人がゲートル共和国を訪れ、その入国を管理するのが仕事だ。

 頑丈な城壁の外側で作業するので危険度は高いが、それでも1人1人に丁寧な応対をすることを忘れない。少しでもゲートル共和国にいい印象を持ってもらいたいのだ。


 無難に結んだ赤毛のおさげ髪を動物の尻尾のように揺らすミレーユは、



「よし、今日も頑張ろっと」



 そういえば、今日の入国には全身が真っ白い男の人がやってきた。


 髪も、襤褸布ぼろぬのの下から垣間見えた瞳の色も、肌も、何もかもが真っ白なのだ。まるで世界中の色という色から嫌われてしまったかの如く全身から色が抜け落ちて、雪のように真っ白な状態だったのだ。

 その男の人は紫外線を苦手としていて、もし太陽の光を浴びれば体調が悪くなってしまうという特殊な体質だった。いわゆるアルビノである。



「アインスさんだったっけ、大丈夫かなぁ」



 ミレーユはポツリと全身真っ白な男の人の様子を思い出して言う。


 入国管理官は外での仕事が主なので、真夏日などは直射日光に晒される。今の時期はそんな風ではないが、日傘は必須なのだ。

 ところが、アインス・マルティーニというアルビノの男性は日傘を持っていなかった。全身を覆い隠すボロボロの布だけで乗り切ろうとしていたのだ。ミレーユはそんな彼に自分の使い古しの日傘を渡した訳である。


 見ず知らずの人に使い古しの日傘を渡すなんて、と少し後悔した。全身を覆い隠すボロボロの布に負けないぐらい古い日傘だったのに。



「もう少し綺麗な日傘をあげればよかったな……」



 そんなことを後悔するミレーユは、先輩の入国管理官から「何サボってるんだ」と注意される。


 今はまだ仕事中である。入国を待っている人は大勢いるのだ。

 バインダーを片手に、ずらりと並ぶ四輪車の列を眺めるミレーユ。今日も忙しくなりそうである。


 入国審査の為に次の四輪車へ向かおうとするミレーユだったが、



「お姉さん」



 唐突に声をかけられて、ミレーユは足を止める。


 振り返った先にいたのは、2人の少女が立っていた。片方は赤色の髪をした少女で、もう片方は紺色の髪をした少女である。

 背格好は非常に似ているので、双子の姉妹か何かだろうか。四輪車で訪れる人が多い中、彼女たちはこの戦争の最中を徒歩で移動してきたということか?


 ミレーユは「だ、大丈夫ですか!?」と慌てて少女たちに駆け寄り、



「どこか痛いところとかないですか!?」


「どうして?」


「どうしてって、国の周りは戦争中だし……」



 アルヴェル王国とリーヴェ帝国の長きに渡る戦争が始まってから、もうだいぶ時間が経過した。一体どれほど争えば彼らは満足するのか、ミレーユでは理解が出来ない。

 どこもかしこも激戦区と呼んでいい時代なのに、頑丈な四輪車に守られることなく徒歩で移動するなど自殺行為でしかない。それか、よほどの命知らずだ。


 ミレーユが「ご両親は?」と問いかければ、赤い髪の少女があっけらかんとした口調で答える。



「死んだよ」


「…………そ、か。うん、そうだよね。逃げるしかないよね」



 四輪車を運転できる大人がいなければ、彼女たちは徒歩でゲートル共和国までやってくるしかない。彼女たちを庇護すべき両親が戦争で死んでしまった以上、彼女たちは互いに励まし合いながらここまでやってきたのだろう。

 嫌な時代になったものだ。見たところ、彼女たちはまだ10代半ばぐらいだろう。未来ある若者が取り残されるなんて可哀想だ。


 ミレーユは泣きたくなるのをグッと堪えて、努めて笑顔で対応する。



「お名前を教えてもらってもいいかな?」



 最初に答えたのは、赤い髪の少女だった。

 夕焼けのような長い赤髪をポニーテールに結び、そのポニーテールの先端はぐるぐると巻かれている。燃えるような赤い瞳は猫のように吊り上がり、相手へ勝ち気な印象を与えていた。清純な白いワンピースに華奢な体躯を包み込み、彼女は細い腰に手を当てて高らかに名を告げる。


 名前、というより名称だろうか。まるで自立型魔導兵器『レガリア』のような。



「ユーバ・フュンフよ」



 次いで答えたのが、彼女の隣に控えていた濃紺の髪を持つ少女である。

 前髪だけが目元を覆い隠すほど長く、逆に後ろの髪は短く切り揃えられた前後で非対称的な独特の髪型をしている。前髪の隙間から覗く瞳の色は、夜を想起させる漆黒。勝ち気な印象を与える赤髪の少女とは打って変わって、彼女はどこか弱気な雰囲気があった。


 着古したシャツとズボンのみを身につけた彼女は、



「ユーバ・ゼクス……」



 それは名前ではない。


 自立型魔導兵器『レガリア』の中でも最優にして最強と名高いレガリアのシリーズ――ユーバシリーズだ。

 フュンフは5号機、ゼクスは6号機だったか。戦争に加担している訳ではないミレーユでもユーバシリーズのことは知っている。彼らが、どういうことをしてきたのかも記憶にある。


 思考回路の停止したミレーユの細い首に、5号機であるユーバ・フュンフの白い指先が伸びる。



「じゃあね、お姉さん。死んでね」



 平然と告げた5号機の少女は、容赦なくミレーユ・トルペの首をもぎ取った。



 ☆



 悲鳴が聞こえる、悲鳴が聞こえる。


 哀れな人間の生首を引っ掴み、ユーバ・フュンフは手持ち無沙汰に目を開いたまま死んでいる生首の少女を弄ぶ。

 赤毛のおさげ髪が動物の尻尾のように揺れている。首がなくなった胴体は地面に転がり、無理やり引き千切られた首から真っ赤な液体がゆっくりと流れ出していた。


 頑丈な城壁から伸びていた四輪車の群れはいつのまにかいなくなり、新緑色の軍服を着ていた連中は慌てた様子で逃げ出した。つまらない人間である。



「【疑問】フュンフ……にーさまは、ここにいる?」


「【回答】識別信号を辿ってきたんだから分かるでしょ」



 ユーバ・フュンフは弟である6号機のユーバ・ゼクスに生首を手渡してやると、



「【命令】それ持ってて。【拒否】当機は持ちたくない」


「【了解】分かったよ……」



 しぶしぶといったような口振りで生首を両手で抱えるユーバ・ゼクスは、



「【疑問】行かないの……?」


「【回答】行くわよ」



 ユーバ・フュンフの口調は苛立っていた。


 この人里の向こう側に、自分たちの開発者を殺害して逃亡した自立型魔導兵器『レガリア』がいるのだ。

 それはユーバシリーズの始まりを司る機体であり、ユーバ・フュンフとユーバ・ゼクスが兄として慕う真っ白いレガリアだ。高い防御力と優れた戦闘技術を誇り、ユーバシリーズを牽引してきた白い破壊神。


 ユーバ・アインス――ユーバ・フュンフとユーバ・ゼクスは、彼を殺しに来たのだ。



「【不快】このクソ兄貴、絶対に当機が殺してやるわ」



 苛立ちに身を任せてドスドスと足音を鳴らしながら、ユーバ・フュンフはゲートル共和国の城門を潜り抜けた。ユーバ・ゼクスは慌てた様子でユーバ・フュンフの背中を追いかける。

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