【第4話】

「【報告】目的地周辺に到着」



 つい先程まで晴れていたはずの蒼穹は分厚い雲に覆われて、どんよりとした曇天がどこまでも続く。


 四輪車の窓を通じて砲声だの罵声だのが鮮明に聞こえてきて、地響きのようなものまで四輪車に乗りながら感じることとなった。砲撃された影響か、地面はボコボコと抉れた状態を晒している。

 助手席に座る純白のレガリアが、目的地周辺であることを告げた。目の前には石造の要塞が鎮座しており、爆風を受けても揺らぐことのない頑丈さを見せつける。


 ハンドルを握るエルドは「えらくボロボロだな」と言い、



「大丈夫なのかよ、これ。ここまで争ってるけど、巻き込まれたら溜まったものじゃねえぞ」


『問題ない。我々が請け負うのはレノア要塞にアルヴェル王国開発のレガリアを届ける部分までだ。それ以降のことは知らん』



 通信機器から聞こえてきたレジーナの声は淡々としていた。あくまで請け負った仕事はレノア要塞までのお届け物で、それ以降は何があろうと責任を持たないという体勢なのだろう。


 エルドは「そうかい」とだけ応じた。

 傭兵は金を貰った分だけ働く。最初からアルヴェル王国が傭兵団『黎明の咆哮』に求めている仕事内容が輸送任務の護衛だけなら、求められた仕事だけを粛々とこなすのみだ。それ以上を求めるなら倍額を提示しなければ困る。


 そういう金に汚いのが傭兵だ。『黎明の咆哮』に限らず、どこの傭兵団だってそうだ。愛国精神など野良犬に食わせた。



「まあ、姉御がそう主張するなら止めんけどな」


『どういうことだ』


「断れなくてレガリアの戦場投入まで見届けるんじゃないかと思って」


『おい、さすがの私も厳しく接するぞ。こんな危険地帯まで非戦闘員を運んできたのだから、何を言われても届けたら仕事終了だ』


「そうかい、団長の指示に従いますがねェ」



 ハンドルを握りしめながら声を押し殺して笑うエルドに、レジーナは『信じていないな!?』と叫んでいた。



 ☆



「輸送任務、お疲れ様でした」



 レノア要塞に到着し、アリスが傭兵団『黎明の咆哮』の面々をそんな言葉で労った。


 意外と長い道のりだった。途中でレガリアの襲撃もあり、意味深な捨て台詞まで吐かれた訳だが無事にレノア要塞まで到着できたことが幸いである。

 しかも誰1人として欠けることはなかった。レガリアの襲撃を受けた際は肝を冷やしたものだが、傭兵団『黎明の咆哮』にはなかなかの強運の持ち主が大勢揃っているらしい。



「ここまでで大丈夫ですよ。あとはこちらの仕事ですから」


「そうですか」



 黒髪ぱっつん美女のレジーナは、冷めた態度で答える。予想と違った態度だから拍子抜けしたのだろうか。


 とはいえ、ここで輸送任務の護衛は終了である。

 激戦区であるレノア要塞の応援まで頼まれていないし、護衛の報酬に含まれている訳ではないので撤退した方がよさそうだ。変にこの場へ留まり続ければ、間違いなく戦場に巻き込まれる。


 バタバタと忙しなさそうに行き交うアルヴェル王国の兵士たちは、ようやく到着した輸送車に希望の光を見出していた。彼らも事前に「アルヴェル王国がレガリアの開発に成功した」という嘘を聞いていたのだろう。



「開けろ開けろ!!」


「早く投入しろ」


「量産型の波がすぐそこまで迫ってるぞ!!」


「これで形成逆転だ!!」



 輸送車に積まれた巨大な鉄製の箱が開かれ、中から薄桃色の髪を持つ少女が連れ出された。頼りない純白のワンピース1枚のみ身につけた状態の少女型レガリアは、アルヴェル王国兵士に抱えられて鉄製の箱から引っ張り出される。

 瞼を閉ざす彼女を繋ぎ止めていた機械の数々は、鉄製の箱に置いてけぼりだ。あとは本国に持ち帰るか、適当に処分するつもりだろう。スクラップにすれば改造人間の兵装として転用されるだろうか?


 少女型レガリアは手近にあった木箱の上に座らされ、



「おい、起きろ」



 アルヴェル王国兵士は、眠る少女型レガリアに呼びかける。


 しかし、少女型レガリアは起きない。

 おそらく起動時の声紋認証がされていないのか。エルドの隣にひっそりと立つ襤褸布を纏った純白のレガリア――ユーバ・アインスはエルドが起こしたけれど、そんなことはなかったはずなのに。



「ああ、そのレガリアは私の声でしか起動しないように設計されています。大変申し訳ございません」



 アリスはレガリアを起動させようと躍起になっている兵士へ振り返り、薄桃色の髪を持つ少女型レガリアに歩み寄る。


 設計されている、とはよく言ったものだ。

 本当はアルヴェル王国周辺に転がっていたリーヴェ帝国のレガリアを鹵獲し、そのまま改造を施して使えるようにしただけだ。最初から設計したと言わんばかりの態度が笑えてくる。



「我々も行くぞ。こんな激戦区に長時間留まる訳にはいかん」



 レジーナはくるりと踵を返し、用事はないと言わんばかりの態度でレノア要塞を離れていく。


 彼女の言う通りだ。

 この場に長いこと滞在すれば、戦場に投下される可能性だってある。それだけは避けなければならないことだ。エルドだって激戦区であるレノア要塞に巻き込まれて死にたくない。


 エルドもレジーナに倣ってレノア要塞に背を向け、



「行くぞ」


「【了解】その命令を受諾する」



 エルドの命令を素直に受け止めたユーバ・アインスもまたレノア要塞から立ち去ろうとし、





 ――――【挨拶】こんにちは、お兄様。





 次の瞬間、背筋を冷たい何かが伝い落ちていった。


 脳髄に叩き込まれたかのようなゾッとする声。少女のように純粋無垢で、どこか恐ろしさを孕んだ不気味なものだった。

 その声が届けられたのは、エルドだけではない。レジーナも、他の傭兵団『黎明の咆哮』の戦闘要員も、非戦闘員も、そしてユーバ・アインスもその声を受け取っていた。



「今のは――」



 エルドが振り返った先には、薄桃色の髪を持つ少女型レガリアを起動させようとしているアリスがいた。



「起きなさい、レディ」



 それが、アルヴェル王国が改造を施したレガリアの名前なのだろう。


 少女型レガリアが一瞬だけ華奢な肩を震わせ、それから瞼をゆっくりと持ち上げていく。

 長い睫毛が縁取る瞼の先には、紅玉の如き美しい赤色の瞳が見えた。自分自身を起動させた主人であるアリスを不思議そうに見上げると、人間と何ら変わらない滑らかな挙動で背伸びをする。



「おはよぉ、ますたぁ」



 少女型レガリアは、アリスに笑いかける。



「じゃあ死んでね」



 それから、少女型レガリアはアリスの胸を手刀で貫いた。



「――――――――え」



 流れるような反逆行為に、アリスは口から血の塊を吐き出しながら瞳を見開いて固まっている。

 少女型レガリアの腕は彼女の胸元に埋め込まれ、背中から突き出ていた。真っ赤に染まった指先が感覚を確かめるようにモゾモゾと動き、それから容赦なく引き抜かれる。


 大量の血液をポッカリ開いた胸元から流し、アリスは膝から崩れ落ちる。心臓を的確に貫いておきながら生きていられたら人間ではない。



「【疑問】この程度で私の主人を気取ろうとしたのでしょうか。到底理解できません」



 少女型レガリアは片腕をアリスの血で染め上げ、すでにピクリとも動かないアリスの身体を乱雑に蹴飛ばす。「【確認】起きませんね」とまで言っていた。


 それから、アリスを殺害した少女型レガリアはエルドへ向き直る。

 正確には、彼女の視線はエルドの隣に控えたユーバ・アインスに注がれていた。真っ赤な指先で純白のワンピースの裾を摘み、さながら気品高い淑女のようなお辞儀をする。



「【挨拶】こんにちは、お兄様」



 そう挨拶した少女型レガリアの格好が、揺らぐ。


 薄桃色の髪が剥がれ落ち、現れたのは夜の闇を想起させる真っ黒な短い髪。純白のワンピースではなく、まるで雨合羽レインコートのような厚ぼったい黒のコートで華奢な体躯を包み込んでいる。長い前髪から覗く瞳の色は、瞬きごとに赤や青、緑、紫、黄色、橙、濃紺の7色に変わっていく。


 顔を上げた少女型レガリアは、そっと微笑みながら告げた。



「【報告】レガリア『ユーバシリーズ』7号機、ユーバ・ズィーベン――ただいま起動いたしました、お兄様」

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