【第5話】
「何であんな馬鹿でかいレガリアを開発するんだ、リーヴェ帝国は!?」
「【説明】元々広域探索及び陽動撹乱目的で設計・開発されたのち、配属された。ジュディシリーズは個体ごとの体格に差があることで有名」
「詳しい説明をありがとよ!! 何の役にも立ちゃしねえ!!」
ヤケクソ気味に叫ぶエルドは、さらに動力炉を稼働させて巨大すぎるレガリアから逃走を図る。
他の四輪車も同じ気分なのか、動力炉の稼働率を上昇させて直立不動の巨大レガリア――ジュディ・ワンから距離を取る。これでもまだ遅い方だ。下手をすればあの巨大なレガリアの巨大な足の裏で踏み潰されて人生終了である。
あんな巨大なレガリアをよくもまあ設計したものだ。全長50メートルとか馬鹿の極みではないか。確かにあんな巨大な物体が戦場に配置されれば陽動撹乱にもなるし、アルヴェル王国所属の兵士たちは絶望するしかない。
というか、あの巨大なレガリアを一体どうやって倒せばいいのか。そもそも今まで気づかなかったのは何故だろうか。それほどリーヴェ帝国の光学迷彩は優れている証拠だろう。
「姉御、どうするんだ!? あんな巨大なレガリアなんて応戦できねえぞ!!」
『応戦する気はない、とにかく逃げろ!!』
「そりゃそうだ!!」
通信機器から聞こえてきたレジーナの悲鳴じみた命令に、エルドは同意を示す。どう足掻いたってあんな馬鹿でかい物体に勝てる訳がないのだから、無駄な命を消費したくない。この部分はアルヴェル王国に所属する軍人と傭兵の大きな差である。
金の為ならどこの国にも属するのが傭兵で、アルヴェル王国の平和と繁栄を願ってリーヴェ帝国を撃滅せんと戦うのが本国所属の軍人だ。悪いが、エルドにはアルヴェル王国の為に死んでやるつもりはサラサラない。
すると、ジュディ・ワンが動き始めた。高速で遠ざかっていく四輪車の群れに気づいたか、はたまた四輪車が護衛するブツの存在に気付いたのか不明だが、とにかくあの巨大な足をゆっくりと持ち上げたのだ。
「おおおおおい本当に踏み潰すつもりか!?」
「【予測】威嚇行動。あの挙動では踏み潰されない」
「それでも本当に怖いだろうがよ終わりだ!!」
もう泣きそうになりながらハンドルを握るエルドである。
ジュディ・ワンはユーバ・アインスの予想通り、傭兵団『黎明の咆哮』が運転する四輪車の群れスレスレの位置に足を下ろした。
ズズンと腹の底に響くような重たい地響きが伝わってくる。地震にも似た感覚で思わずハンドル操作がブレてしまうが、隣から手を伸ばしてきたユーバ・アインスがハンドルを握って進路を修正してくれた。こんな時でも冷静でいられるレガリアの相棒が羨ましい。
「アインス、あのレガリアはどうにか出来ねえのか!?」
「【肯定】撃破は可能」
「じゃあやってくれ!!」
「【疑問】アルヴェル王国から派遣された軍人の目はどうやって誤魔化す?」
「あ」
肝心なことをすっかり忘れていた。
エルドたち『黎明の咆哮』は現在、輸送任務の最中である。レノア要塞までアルヴェル王国が開発したレガリアをお届けするのが本日のお仕事だ。
あのジュディ・ワンが邪魔をしてくるなら応戦する必要があるのだが、あれを倒すことが可能な改造人間は存在しない。唯一の希望の光であるユーバ・アインスはアルヴェル王国に知られてはいない存在なので、もし明るみに出てしまえば鹵獲されることは間違いない。
四輪車から撃滅するとしても、兵装を特定されればバレてしまう。何としてでも避けなければならない方法だ。
『うーん、我が国が開発したレガリアをお披露目してもいいのですが』
通信機器から聞こえてきた声は、アルヴェル王国から派遣された軍人のアリスのものだ。
『それだと貴方がたの活躍を奪ってしまいそうですねぇ。ここは「黎明の咆哮」の皆様にご対応をお任せします』
そう言うが早か、アルヴェル王国の巨大四輪車がさらに加速した。グングン加速していき、あっという間に傭兵団『黎明の咆哮』の護衛を振り切ってしまう。
何だろう、あの自分勝手な行動は。
ちょっとエルドは状況が読めなかった。大金を叩いて傭兵団『黎明の咆哮』を雇っておきながら、あっさりと捨てるその清々しいほどの生き様は傭兵の使い方を心得ていると言ってもいいだろう。反吐は出るのだが。
唖然とする傭兵団『黎明の咆哮』を相手に、アリスは優雅に通信機器で告げる。
『それではご機嫌よう』
「アインス、あのアルヴェル王国の四輪車の車輪を射抜けねえかな」
「【回答】可能だが、それをすれば
「あとでにするわ。一杯食わせてやらなきゃ気が済まねえ、あんのアバズレ」
通信機器を切断したエルドは、そのままハンドルを180度回転させる。
滑るように方向転換した四輪車の動力炉を最大限まで稼働させ、ジュディ・ワンめがけて突撃していく。このまま正面衝突をしても勝てる見込みはないが、足元をチョロチョロと動き回って撹乱することなら可能だろう。
エルドと同じ考えをした傭兵は他にもいたのか、追随するように四輪車が次々と方向転換してジュディ・ワンに突撃していく。勝てる見込みなどないのに、よくもまあ命を懸けることが出来るものだ。
「アインス」
「【応答】何だ」
「本当に勝てる見込みはあるんだろうな?」
「【回答】当機であれば撃破可能」
自信を持って頷くユーバ・アインスは、通信機器の受話器を持ち上げて仲間内に通信を繋げる。
「【報告】ジュディ・ワンから熱源反応を確認。【予想】爆撃。【推奨】四輪車による回避行動及び拡散状態による陽動撹乱」
「あの巨体で爆撃を仕掛けてくるとか本当に馬鹿だろ、リーヴェ帝国!!」
ユーバ・アインスの予想は的中し、ジュディ・ワンから雨霰のように爆弾が降り注ぐ。
爆弾は荒野にぶち当たって激しく爆発すると、地面をボコボコに抉っていった。かなり威力の高い爆弾だと推測できる。巧みなハンドル捌きで降り注ぐ爆弾を避けているが、これではすぐに四輪車ごと吹き飛ばされてしまう。
あんな巨大なレガリアに手も足も出ないのだ、どうすれば勝てるのだろうか。
「【提案】ジュディ・ワンからの距離を取る」
「あのデカブツにぶち当てることが出来る兵装があんのか?」
「【肯定】通常兵装でも十分に撃破可能。【補足】ジュディシリーズの運用目的はあくまで陽動撹乱や情報収集が主体となっている故に、戦闘面での性能はあまり良くない。レガリア同士の戦闘では当機が圧倒する」
「凄え自信」
その自信は一体どこから来るのか不明だが、ユーバ・アインスが冗談を言うとは思えない。ここは信じるのがいいだろう。
エルドは四輪車をさらに方向転換させ、ジュディ・ワンから距離を取ることにした。受話器にも「アインスの言う通りにしろ!!」と怒鳴る。
これ以上は爆撃に巻き込まれる可能性が非常に高い。悪運が強いエルドだから雨霰のように降り注ぐ爆弾は回避できたが、他はもうギリギリかもしれないのだ。ここで誰か1人でも欠ければ団長のレジーナは怒るし悲しむだろう。
牽制の如く爆撃してくるジュディ・ワンから離れれば、爆撃はピタリと止まった。代わりに毛むくじゃらな髭で覆われた顔が車内の鏡に映り、はチカチカと赤い2つの光が明滅している姿が確認できる。肝が冷えた。
「アインス、任せたぞ」
「【了解】任務を開始する」
アインスは唐突に四輪車の扉を開けると、走っている状態にも関わらず外へ飛び出した。
地面を転がる白い物体。
慌ててエルドは四輪車を停止させ、運転席から下りる。後部座席に積み込んだ戦闘用外装を引っ張り出したところで、ユーバ・アインスはジュディ・ワンを撃破する為の兵装を展開させる。
――通常兵装、起動準備完了。
――非戦闘用兵装を休眠状態に移行完了。戦闘終了まで、この兵装を使うことは出来ません。
――残存魔力95.43%です。適宜、空気中の魔素を取り込み回復いたします。
――彼〈リーヴェ帝国所属、自立型魔導兵器レガリア『ジュディシリーズ』初号機〉我〈自立型魔導兵器レガリア『ユーバシリーズ』初号機〉戦闘予測を開始します。
――戦闘準備完了。
高速で流れていく情報。
あっという間にユーバ・アインスは戦闘準備を完了させる。
どんな攻撃さえも防ぐことが出来る純白の盾を掲げたユーバ・アインスは、
「【状況開始】戦闘を開始する」
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