【第8話】

 食事のあとは商店街を散策である。



「【驚愕】色々なものが揃っている」


「ゲートル共和国の大商店街は、大体のものが揃うんだよ」



 人混みの中を逆らうように歩くエルドは、ぐるりと周囲の店を見渡してみる。


 服屋に雑貨屋、野菜や果物などを売る青果店や肉を量り売りする精肉店など様々な種類の店が立ち並んでいる。通行人も店先で呼び込みをかける店員に上手いこと口車に乗せられて、店の商品を興味深そうな雰囲気で眺めていた。

 統一感がない部分は人里らしいと言えようか。このゲートル共和国には、数多くの人間が集まるのだ。


 日傘を差してエルドの後ろに続くユーバ・アインスは、



「【疑問】軒先に装飾品を売っている宝石商が存在しているが、あれは盗まれないのだろうか?」


「本物じゃねえからなァ」



 ユーバ・アインスが示した先には、真っ黒い布地を敷いた台座の上に煌びやかな装飾品を並べて販売している胡散臭そうな男がいた。全体的にヒョロ長く、草臥くたびれた印象のある店主である。

 台座にはルビーにサファイア、エメラルド、ダイアモンドなど多くの宝石を使った商品が並べられている。見た目だけはとても綺麗だが、どれもガラスに色を塗っただけにすぎないハリボテだ。通行人は偽物の宝石などに目もくれず、店主の目の前を通過する。


 こんな場所で立ち止まるのは偽物の宝石と見分けることが出来ない子供と、相手の嘘すら信じ込んでしまう純粋無垢な連中だけである。



「お客さん、見かけない顔だね。安くしとくよ」


「本当か?」


「ちょおおおおおおい!? 何でテメェは騙されてんだよ、買わねえぞ!?」



 偽物の宝石だけしか使われていないにも関わらず、ユーバ・アインスは店主の前で立ち止まってしまった。襤褸布ぼろぬのの下で輝く銀灰色の双眸を台座に並べられた綺麗な装飾品に巡らせ、興味津々といった態度で吟味している。

 商品は首輪から指輪、腕輪、ブローチなど多岐に渡る。確かに本物の宝石を扱う宝石商のところと比べれば、偽物でもいいから綺麗に見せたい一般人向けの値段である。手頃というか、見た目の綺麗さを度外視した安価だ。


 ユーバ・アインスが手にしたのは、台座に嵌め込まれた金色の指輪である。指輪に嵌め込まれた宝石の色は、透き通るような青い宝石だ。サファイアを象っているのだろうが、所詮はハリボテである。



「綺麗だ」


「それいいだろ、上等な宝石を使っているんだ」


「本物の宝石とは違った純度だが、とても綺麗な代物だ。さぞ人気のある商品だろう」


「だから買わねえって言ってんだろうが」



 ユーバ・アインスの指から指輪を引っこ抜き、エルドは台座に叩きつけるようにして返却する。

 人里など訪れたことがないユーバ・アインスなど、こう言った嘘吐きの販売する店のいいカモだ。彼自身は財布を持っておらず1銭も所持していないが、むしろ金銭を持っていなくて正解かもしれない。下手をすれば怪しい商品を山のように売りつけられる可能性がある。


 ユーバ・アインスの手を掴み、エルドは偽物宝石商の前から強制的に引き摺って距離を取った。



「【疑問】何故それほど警戒する必要が?」


「テメェは絶対に騙されるからだよ。必要ねえのにいくつも買わされる」


「【回答】そんなことはない。当機の分析能力はユーバシリーズでも群を抜いている。【要求】認識の是正」


「分析能力が高くたって買わされそうになっていただろうが。あの指輪どうするつもりだったんだよ」


「【回答】黙秘権を行使する」


「やっぱり怪しいじゃねえか!!」



 あの指輪の何が気に入ったのか不明だが、ユーバ・アインスは無表情ながらもどこか不機嫌そうに引き摺られていた。まるで拗ねた子供である。



 ☆



 目的地は本屋である。


 銭湯『アルテノの泉』で待機中だったユーバ・アインスが興味を持った流行の恋愛小説を求めてきたところ、ちょうど在庫が切れてしまっていたようだ。

 肝心の恋愛小説はシリーズが続いているようで、読みたかった1巻が品切れの状態であった。これでは本屋を訪れた意味がない。



「元気出せよ、そういう時もあるって」


「…………」



 商店街の中央に設けられた噴水広場のベンチに座り、項垂れた様子のユーバ・アインスにエルドは励ましの言葉を投げかける。


 目当ての商品が棚になく、本屋の店主に聞いてみたら「ついさっき売れちまったねぇ」とのほほんと笑いながら言うものだからショックを受けたことだろう。自立型魔導兵器『レガリア』の中で最強を謳われる機体が恋愛小説の有無でここまで項垂れるのは、正直なところ見たことがない。

 日傘を差し、襤褸布ぼろぬので全身を覆い隠す純白のレガリアはエルドの言葉に応じない。在庫がないという部分もそうだが、店主の「当分、入荷はないねぇ」という言葉がよほど引き摺っているようである。


 ゲートル共和国を訪れるのはしばらく先になりそうだし、ここで手に入れておかなければ2度と手に入らないということはエルドも理解している。次にゲートル共和国を訪れた時には流行など過ぎ去り、かの恋愛小説も絶版となっていることだろう。



「今度の拠点はゲートル共和国の近くだって言ってたし、四輪車を飛ばせば簡単に来れる。それに本屋はあの場所だけじゃねえし、他の店ならあるかもしれねえだろ?」


「【悲嘆】当機が……あそこで宝石商に釣られなければ……あんな偽物の宝石に目が眩むなど……」


「ダメだ、完全に引き摺ってやがる」



 ガックリと肩を落とすユーバ・アインスに、エルドは密かにため息を吐いた。これは復帰までかなり時間がかかりそうだ。


 すると、近くで「やめてください!!」と甲高い悲鳴じみた声が耳朶に触れた。

 酔っ払った様子の若い男どもが、複数人で1人の女性に詰め寄っていた。昼間から酒を飲むとは呑気なものである。ゲートル共和国にレガリアが襲撃しないという最悪の未来を迎えるかもしれないのに、白昼堂々と酒を楽しむとは危機感がなさすぎる。


 据わった目つきで女性の腕を掴む若い男は、



「いいじゃんよ、ちょっとくらい。な?」


「やだ、離して!!」



 女性は今にも泣き出しそうな目で男どもを睨みつけるが、逆に相手を興奮させてしまう要因となってしまう。酔っ払いの腕力は相当強く、女性は抵抗虚しく引っ張られてしまうだけだ。


 これはさすがに見過ごすことなど出来ない。

 普段は自立型魔導兵器『レガリア』を相手に戦っているエルドなら、一般人を相手にしても余裕で勝てる。さすがにシリーズ名で管理されるレガリアは簡単に勝てないが、酔っ払いに遅れを取るほど弱い改造など施されていない。



「おい、兄ちゃんたちよ。寄って集って女1人に何してんだ」


「ああ?」



 エルドが声をかければ、明らかに酔っ払った男たちの視線が集中する。標的がエルドに移行したようで、彼らは腕を掴んでいた女性をあっさりと解放した。



「何だオッサんん゛」



 酔っ払いの1人がエルドに詰め寄った瞬間、ユーバ・アインスの拳が酔っ払いの頬に突き刺さった。


 もちろん、ユーバ・アインスは兵装を使っていない。彼自身の拳で酔っ払いをぶん殴った訳である。

 ただし、レガリアの有する人工筋肉が酔っ払いにどれほどの影響を及ぼすか不明だ。ユーバ・アインスも見た目は細いが、かなり膂力はある方だ。


 案の定、盛大に吹き飛ばされた酔っ払いは地面を滑り、大の字で転がることとなった。



「…………改造人間を相手に戦闘を挑むとはいい度胸だ」



 レガリアらしい口調を消したユーバ・アインスは、



「次は誰が相手だ?」


「すみませんでした」


「ごめんなさい」


「命だけは助けてください」



 酔っ払いどもは全員揃って土下座をすると、地面で大の字に伸びている仲間を引っ張って退散した。彼らの酔いも覚めたことだろう。


 ユーバ・アインスの行動理念は、エルドを守ることにある。酔っ払いをエルドの脅威と見做したことで、殴って撃退したのだ。

 まあ、あんな酔っ払いの攻撃など正真正銘の改造人間であるエルドには通用しない。殴られたって痛くも痒くもないのだ。



「す、すみません、ありがとうございます」


「礼には及ばない」



 申し訳なさそうに謝罪をする女性は「お礼をさせてください」と告げ、



「あの、今はこれしか持っていなくて……」



 そう言って差し出してきたのは、本屋の紙袋である。中身を見てみれば、新品と思しき恋愛小説だった。

 ユーバ・アインスが目当てとして本屋を訪れた小説である。まさか巡り巡ってこんな場所で手に入るとは想定外だ。


 女性は「あ」と気づき、



「すみません、男の人は恋愛小説なんて読みませんよね……」


「問題ない。ありがたく受け取る」



 食い気味にお礼を述べたユーバ・アインスは、いそいそと受け取った紙袋を襤褸布ぼろぬのの中にしまい込むのだった。

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