【第3話】

 鋼鉄の箱の中は、その大きさに反して中身が詰まっていない。


 何かの研究施設をそのまま移動させている、と想定してもいいのだろうか。天井や壁、床の一面を太い配線が数えられないほど這っている。配線はそれぞれ訳の分からない装置に繋げられ、常時何かの状態を計測している最中だった。

 その意味不明な装置の群れに取り囲まれるようにして、可憐な少女が膝を抱えて蹲っている。華奢な腕や足、腰、胸元、それから首筋などに端子が突き刺さって異様な空気を漂わせていた。


 少女の背格好は10代前半か、後半か。薄桃色の髪は床に届くほど長く、伏せられた瞼を縁取る睫毛は瞬きだけで竜巻でも起こせそうだ。薄い純白のワンピースを身に付けただけの華奢な体躯は、エルドが触れただけでも壊れてしまいそうな繊細な印象を与える。



「どうです? 可憐でしょう?」



 アリスは自慢げに告げ、



「アルヴェル王国が開発したレガリアは、見た目にも気を遣っております。これで兵隊の士気を上げ、彼女を筆頭としてより多くのレガリアを破壊していただきます」


「素人質問で大変恐縮だが、いいだろうか?」


「はい、どうぞ」



 満面の笑みで、アリスはレジーナの質問を受け付ける。



「彼女の特性は何だろうか? どのような兵装、どのような戦術で運用することを想定している? これだけ可憐なレガリアなのだから、さぞ立派に兵装を身につけていることだろうな」


?」



 アリスの回答はおかしなものだった。


 開発した本国の人間だろう、何故このレガリアの特性が分かっていないのか。それとも開発したのは別の人間で、アリスはこのレガリアの輸送を上層部から依頼を受けただけにすぎない下っ端なのだろうか。

 いずれにしても中身の詳細はわかっていても、肝心の中身がどうやって運用するものなのか理解していないのは致命的だ。愚かにも程がある。


 呆気に取られるレジーナがさらに食らいつこうとするのだが、



「はい、これでお終いです。お仕事に取り掛かってくださいね」



 アリスは問答無用で開かれた鋼鉄の箱の一部分を閉じてしまう。


 再び暗闇の中に隠される少女。

 エルドの脳裏に、数え切れないほどの配線に繋がれた少女型レガリアの光景がより鮮明になって残る。考えれば考えるほどあの少女型レガリアのことが気になってしまう。


 本当にあれは、一体どんな特性を有しているのか。そしてそれは、アルヴェル王国にどんな結果をもたらしてくれるのか。知りたかった部分は謎に包まれたままだ。



「ああ、そうです。このことは他の皆様には内緒ですよ」



 アリスは可愛らしく桜色の唇に指を当てて「しぃー」と言う。



「団長様と、稼ぎ頭と謳われるマルティーニ様だからこそお見せしました。喋ればどうなるかお分かりですね?」


「…………報酬の金額が払われない、とかっすかね」


「ふふふ、可愛らしい答えですね」



 アリスはエルドに歩み寄ると、何か硬いものを押し付けてきた。


 彼女の柔らかい身体がエルドに触れる前に、綺麗な手が握りしめた拳銃がエルドの腹に押し当てられる。銃口でへその部分をグリグリと抉られ、変な性癖に目覚めてしまいそうだった。

 惚れ惚れするような笑顔を浮かべるアリスは、冷や汗を全身から噴き出すエルドにこう囁いた。あえて拳銃を団長のレジーナに見せつけるかのように動かして。



「貴方のお腹、ぶち破ったら綺麗な内臓が出てきそうですよね。売ったらいくらになるでしょうか?」


「…………見た目と違って随分と過激な趣味を持ってんすね」


「うふふ、お褒めにあずかり光栄です」



 拳銃をそっとしまうと、アリスは「では準備してくださいね」と告げた。



「10分後に出発しますよ」



 ☆



「【質問】話は終わったのか?」


「まあな」



 待機中のユーバ・アインスの元へ戻れば、彼の足元ではヤーコブが瞳をキラッキラと輝かせながら周囲を駆け回っていた。何かあったのだろうか。

 彼の反応を見る限りだと、ユーバ・アインスが何かを仕掛けてに違いない。ヤーコブがここまで興奮するとは極めて珍しいのだ。


 エルドが視線だけで「ヤーコブに何があった?」と聞けば、ユーバ・アインスはやはり淡々とした口調で答えた。



「【回答】ヤーコブ・レストが緊張状態だった為、当機の有する非戦闘用兵装を展開。その後、このような状態が続いている」


「アインスさん今のってどうやるんでヤンスか知りたいでヤンス教えてほしいでヤンスさあさあさあさあ出来ればもっと見せて見せて見せて」


「【要求】エルド、助けてほしい」



 銀灰色ぎんかいしょくの双眸が切実な助けを求めてきたので、エルドはため息を吐いてユーバ・アインスの周囲をチョロチョロと駆け回るヤーコブの首根っこを引っ掴んだ。


 唐突にユーバ・アインスから引き離されたヤーコブは、小さな手を懸命に伸ばして「あー」と叫ぶ。そんなに離れたくなかったのか。

 首根っこを引っ掴んだヤーコブを左右にガタガタと揺らしながら、エルドは低い声で言う。



「おい、もう出発の時間だってのにいつまで遊んでんだ? 姉御に言いつけるぞ」


「ず、狡いでヤンスよエルドさぁん!! こんな面白いお人を独り占めなんて!!」


「おい、アインス。本当に何をやったんだ?」


「【質問】それでは見るか?」


「逆に見たいわ」



 だってヤーコブがここまでの反応を示すのだから、本当に面白いことなのだろう。この無表情が基礎となった純白のレガリアが一体何をしたのか気になる。


 ユーバ・アインスは「【了解】その命令を受諾する」と頷いて、肩幅に両足を広げた。

 非戦闘用兵装は様々なものがある。特にユーバ・アインスの場合は軽率に奇跡を起こすような真似事をするので侮れない。今回はどのような奇跡を見せてくれるのだろうか。



「【展開】純白ノ鳥ピジョン



 ――バッ、と。


 何故か、ユーバ・アインスの背中から白い翼が生えた。

 時が止まった。



「…………なあ、アインス」


「【応答】何だ」


「テメェの開発者は、どうしてそんなクソみたいな兵装を取り付けたんだろうな」


「【回答】空を偵察する為の兵装として開発されたが、通常兵装ですでに3種類の空戦用兵装を所持している。この兵装でも問題なく飛行は可能だが、主に余興用として推定されて当機に備え付けられたようだ」


「分かりやすく言うと?」


「【回答】他の弟妹機につけられなかった兵装を当機が請け負った形になる。弟妹機より当機の方が兵装の搭載数は多い」



 いや本当にリーヴェ帝国の開発者の思考回路が全く読めない。この鳥みたいな翼を兵装として扱う意味が分からない。

 それからこの馬鹿みたいな兵装を引き受けてしまうユーバ・アインスもそうだ。嫌なら断ればいいのに、どうして引き受けるような真似をしてしまうのか。


 なるほど、ヤーコブはこの面白いだけしか取り柄がなさそうな兵装を見て興奮していたのか。子供が喜びそうだ。



「【説明】ちなみに、まだ続きがある」


「あんのかよ!!」


「【質問】見るか?」


「逆に見たいわ!?」


「【了解】その命令を受諾する」



 これ以上の続きとは一体何だろうか、もう訳が分からなくなってきた。


 翼を生やしたユーバ・アインスを注視していると、彼の頭にキラキラとした光が降り注ぐ。どこから降ってくるのだろう、その光は。

 それから彼は、ふわりと地面から浮かび上がった。足が地面から離れ、まるでその姿は天へ召されていく魂のようだ。不穏な気配しかない。



「【再現】神々しさ」


「テメェは本当にレガリアか? 面白い機能を搭載した賑やかしの人形とかではない?」


「【否定】当機は自立型魔導兵器レガリア、ユーバシリーズが初号機だ」


「どこからどう見ても面白人間にしか見えねえ奴が何キメ顔で言ってんだ」



 こんな面白い兵装を搭載した真っ白人間が、あの最強のレガリアだとは誰が思うだろうか。こんなものを見れば確かにアルヴェル王国は「自分たちが開発したレガリアの方が立派だ」と主張してもおかしくはないだろう。


 エルドは頭を抱えずにはいられなかった。

 本当にこの相棒、戦闘ではまともに機能するのに戦闘以外だとポンコツになってしまうのは一生の疑問である。馬鹿なエルドには人生を2回巡っても解決できない永遠の謎だ。

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