【第10話】

「だあああああああッ!!」



 エルドの絶叫が戦場に響き渡る。


 改造された右腕を振り抜けば、自分の身長より高い量産型レガリアの胴体部分をぶん殴った。胴体部分の鉄板が拳の形に歪み、さらに内部構造にまで影響が出始める。

 量産型レガリアは「【警告】損傷箇所多数、早急の修理をををを」と何かを訴えていたが、最終的にバタリと倒れて動かなくなってしまった。精密機器はやはり殴るだけで機能停止に追い込めるので便利である。


 ガシャガシャと襲いかかってくる量産型レガリアを蹴飛ばし、投げ飛ばし、殴り飛ばし、順調に次々と屠るエルドは「多すぎだろ!!」と叫んだ。



「殴っても殴っても出てきやがる!! 増殖でもしてんのか!?」


「エルド、そっちに大きいのが行ったぞ!!」


「ああ!?」



 団長のレジーナに言われ、エルドは背後を振り返る。


 そこにいたのは戦車に量産型レガリアの上半身が括り付けられた奇妙な形の量産型レガリアだった。戦車と量産型レガリアの融合である。こんな合成獣キメラじみた見た目の量産型レガリアは、あまりお目にかかれないかもしれない。

 戦車型レガリアの巨大な砲塔が、真っ直ぐにエルドを向いている。砲弾発射まで秒読みだ、ついでにエルドの命が潰えるまであと少しである。


 おそらくエルドが拳を振り抜くよりも、相手の戦車型レガリアが砲弾を撃ち込んでくる方が早い。これはもう終わった。



「【展開】超電磁砲レールガン



 次の瞬間、混沌とした戦場に1条の白い光が迸り、戦車型レガリアを貫いた。


 白い光によって一刀両断された戦車型レガリアは、盛大に爆発して機能を停止する。儚い命だった。エルドは静かに戦車型レガリアへ合掌する。

 その戦車型レガリアを一瞬で屠ったのは、数多いる自立型魔導兵器『レガリア』の中でも最優にして最強と呼び声の高いユーバシリーズの初号機だ。純白の砲塔を掲げ、さらに半壊状態に陥った少女型レガリアを担いでいる。


 純白のレガリア――ユーバ・アインスは、唖然と見上げてくるエルドへ視線をやり、首を傾げてから口を開く。



「【疑問】どうした、エルド。当機の背後に何かいるか?」


「いや、いねえけど」


「【補足】当機の索敵範囲では捉えられない何かが存在していると仮定。幽霊とか」


「少なくとも、それは別の才能を持ってなきゃ見れねえ奴だから安心しろ」



 こんなところで幽霊など見ている場合ではないのだ。


 黒焦げの鉄屑と化した戦車型レガリアを一瞥もせず、ユーバ・アインスはエルドに歩み寄る。それから自分が抱えていた少女型レガリアを突き出してきた。

 よく見れば、それは瞳を閉じた7号機のユーバ・ズィーベンである。半壊状態のまま回復する気配が見られないので、ユーバ・アインスの手によって機能停止に追い込まれたのだ。彼は秘匿任務を遂行できたらしい。


 ユーバ・アインスは白い砲塔から白い盾に変換しながら、



「【提案】早期の撤退を。【補足】当機の任務はすでに終了した。傭兵団『黎明の咆哮』の戦闘要員の人命保護が最優先」


「そうか、用事が済んだんならこの戦場にも用事はねえ!!」



 両腕を広げて襲い掛かってきた量産型レガリアの腕を引き千切り、エルドは「姉御!!」と叫ぶ。



「撤退するぞ!! アインスの奴が帰ってきた!!」


「それならここにいる用事はない!! 全員、撤退できる奴から撤退しろ!! ユーバ・アインスは撤退できそうにない仲間の支援を頼む!!」


「【了解】その命令を受諾する」



 コクリと頷いたユーバ・アインスは、任務を遂行する為に混沌とした戦場へ飛び込んでいく。量産型レガリアを次々と屠るその姿は、白い破壊神と形容するのに相応しい。


 エルドは彼の勇姿を眺めてから、押し付けられたユーバ・ズィーベンの亡骸に視線を落とす。

 銃弾によって額は撃ち抜かれ、可愛い顔立ちにはヒビが入ってしまっている。珍しいユーバシリーズの内部構造まで剥き出しとなっていた。下手をすれば自爆して、その自爆にエルドも巻き込まれて同時討ちという展開もあり得る。


 いいや、今は考えるのを止めよう。ユーバ・アインスは自分のなすべきことを成し遂げたのだから、それを褒めるべきだ。



「エルド、それは?」


「ん、ああ。ユーバ・アインスの奴が屠った7号機のお嬢さんだよ」


「なるほどな。随分と酷い死に方だ」



 エルドに担がれるユーバ・ズィーベンの亡骸を観察するレジーナは、



「エルド、お前も仲間の支援に向かってくれ」


「え? でもコイツを抱えてるし」


「その7号機の処理は私が引き受けよう。大丈夫だ、その程度であれば私も抱えられる。それに、量産型レガリアが勘付いて7号機の亡骸を回収しようとすれば厄介だろう」



 レジーナは両腕を突き出して「さあ、7号機を渡せ」と言ってくる。


 彼女に引き渡してもいいのだが、エルドにはユーバ・ズィーベンの亡骸を簡単に渡せない理由がある。

 根本的な問題だ。いくら団長のレジーナでも、自立型魔導兵器『レガリア』の運搬は非常に厳しい。


 エルドは少し躊躇いがちに、レジーナが突き出してくる両腕へユーバ・ズィーベンの亡骸を乗せた。



「おごおッ」



 レジーナの口から苦悶の声が漏れる。



「無理すんなよ、姉御。腰をやるぞ」


「おまッ、エルド、何でこんな、こんな」


「言わんとすることは分かってる。俺は鍛えてるし、右腕を改造しているからな」



 エルドは真剣な表情で、とりあえず彼女の両腕にユーバ・ズィーベンを乗せることを止めた。


 自立型魔導兵器『レガリア』は、見た目とは対照的にとても重いのだ。いくら魔力を動力源としていても精密機器であることは変わりないので、壊された自立型魔導兵器『レガリア』を回収するのは骨が折れる作業なのだ。

 それは自分より遥かに身長が小さいユーバ・ズィーベンでも同じことだ。むしろ量産型レガリアよりも重いかもしれない。この重さで戦場を軽々と駆け回れる素早さは目を見張るものがある。


 恨みがましそうな視線を寄越してくるレジーナに、エルドはこう提案する。



「せめて俺のように腕を改造した改造人間に運んでもらえよ。姉御の細腕じゃまともに運べる訳ねえだろ」


「私だって傭兵として活躍して随分と経つのに、レガリアすら運べんとは情けなさすぎる……」


「仕方ねえだろ、姉御の場合は足を改造してんだからよ。悔しかったら両腕を改造してから出直せ」


「ドクター・メルトに頼んで両腕の改造をしてもらうように言おう。そうすれば私もレガリアを運べるように」


「誰か!! 姉御を引き摺ってレノア要塞まで連れて行ってくれ!! 姉御がご乱心だ!!」



 もう埒が開かないので、他の人員に頼んで引き摺っていってもらうことにした。思いの外、頑固な団長で困る。

 レジーナは「ええい、私が運ぶ!!」と言って聞かなかったが、同じく撤退を開始した仲間の傭兵に両腕を掴まれて引き摺られていった。最後の最後まで我儘を叫んでいた。どうしてああも頑なになるのだろうか。


 エルドは両腕に改造を施した仲間を呼び止めると、



「姉御がうるせえから、コイツも一緒に連れて行ってくれや」


「え? ユーバシリーズじゃねえか、これ。持っていって大丈夫かよ?」


「平気だろ。アインスの奴と同じように魔力を外部から突っ込んで回復されるんじゃねえの?」



 天下のユーバシリーズ、その7号機だ。ユーバ・アインスを見つけた時と同じように修理すれば、アルヴェル王国の味方として使えるかもしれない。

 最優にして最強と謳われるレガリアが2機も味方につけば、この戦争など勝ったも同然だ。エルドが傭兵を安心安全に引退できる日も近い。


 ユーバ・ズィーベンを受け取った仲間は「それもそうか」と頷き、



「援護が終わったら帰ってこいよ。団長からまた怒られるぞ」


「分かってるよ、給料貰うまで死ねる訳ねえだろ」



 ユーバ・ズィーベンを抱えた仲間を見送り、エルドは改めて戦場に向き直る。


 量産型レガリアの勢いは未だ衰えておらず、数え切れないほどの個体数が投入されている。味方であるアルヴェル王国の改造人間たちも健闘しているが、中でも凄まじい動きを見せるのは純白のレガリアだ。

 千変万化する兵装を適宜切り替えて戦場を駆け抜け、量産型レガリアを次々と薙ぎ倒していく。かつて『白い破壊神』と呼ばれていただけある高い戦闘能力を存分に活用し、味方の撤退を手助けしていた。



「【疑問】エルドも戦うのか?」


「姉御から味方の撤退を助けてやれって命令されてな」


「【回答】そうか」



 純白の盾を構えるユーバ・アインスは、千切れた量産型レガリアの首をどこかに投げ飛ばしながら応じる。



「【報告】味方の撤退完了率は83%」


「おう、じゃあもう少し気張っていくぞ。戦えるか?」


「【回答】残存魔力は68.58%だ。【補足】適宜回復しているので、問題はない。【疑問】エルド、貴殿は問題ないのか?」


「愚問だな、まだまだ戦えるさ」



 改造された右腕を鳴らして、エルドはユーバ・アインスの疑問に答えた。


 撤退完了まで残り僅かだ。

 ここからが正念場である。戦争が終わるまで、こんな場所で死ねる訳がないのだ。

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