【第5話】
思考回路が停止した。
レノア要塞まで切り札たる自立型魔導兵器『レガリア』を運んできたはずが、その運んできたレガリアこそユーバシリーズの7号機だった。
最優にして最強と名高いシリーズの、7号機である。戦闘力は高くないと噂だが、突出した擬態能力で数々の情報を引き抜いてきた潜入任務を得意とする機体だ。ここで逃げられればアルヴェル王国の敗北――ひいては秘匿任務の遂行が敵わなくなる。
瞬きごとに色を変える特殊な瞳を瞬かせた7号機、ユーバ・ズィーベンは静かに首を傾げる。
「【疑問】お兄様、何故ズィーベンを無視されるのです?」
「…………」
エルドは
銀灰色の瞳を見開いたまま、彼は固まっていた。視線はユーバ・ズィーベンに固定された状態だが、何も言うことはない。
言える訳がなかった。末妹である7号機が敵兵として目の前に現れ、そしてアルヴェル王国の要人をあっさりと殺害した。完全に敵と認識された行動である。
何も言わないユーバ・アインスに代わって、エルドが前に進み出る。
「テメェ、今やったこと分かってんのか?」
「【疑問】貴方は誰ですか?」
「質問に答えろ」
「【回答】敵国の要人ですから殺害したまでです。潜入任務に於ける必要事項であると認識しておりますが?」
ユーバ・ズィーベンは音もなく瞳を眇め、
「【補足】当機は潜入任務を請け負う他、暗殺任務も場合に応じて請け負います。その為に設計されています」
「テメェの開発者はそんな運用のされ方なんて想定していなかったろうよ」
「【回答】お父様の意思は計りかねます。レガリアであるユーバ・ズィーベンにはお父様の気持ちを理解する機能はありませんので」
どこまで行ってもお人形と会話しているようだ。普段から会話を交わすユーバ・アインスとは大差がある。
7号機であるユーバ・ズィーベンに感情などは搭載されていない模様だ。ユーバ・アインスのような人間らしい振る舞いは一切削ぎ落とされ、代わりにレガリア特有の冷酷無慈悲な空気だけを纏う。
こんな場所で相手にしている機体ではないが、ユーバ・アインスがまともに機能しないのであれば再起動するまで相手をするしかない。
「悪いな、オニイチャンはちょっと現実を受け入れられていねえみたいだ」
ガシャンと右腕の戦闘用外装を鳴らしたエルドは、巨大な拳を握りしめて言う。
「だからしばらく俺と遊んでくれや、お嬢ちゃん」
「【了解】かしこまりました、それでは仕方がありません」
ユーバ・ズィーベンはまるで散歩でもするかのような足取りで、
「【回答】遊びましょう、改造人間のお兄様。かくれんぼです」
そう言い残して、ユーバ・ズィーベンの姿が揺らぐ。次の瞬きをした時には、少女の姿は目の前から掻き消えていた。
擬態能力が突出しているとは聞いていたが、まさか景色に擬態する能力も高いとは誰が想定するだろうか。潜入任務の為に自分自身の姿を変えるだけではないようだ。
レノア要塞に詰めかけていたアルヴェル王国の軍人たちは、ユーバ・ズィーベンに刺されて致命傷を負ったアリスを助けようと必死の様子だ。医療道具を惜しみなく使用し、彼女の流れ出る鮮血を止めようと躍起になっているが、いずれアリス・トワレッテという軍人は死に至る。胸を刺されれば1発でお陀仏だ。
彼女は戦争が終わった未来を憂いていた。これが妥当な結果なのだろう。
――【応答】お兄様、改造人間のお兄様。遊びましょう?
――【応答】当機を見つけることが出来れば、大人しく首を差し出すようにしましょう。
どこからか呼びかけてくるユーバ・ズィーベンが、楽しそうな口ぶりで言う。抑揚のない声が逆に恐怖心を煽る。
「チッ、やっぱり戦場か!?」
エルドはレノア要塞の激戦区に向かおうとするが、
「待て、エルド!!」
「姉御、行かせてくれや!!」
「行かせる訳がないだろう!! 相手はあのユーバシリーズだぞ!!」
傭兵団『黎明の咆哮』を率いる団長、レジーナが叫ぶ。
彼女の心配する気持ちは大いに分かる。この場で稼ぎ頭であるエルドに死んでもらっては困るのだ。傭兵団『黎明の咆哮』には他に活躍できる場所がたくさんあり、仲間を大切にするレジーナだからこそエルドにレノア要塞の激戦区へ身を投じてほしくないのだろう。
傭兵は金銭が貰えれば誰にだって尻尾を振る汚い連中だ。誇りもクソもなく、あるのは保身ぐらいである。生き残る為には敵兵にも土下座で許しを乞うような阿呆だ。
ユーバシリーズは最優にして最強――彼らが戦場に投入されてから、その絶大な威光は揺らがない。エルド1人で立ち向かったところで、相手には決して勝てない。
「姉御」
エルドは怒りと不安の感情が綯い交ぜになった瞳を向けてくるレジーナへ振り返り、
「それでも俺は行くよ」
決めたのだ。
別に途中で投げ出してもよかったのだけれど、エルド・マルティーニはそれでも決断したのだ。
ユーバ・アインスの秘匿任務に付き合う、と。
「じゃあな」
「エルド!!」
レジーナの制止を振り切って、エルドはレノア要塞に飛び込んだ。その先に待ち受ける7号機の少女を、1発ぶん殴ってやる為に。
☆
激戦区と呼ばれているだけあって、投入された改造人間の数は他の戦場と比べて桁違いだ。
最新式に改造された右腕を振り抜けば量産型レガリアの頭部が吹き飛び、逆に量産型レガリアの凶弾に生身の部分を撃ち抜かれて死ぬ改造人間もいた。
噎せ返るような死臭の漂う塹壕に飛び込んで、エルドは周囲を見渡す。何やら疑問に満ちた視線を寄越してくる名前の知らん改造人間と目が合ったが、会釈をしている暇なんてなかった。
砲弾や弾丸などが飛び交う戦場で縮こまるエルドは、
「いや本当、何でこんなことを引き受けちまうかな」
ため息を吐いた。
どうせなら緩い仕事を緩くこなしながら、適当に生きている方がよかった。こんな命を燃やす方法なんて、エルドらしい選択肢ではない。
でも、何故かここにいる。あの7号機の少女――ユーバ・ズィーベンを探し出さなければならない。
「どこだ……?」
塹壕から顔を出せば、ボコボコに抉れた地面を這うように量産型レガリアが闊歩していた。地面を埋め尽くす量産型レガリアは、四肢の他に脇腹から2本の腕が突き出ている気持ち悪い姿をしていた。まるで蜘蛛だ。
赤い光を明滅させながら敵兵を探してギョロギョロと首を動かす蜘蛛みたいなレガリアだが、塹壕から顔を出したエルドの存在に気づいて「ぴー、がが」という耳障りな音を立てる。まずい、気づかれた。
エルドは膨れ上がった右腕で拳を作ると、
「アシュラ!!」
エルドの呼びかけに応じて、膨れ上がった右腕に青い光が伝い落ちていく。ぷしゅー、と蒸気を吐き出した右腕を思い切り振り抜けば、突っ込んできた蜘蛛みたいなレガリアの顔面を吹き飛ばした。
首から千切れ飛んでいくレガリア。大切な頭部を失ったことで、自分の身体を支えていた6本の脚から力が抜けて、そのままガシャンと音を立てて崩れる。
量産型レガリアを倒したところで意味なんてない。さっさと次の、
「――ッ!!」
エルドは反射的に右拳を振り抜いていた。
向かってきたのは、大砲を腕に括り付けた不恰好なレガリアによる砲撃である。人間の頭程度の大きさがある砲弾を殴りつけ、そのままそっくり撃ち返してやった。
自分の撃った砲弾が跳ね返されたことで、頭が吹き飛ばされる。千切れた頭はどこかへ行き、残された胴体から力が抜けて鉄屑と化す。魔力による自動回復機構が搭載されていないので、回復しないことが幸いだった。
戦場に蔓延るレガリアの敵意が、エルドに集中する。激戦区に乱入後、早々に2機を撃墜すればこうなることは嫌でも分かった。
「かかってこいやぁぁぁあああああああ!!!!」
赤い光を明滅させながら武器を構える量産型レガリアを相手に、エルドは雄叫びを上げるのだった。
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