【第4話】

 だだっ広い荒野を四輪車の群れが走る。


 傭兵団『黎明の咆哮』は、北に位置するレノア要塞を目指してオルヴランを出発した。

 中心にはリーヴェ帝国の襲撃を回避する名目で、アルヴェル王国の巨大四輪車を配置する。周囲を守るように戦闘要員を乗せた四輪車が併走し、非戦闘用員を乗せた四輪車は少し離れた位置を走っていた。彼らを巻き込む訳にはいかないのだ。


 エルドは運転用の義手を装着した右腕でハンドルを叩きながら、



「レノア要塞までだいぶあるだろ。何でわざわざ俺らのところに」


「【回答】何か理由があるかもしれないが、当機では判断できない」


「俺だって判断できねえよ。姉御もな」



 助手席に座るユーバ・アインスは周囲を見渡して、その広範囲を索敵することが出来る索敵機能を用いて「【報告】周囲にレガリアの反応はない」と随時報告してくれる。

 さすがに、アルヴェル王国へユーバ・アインスが寝返ったことは報告できなかった。彼の存在は傭兵団『黎明の咆哮』が抱える秘密であり、彼の抱える秘匿任務はエルドだけが知る秘密である。簡単に明かせるような内容ではない。


 アルヴェル王国から自国謹製のレガリアをお届けする軍人どもは、あの少女型レガリアが最強のユーバシリーズすら圧倒すると勘違いしているのだ。この奇跡を軽率に起こすような最強レガリアどもを倒せるものなら倒してほしい。



「なあ、アインス」


「【応答】どうした、エルド」


「防音系の装備って何かねえか? 聞きたいことがあるんだ」


「【了解】当機の兵装を展開する」



 ユーバ・アインスの銀灰色の双眸が瞼の向こうに消え、



「【展開】防音消壁ミュート



 半透明な膜のようなものが、エルドを乗せた四輪車の室内を覆う。

 不思議なことに、周囲の音が聞こえなくなった。この場にいるエルドの息遣いなどは聞こえてくるものの、それ以外は全く音がない。


 ユーバ・アインスは銀灰色ぎんかいしょくの双眸をエルドへ向け、



「【疑問】聞きたいこととは?」


「あの馬鹿でかい四輪車」



 エルドはすぐ近くを走るアルヴェル王国の四輪車を顎で示し、



「あの中にいるのは、レガリアなんだとよ」


「【疑問】つまり、アルヴェル王国がレガリアを開発したと」


「多分な」



 実物を見たエルドでも、その情報は正しくないように感じる。


 数多の機会に囲まれて、運用の時を今か今かと待ち続ける桃色の髪をした少女。彼女が果たして自立型魔導兵器レガリアになるなら、きっとリーヴェ帝国との戦いも楽なものになるだろう。レガリアとレガリアの戦いだ。

 だが、本当にあれはアルヴェル王国が開発したものなのか。鹵獲したレガリアの残骸を研究したって、何も分かるはずがない。せいぜい全身を改造した改造人間に見えなくもない。


 ユーバ・アインスは少し考えて、



「【否定】アルヴェル王国にそんな技術力はないと当機は推測する」


「それは何でだ?」


「【説明】アルヴェル王国が得意とする改造人間の発明技術は、リーヴェ帝国では絶対に真似できない技術と推測する。またその逆もある。レガリアはリーヴェ帝国独自の技術故に、レガリアの残骸から研究できるものは少ないはずだ」



 ユーバ・アインスがキッパリと否定するぐらいだから、やはり状況はおかしいのだろう。エルドだってそう思うのだから仕方がない。



「【推測】もし本当にレガリアであれば、おそらくリーヴェ帝国の工作員だ」


「なるほどな」


「【疑問】どうする、エルド。団長に報告するのか?」


「しない」



 エルドは否定した。


 団長のレジーナに報告したところで、彼女がアルヴェル王国に出来ることは限られている。

 それに、今は内緒話をしている状態だ。この情報を通信機器を用いてウッカリ喋ってしまえば、他の同志が混乱してしまう可能性が非常に高い。あの矜持だけは妙に高そうな軍人たちからの顰蹙も買うだろう。


 休憩場所に着いたら、レジーナのみに報告するのもありだろう。むしろそれが1番だ。



「【応答】そうか」



 ユーバ・アインスは音を消す兵装を解除すると、通信装置の受話器を手に取った。慣れた手つきで通信装置の範囲を広域に設定すると、



「【報告】およそ30キロ圏内、レガリアの反応があり。【推測】狙いはおそらくアルヴェル王国の輸送車だ。【要求】団長、戦闘許可を」


『何だと!?』



 通信装置から聞こえてきたレジーナの声は、いつもとは比べ物にならないほど焦っていた。



『どこにもいないぞ!?』


『そうだぞ、いねえ!!』


『30キロ圏内!?』


『じゃあ見えないのは何でだ!?』



 他の車両からも悲鳴じみた訴えが聞こえてくる。


 エルドも驚いているのだ。

 何せ、周囲には何もない。障害物になるような岩場も存在しなければ、洞窟も森だってない。少し先に行けば廃墟となった町が見えるようだが、30キロ圏内にその町はないのだ。


 運転の腕がブレそうになるエルドの隣で、ユーバ・アインスは淡々と告げる。



「【推測】光学迷彩の兵装を利用している可能性が高い。【提案】当機が光学迷彩を解除する兵装を所持している。展開後、戦闘許可の判断を頼む」


『了解だ、やってくれ』


「【了解】任務を開始する」



 ユーバ・アインスは四輪車の窓を開けると、そこから身を乗り出した。彼の白い髪が容赦なく乱され、それでも彼は表情を変えない。


 このだだっ広いだけの荒野に、果たして何が出現するのか。

 エルドはしっかりとハンドルを握りしめ、周囲の状況を注視する。見逃せば最後、下手をすれば撃ち抜かれて死亡する可能性が高い。



「【展開】迷彩看破ファインダー



 ユーバ・アインスを中心に、白い波が広がっていく。


 光の波は広範囲に及び、しかしエルドたちを乗せた四輪車が異常を感じるような気配はなかった。

 代わりに、そこかしこからバチンと何かが弾け飛ぶ音が耳朶に触れる。強制的に光学迷彩の類を引き剥がす兵装だからか、光学迷彩で隠れていた敵のレガリアが次々と姿を見せ始めた。


 まず見えたのが、大木よりも太い脚である。



「んん?」



 エルドは思わず運転しながら、自分の右側に視線をやった。


 毛むくじゃらで、臑毛すねげも物凄いことになっている。おそらく敵の攻撃から身を守る為のものだろう。

 四輪車の窓から見上げても膝までしか見ることが出来ず、その上はさすがに無理があった。首が痛くなるし、運転の腕がおかしなことになってしまう。


 そのレガリアを窓から身を乗り出して見上げていたユーバ・アインスは、いそいそと助手席に座り直す。それから受話器を手に取ると、



「【報告】レガリア『ジュディシリーズ』が初号機、ジュディ・ワンだ。全長およそ50メートル、特徴は巨体による踏み潰しや薙ぎ払い」


「うおおおおおおあああああああああああ!?」



 あまりにも巨大なレガリアから回避するべく、エルドは動力炉を全開にするのだった。

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