【第7話】
――敵位置情報入力、所在不明。
ユーバ・アインスに搭載された人工知能が告げる。
擬態能力の高い7号機、ユーバ・ズィーベンを相手に『かくれんぼ』とは難しすぎる。光学迷彩を駆使して重要施設に潜り込み、情報収集と暗殺業務を請け負っていた隠れることが得意なレガリアだ。
受けた攻撃を模倣する為に防御力と攻撃力を均等に設計された初号機、ユーバ・アインスでは運用方法はまるで違う。ユーバ・アインスは全ての戦場にどんな状況でも対応できるようになっているが、ユーバ・ズィーベンは完全に隠密業務を想定して運用されていた。
それに、現在は量産型レガリアが犇めく戦場である。こんな場所であの少女型レガリアを見つけるのは至難の業だ。
「【設定】周辺の量産型レガリアを優先的に捜査。索敵範囲内の変更を」
――【了解】索敵範囲内の設定変更を受諾。通常より精度を優先、範囲を狭めます。
索敵範囲を広域に設定していると、かえってユーバ・ズィーベンは見つけにくい。もっと索敵範囲の精度を上昇させ、範囲を狭めれば発見できる可能性は僅かながら上昇する。
「アインス、来てるぞ!!」
「【了解】対応可能だ。【展開】
エルドから量産型レガリアの反応を報告され、ユーバ・アインスは純白の盾を構える。
汚れのない純白の盾を殴りつけたのは、ユーバ・アインスよりも大きな量産型レガリアである。両腕は丸太のように太く、チカチカと明滅する赤い光がユーバ・アインスを凝視する。
量産型レガリアは純白の盾に傷がついていないと判断するや否や、何度も何度も何度も何度もユーバ・アインスの純白の盾を殴り続けた。それほど殴られてもユーバ・アインスに搭載された人工筋肉は量産型レガリアを遥かに上回る
それに、今はユーバ・アインスだけが戦場に立っている訳ではない。こんな激戦区でも頼もしい相棒がいる。
「アシュラ!!」
見上げるほど大きな量産型レガリアが、真横から飛んできた巨大鉄拳を受けて呆気なく吹き飛んでいく。胴体は凹み、レガリアの運用に於いて重要な部分を損傷したのか、頭部で輝いていた赤い光がプツリと途切れる。
右腕の改造部分からぷしゅー、と蒸気を噴き出すエルドが突き出した拳を乱暴に振るう。振るった先には高速で回転する刃を両腕から生やした別の量産型レガリアがいて、頭部に拳を受けて首が千切れ飛んだ。
千切れた首から緑色の液体が零れ落ちる。おそらくレガリアの体内で流れている魔力だろうが、見ようによっては血液と認識されてもおかしくない。
「殴られるだけじゃなくて、もっと攻撃しろよ!!」
「【反論】当機の運用方法は敵の攻撃を受け、
「そうか、知るか、命を大事にしろ!!」
「【反論】当機の損傷箇所は、体内に流れる魔力及び空気中の魔素を取り込んで自動的に回復する設計となっている。【結論】命は複数ある」
正直に答えたはずなのに、何故かエルドはユーバ・アインスの表現が納得できなかったのか憮然とした表情のままだった。
「【予測】ユーバ・ズィーベンは当機の近くにいるかもしれない」
「どこにそんな根拠があるんだよ」
「【説明】ユーバ・ズィーベンは隠密に長けたレガリアだが、個体に与えられた人工知能は甘えん坊に設計されていると推測」
ユーバ・ズィーベンは、他のユーバシリーズの個体によく引っ付いていた。単独任務が多かった故に、寂しかったことが原因だろう。人工知能もよく学び、最終的には任務以外で1人にはなりたくない甘えた性格となった。
それに、彼女は『かくれんぼ』と言っていた。リーヴェ帝国でよくやっていた遊びである。他のユーバシリーズに「かくれんぼをしよう」と提案して色々な場所を探させるが、最終的には探している鬼の近くを光学迷彩で隠れていたということが多かった。
だからこそ、索敵範囲を狭めたのだ。精度を優先したのも、光学迷彩を看破する理由がある。
「なるほどな」
納得したように頷いたエルドは、
「俺の近くにも可能性はあるってことだな」
「【肯定】かくれんぼの勝負を受けたのはエルドだから、貴殿の近くにいる可能性が高い」
「じゃあよく注意して見ててくれや」
エルドは目を閉じると、
「俺は動かねえ」
「【疑問】何故? この戦場で不動の姿勢は逆に死亡の確率を高めるが」
「かくれんぼが上手い奴は、探している時の鬼の反応を見て楽しむ馬鹿が多いんだよ」
「【納得】そういうものなのか」
「傭兵団の非戦闘員を相手にかくれんぼをしてみろよ。性格の悪いクソガキどもがうじゃうじゃいるぜ」
「【回答】当機であれば30秒もあれば発見できる」
「テメェの索敵技術の高さを忘れてたわ」
エルドは呆れたように返す。
そういえば、ユーバ・ズィーベンも言っていたような気がする。人工知能に収納された在りし日のユーバ・ズィーベンとのやり取りを密かに再生する。
確か、ユーバ・アインスが鬼に選出されて、あちこちを探し回って、結局は背中から光学迷彩を使って忍び寄ってきた時のことだ。あれは通算35回目のかくれんぼだが、ユーバ・ズィーベンは珍しく楽しそうに言っていた。
――【回答】お兄様の反応は面白いです。ユーバ・ズィーベンは、お兄様に見つけてもらうのが1番やり甲斐があります。
――【回答】見つけた時、お兄様の反応がいいので好きです。
――【回答】あと必死に探しているのもいいです。
あの回答から判断して、やはりユーバ・ズィーベンもエルドが言うように鬼の反応を楽しんでいるのだろう。鬼から反応しなければ、もしかして可能性は十分にあり得るのではないだろうか。
ユーバ・アインスもまた、エルドに倣って不動の姿勢に移行する。
戦場を埋め尽くす破壊音、悲鳴、絶叫、爆発音、破壊破壊破壊、吹き飛ばされる音、雑音雑音雑音雑音雑音雑音雑音雑音雑音雑音。
――じゃりッ。
近くで、土を踏み締めるような音を聞いた。
「【展開】
ユーバ・アインスは純白の盾を振り上げ、エルドの左肩を狙う。
背後から伸びていた鈍色の刃。その切っ先がエルドの肌に触れる僅か1秒にも満たない時間だ。
喉元を切り裂くより先に、ユーバ・アインスの突き出した純白の盾が上手いこと鈍色の刃を弾いた。ギィンと鈍い音が聴覚機能を刺激する。
「【驚愕】お兄様……!?」
エルドの背後に忍び寄る黒い影。
光学迷彩を使用して、やはり鬼となったエルドの近くにいたのか。かくれんぼの最中に動かなくなってしまったので、痺れを切らして行動に出たようだ。
「【回答】まだ負けていません。【提案】もう1度光学迷彩を使用し」
「させるかァ!!」
エルドが右拳を振り抜いた。
光学迷彩を使って景色に溶け込もうとしたユーバ・ズィーベンだったが、エルドの放った右拳を顔面で受け止めて吹き飛ばされる。やはり量産型レガリアと同じように首から上が千切れ飛んでいき、加えて殴られた際の衝撃に耐えられずユーバ・ズィーベンの華奢な身体も一緒に吹き飛んだ。
首はあらぬ方向に転がり、胴体もひしゃげて普通なら損傷箇所を直せずに屍を晒すだけだ。だが相手は最優にして最強のユーバシリーズ――ユーバ・アインスの末妹だ。
「【実行】損傷箇所の自動回復。保有魔力38.52%を使用」
ひしゃげた身体は回復し、自動的に吹き飛んだ首が復元されていく。10秒と時間を必要とせず、あっという間に元通りの状態に戻ってしまった。
ユーバ・ズィーベンは恨みがましそうな視線を寄越してくる。
得意とする光学迷彩に対策を練られた上、容赦なくぶん殴られたのだ。恨みたくなる気持ちも分かる。
「【憤怒】殴るなんて酷いです、腕のお兄様」
「誰がテメェのお兄様だ」
「【絶叫】むきーッ!!」
ユーバ・ズィーベンがここまで叫ぶのも、珍しい気がする。
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