【第7話】
食事をするレストランも、エルドは行きつけがあった。
「ここだよ」
「【納得】なるほど」
宮殿を買い取って改造を施した『アルテノの泉』とは違って、付近にあるレストランは小ぢんまりとしていた。
窓から内部の様子を窺うが、ちょうど昼飯時を過ぎ去った頃合いなのか客入りはあまりない。ちらほらと利用客がいる程度だが、誰も彼も男性ばかりである。エルドと同じぐらい屈強な男も利用しているので、比較的安心して店に入れる。
エルドはレストランの扉を開けると、
「親父、店の奥の席は空いてるか?」
「…………」
カウンターの向こうにある厨房で新聞を読んでいた初老の男は、店内に顔を覗かせるエルドへ面倒臭そうな視線を寄越してくる。それから「見りゃ分かんだろ」と言った。
いつも思うことだが、本当に愛想のない店主である。作る食事が美味しくなかったら絶対に殴っていたし、絶対に利用しない類の店だ。
エルドは店の奥に設置されたテーブル席を陣取り、
「アインス、テメェも俺と同じ奴でいいか?」
「…………」
「おい、アインス?」
椅子に座ることなく、ユーバ・アインスは厨房で食事の用意をしている初老の店主に視線を注いでいた。無機質な光を宿した銀灰色の双眸が、
何となく嫌な予感がするのは気のせいだろうか。下手をすればカウンターで作業中の店主を後ろから襲い掛からんとする雰囲気がある。
すると、ユーバ・アインスが小声で呟いた。
「【疑問】愛想のない店主だから利用客が少ないのだろうか」
「おいコラ、失礼なことを言うんじゃねえよ」
「【回答】あの程度であれば、当機は小指で撃破可能だ。兵装を使うまでもない」
「撃破すな」
エルドが「いいから座れ」と命じれば、ユーバ・アインスは渋々とエルドの対面に置かれた椅子に腰掛けた。
「【疑問】ここはどのような食事を提供するのだろうか?」
「ガッツリ肉だな。普段は携帯食料とか、保存の効く飯ばっかりだし」
戦争の真っ只中であり、定着した場所を持たないので食事は基本的に携帯食料や保存の効くものばかりなのが傭兵団『黎明の咆哮』の食事事情である。文句はないのだが、やはり肉や魚などの腹に溜まるような食事が恋しくなる時もあるのだ。
人里を訪れた時や定着できる場所を見つけた時は、腹に溜まるような食事をするのが常だ。移動中でなければ携帯食料は食べないし、しばらくはきちんとした食事が望めそうである。ゲートル共和国の近くにある町を根城にすると言っていた。
エルドは厨房で作業中の店主へ振り返り、
「親父、ステーキ2人前な」
「今やってんだろうが」
無愛想な店主に言われてしまい、エルドは「あっそ」としか反応できなかった。相変わらず愛想のない店主だ。
これに反応を示したのはユーバ・アインスである。
襤褸布の下に潜む銀灰色の瞳を眇め、純白のレガリアは小声で呟いた。絶対に自立型魔導兵器『レガリア』であるとバレるような発言を。
「【展開】超電」
「待てアインス、止めろ、姉御に怒られるぞ」
「【疑問】何故あのような人間を生かしておく必要がある?」
「だからってそんな暴力的な発想になるかよ、普通!?」
兵装を展開して厨房の無愛想な店主もろとも小さな飲食店を破壊しようと目論む純白の破壊神を、エルドは必死に押し留めるのだった。
☆
「ほらよ」
ガチャン、と乱暴に机へ運ばれてきた皿には、分厚い肉の塊が鎮座していた。
店主は稀に見る無愛想な男だが、料理の腕前だけは1級品である。正直な話、この料理を目当てに嫌な店主の相手をしているぐらいだ。
分厚い肉の塊には焦茶色のソースがかけられ、付け合わせの茹で野菜はツヤツヤと輝いている。鼻孔をくすぐる香ばしいソースの香りが食欲をそそり、エルドの胃腸が思い出したように空腹を訴え始めた。
ユーバ・アインスは最後まで店主の態度に物申したい様子だったが、エルドは気にせず机の端に置かれた箱からナイフとフォークを取り出す。
「いただきます」
しっかりと両手を合わせてから、エルドはナイフで肉の塊を切り分ける。戦闘用外装を嵌めた状態の右腕でナイフを握ればナイフのほうがひしゃげてしまうので、まずは左手だけで肉の塊を食べやすい大きさに切っていく。
切り分けた肉の塊を持ち替えたフォークの先端に突き刺して、焦茶色のソースを絡めてから口に運んだ。一般的な調味料の他に果物や蜂蜜などの隠し味も使っているようで、舌の上に甘辛い味が広がっていった。
柔らかい肉を味わって咀嚼し、
「はー、死ぬんだったらこの肉料理を食ってから死ぬわ……」
「【拒否】エルドに死なれたら困る」
料理に手をつけず、ユーバ・アインスが対面からじっとエルドを見つめてくる。
「【宣言】当機はエルドを守ると決めた。故に寿命を迎えるまで貴殿を死なせることはない、絶対に」
「分かってるよ、ちょっと言ってみただけだろ」
順調に料理を口へ運んでいくエルドは、
「テメェも食えよ。飯は食えるんだろ?」
「【回答】問題はない」
「じゃあいいだろうが」
「…………」
ユーバ・アインスは僅かに逡巡する素振りを見せてから、慣れない手つきで机の端に置かれた箱からナイフとフォークを手に取った。
自立型魔導兵器『レガリア』だから、食事をするような機会はなかったのだろう。食事を魔力に変換できる機能が備わっているものの、リーヴェ帝国に所属しているうちは使う場面などない。
じっとナイフとフォークを見下ろしてから、ユーバ・アインスはぎこちない手つきでナイフを肉の塊に添える。
「【疑問】使い方は問題ないだろうか?」
「おう、そうだな」
エルドは右腕が使えないので、ナイフとフォークを左手で交互に使うしかないのだが、本来であればユーバ・アインスの使い方が正しいのだ。団長のレジーナは食事の作法が綺麗なので、それを参考にするしかない。
キコキコと器用に肉の塊を切り分けると、ユーバ・アインスは「【計測】大きさは十分」と呟く。視覚機能で肉の大きさまで正確に切り分けることが出来るとは便利なものだ。
納得できるほどの大きさに切り分けた肉の塊をフォークに突き刺し、首を傾げながらも焦茶色のソースを絡めてから恐る恐る口に運んだ。内臓まで複雑な構造をした自立型魔導兵器『レガリア』が、初めて食事をすることになった。
「…………【報告】数種類の果物と蜂蜜、砂糖などの調味料が使われている」
「まあそうだな。店主はどう頑張っても教えてくれないけどな、ソースの作り方」
エルドが何とはなしに厨房で新聞を読んでいる最中の店主に視線を投げれば、鬼のような形相でこちらを睨んでいた。「絶対にソースの作り方は教えねえ」と態度から察することが出来た。
店主がああやって頑ななので、エルドはゲートル共和国を訪れるたびにこの肉料理を食べてソースの味の分析を独自に行なってきたのだ。果物と蜂蜜が使われていることまでは分かったが、やはり再現までは至らない。
2切れ目の肉の塊を口に運ぶユーバ・アインスは、
「【報告】原材料なら解析可能だ」
「本当か?」
「【要求】当機の分析技術を甘く見ないでほしい」
小声で伝えてくるユーバ・アインスは「【肯定】解析の他、再現することも可能」と続ける。
「【提案】原材料の購入、及び実践」
「テメェは本当に有能だな」
「【回答】褒めても何も出ない」
順調に肉料理を消費するユーバ・アインスは「【称賛】確かに美味ではある」と言う。自立型魔導兵器『レガリア』でも食事を美味しいと感じることはあるようだ。
店主の態度は苛立ちを覚えるものの、やはり肉料理は美味しいのだ。肉は柔らかく処理されており、エルドでも再現は不可能である。
携帯食料に慣れ親しんだエルドの舌先が、美味しい肉料理に悲鳴を上げている。いくら食べてもいいぐらいだ。
「【回答】この料理の味に免じて、店主に兵装を使うのは止めよう」
「おう、永遠にそうしてくれると助かるんだわ」
未だに店主を兵装でボッコボコにすることを目論んでいたユーバ・アインスに、エルドは「止めろよ」と強く言いつけるのだった。
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