【第11話】

 レノア要塞から撤退した傭兵団『黎明の咆哮』は、アルヴェル王国から何か言われるより先にその場から逃げるように立ち去った。


 今回の件で、傭兵団『黎明の咆哮』にリーヴェ帝国で最強とも呼び声の高いユーバ・アインスが在籍していることが明るみに出てしまったのだ。異変を感じ取るのは当然のことである。

 詰め寄られるより先にその場から逃げてしまえば、少しは誤魔化しが通用する。傭兵団はアルヴェル王国に協力しているとはいえ、元々は独立した組織なのだ。逃げられると追及が出来ず、傭兵団からすればいくらでも誤魔化すことが可能となる。


 そして現在、レノア要塞から逃げた傭兵団『黎明の咆哮』は荒野のど真ん中で野営地を築いていた。



「え? ユーバ・ズィーベンは直さねえのかよ」


「直さない」



 団長のレジーナは、エルドの言葉をキッパリと否定した。



「ただでさえ本国からユーバ・アインスについて睨まれているんだ、ユーバ・ズィーベンまで復活させて自由に活動できなくなったら困る。それに、ウチの傭兵団にはユーバシリーズを2機も匿う余裕などない」


「天下最強って呼び声の高いユーバシリーズなのに」


「それでも、だ。本国から睨まれたら敵わん」



 レジーナの厳しい意見に、エルドは何も言えずに引き下がるしかなかった。

 団長が言うならば従わなければならないのだ。傭兵団『黎明の咆哮』の懐事情を1番理解しているのはレジーナである。一介の傭兵で、しかも傭兵団『黎明の咆哮』の運営に関わろうとしないエルドに言える意見などない。


 ユーバシリーズが2機も揃えばアルヴェル王国が戦争に勝利できる可能性も飛躍的に上昇するのだが、やはりリーヴェ帝国で最も有名なレガリアを秘密裏に抱えるのは無理がある。ここは涙を呑んで諦めるしかない。



「……残念だったな、アインス」


「【疑問】何がだ?」


「え?」



 キョトンとしたような態度で応じるユーバ・アインスに、エルドは拍子抜けした。



「だって末の妹だったんだろ? 惜しいとか思わねえのか?」


「【回答】現在、当機の所属は傭兵団『黎明の咆哮』預かりとなっている。敵兵となった末妹を撃破、処分するのは適切だと判断する」


「ええー……」



 意外と乾いた回答である。

 そういえば、末妹を撃破したというのに表情や態度が何も変わらないのだ。自立型魔導兵器『レガリア』でも、弟妹機を撃破してもそれほど精神的な影響はないらしい。


 最初に「弟妹機と戦えるだろうか」と心配していた姿が嘘のようだ。倒してみたら何でもなかった様子である。



「で、だ。エルド」


「何だよ、姉御」


「レノア要塞の戦場に単騎で飛び込んだ理由についてだが」


「俺はもう休むわ、じゃ」



 エルドはそそくさとその場から逃げようとするが、



「エルド」



 底冷えのするようなレジーナの声に呼び止められ、足が止まってしまった。何というか、その場から動いたら確実に命が吹き飛びそうな気配を感じ取ったのだ。

 ゆっくりと振り返れば、黒髪ぱっつん美女がすごーく綺麗な笑顔を浮かべて仁王立ちしているのだ。下手をすれば彼女の改造された両足でドロップキックが飛んできかねない。鍛えているとはいえ、生身に改造された部分を蹴られれば確実に死ねる。


 エルドは助けを求めるようにユーバ・アインスへ視線をやるが、



「よう、ユーバ・アインス。エルドの情報について知りたくない?」


「アイツの好きな食い物とか、好きな女のタイプとかさ。オレら付き合いが長いから色々と知ってるぜ?」


「【回答】是非」


「ゥオイ!! 簡単に買収されてんじゃねえ!!」



 何てこった、天下のユーバシリーズ初号機様が簡単に買収されてしまった。しかも買収された内容が『エルド・マルティーニという男についての情報』である。クソどうでもいい。


 これで逃れることが出来なくなった。無理にでも逃げればレジーナの改造された強力キックが飛んでくるし、頼みの綱であるユーバ・アインスは仲間の戦闘要員どもに連れて行かれてしまった。万事休すである。

 エルドに残された道はただ1つ、ユーバ・アインスについての秘密を団長であるレジーナに報告することだ。彼の秘匿任務について話せば、果たして団長は納得してくれるだろうか。



「逃げるなよ、エルド。お前は何でも抱えすぎるきらいがある」



 レジーナは理知的な印象のある緑色の双眸を音もなく眇めると、



「何があったのか話してくれなければ、報酬も出せんしな」


「……分かった。話すから蹴飛ばさないでくれよ」



 エルドは観念したようにユーバ・アインスの請け負う秘匿任務の内容について話すことにした。



 ☆



「なるほど、そんな内容の任務をユーバ・アインスは請け負っているのか」



 レジーナは納得したように頷く。


 エルドが説明した秘匿任務は、掻い摘んだ内容である。詳しい事情は馬鹿なエルドの頭では説明できなかった。

 ユーバ・アインスの開発者がリーヴェ帝国のやり方に納得できなかったこと、それからユーバシリーズを戦争の駒として使用されたことに対して憤りを感じていたことなどを語れば十分だろう。開発者の遺志に基づいてリーヴェ帝国を裏切ったと説明する以上に何を語ればいいのか。


 エルドは「もうこれで全部だ」と言い、



「あとはアインスの奴に言え。俺が理解できたのはここまでだ」


「そうか、ご苦労」



 レジーナの答えは簡素なものだった。これ以上は何も聞かないとばかりの態度である。



「いいのか? 何も言わなくて」


「利害は一致しているが、特に何も言う必要はないな。それはユーバ・アインスが成し遂げることで、我々が協力する義務や義理はない」



 レジーナはエルドを真っ直ぐに見据え、



「お前は協力すると言ったんだな?」


「ああ」


「ならば、それはお前が成し遂げてやれ。ユーバシリーズの撃破について我々が協力できる場面は少ないだろうが、それでもお膳立てぐらいはしてやれるさ。リーヴェ帝国を壊滅させる作戦に関しては、我々の目標と一致しているから何も言わん」



 エルドの胸元をドンと叩いてきたレジーナは、



「仕方がないから容認してやろう、秘匿任務の協力をな。しっかり成し遂げろ」


「助かる、姉御」


「再三言うが、我々はユーバシリーズ撃破の部分に関して協力してやる義理はない。せめてお前たちが戦えるように、非戦闘員の避難誘導をするぐらいだ。お前とユーバ・アインスでどうにかするんだな」


「それは分かってる」



 秘匿任務はユーバ・アインスが成し遂げなければならない任務で、エルドはそれに協力すると言った。傭兵団『黎明の咆哮』の連中まで巻き込む訳にはいかない。

 ユーバ・アインスと共倒れ覚悟で秘匿任務に臨むのは、エルドだけでいいのだ。それ以外を不用意に巻き込んで、戦死でもすれば引き摺る自信がある。


 レジーナに「今日はもう休め」と言われ、エルドはようやく解放された。秘匿任務の内容にも納得してもらえたから、まあよかったのだろうか。こんなことになるならさっさと話しておけばよかった。



「ふあぁ、どうせアインスの奴は勝手に帰ってくるだろうし先に寝てるかな……」



 レノア要塞でさんざっぱら暴れた影響で、身体に疲労感も溜まっている。車中泊で疲れが取れるか心配だが、早めに休んでおくに越したことはない。


 欠伸をするエルドは戦闘用外装を外して、自分の四輪車の後部座席に放り込む。それから運転席の扉を開ければ、腰の辺りにドスンと軽い衝撃が走った。

 白い頭がエルドの腰にしがみついていた。仲間の戦闘要員どもに連れて行かれたユーバ・アインスが、何故かエルドに抱きついていたのだ。



「アインス、どうした。テメェも早く休めよ」


「【疑問】身長が低く、華奢で可憐な少女が好みだという情報は本当か?」


「ん?」



 何か脈絡の分からない疑問をぶつけられて、エルドは困惑した。



「【疑問】つまり、エルドはユーバ・ズィーベンのような少女型レガリアが好みなのか?」


「何言ってんだテメェ」


「【悲嘆】当機には現在の容姿を変える兵装を搭載していない。これではエルドが離れていってしまう。【要求】早急に兵装を組み上げ、貴殿の好みに合致する外見を手に入れるので捨てないでエルド」


「おいコラ!! アインスに何吹き込みやがった!?」



 絶対に離さないとばかりにしがみついてくるユーバ・アインスを引き摺りながら、エルドはあることないこと吹き込んでくれた馬鹿野郎どもに物申すのだった。

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